兵長と守銭奴/10


目覚めた時、朝日に照らされるいつもの自分の部屋が何故がらんとしているように感じたのだろう。
寝起きのぼんやりとした頭で無意識に彼の姿を部屋の中に探したのは、彼への警戒からではなかった。
彼−−−−リヴァイは、なまえが眠っている間に彼女の部屋を出たようだった。
足は大丈夫なのだろうか、無事に帰れたのだろうか、と彼の怪我の心配がふと頭に過ぎる。
ベッドから降りいつものようにまずポットを沸かしながら、なまえはふるふると頭を振った。

(酒場へ行ってここに来られるくらいだったんだから、大丈夫に決まってる)

しかもまたあんな事を−−−−と、徐々に記憶が溢れてきてしまえばいつも通り、なまえの胸には死にたくなる程の後悔という感情が重く押し寄せてくる。
一体何度死にたくなれば私は懲りるのだろうか。私は本当に懲りない、ダメな女なのだとなまえは1人頭を抱え、これまた懲りずに、何かにもう何度目かの懺悔をした。




あんな事があった翌日も調査兵団本部へ出勤すれば当然リヴァイはいるし、彼は(そして彼女もまた、)拍子抜けする程“普通”だ。
なまえは回廊で小柄な松葉杖を伴うシルエットを見つけると、周りに誰もいない事を注意深く確認し、彼をゆっくりと追い抜くようにしながら、これまたごく普通に、話しかけた。

「・・・おはようございます。お怪我の具合はいかがですか」
「・・・ああ、問題ない。寝る前に程良い運動もしたからな」
「・・・そうですか。それは良かったですね」

その表情を確認せずとも彼女には分かってしまう。彼の声にいやらしい笑みを感じ取ったなまえは呆れるようにため息を吐きそう応えると、遠慮無くリヴァイを抜き去っていった。
“一昨日が”期日だった書類をお待ちしています、と付け加えるのを忘れずに。





リヴァイが件の書類をなまえの部屋へ持ち込んだのは昼過ぎのことだった。
言葉も発さずツカツカと彼女の立派なデスクの前へと進むと、バサ、と書類を(彼女が感じるには大層)不躾に、置く。
提出期限を守らなかった癖に彼が不服そうな顔をして自分を見下ろしてくるので、なまえもまたムッとして彼を睨み返した。
それでも彼女は言葉を発さなかったのだが、リヴァイはやはり不服そうに口を開いた。

「オイ、クソ守銭奴・・・大体だ・・・てめぇがいねぇ日に提出期限を決めるヤツがおかしい、そうは思わねぇか?提出先の人間がいる日に出しゃそれでいいじゃねぇか」
「・・・私は自分が朝執務室に来たその時から仕事を始めたいんです。だから前日までに必要書類が集まっている状態にしておきたかったのですが、それのどこに問題が?そもそもそう仰るあなたがこの書類をお持ち下さったのが朝なら理解もできますが、今は既にお昼を過ぎています」

そう言ったなまえにリヴァイは聞こえるよう大きく舌打ちをしたので、彼女は更に分かりやすく不快感を表し、もう結構ですのでお引き取りくださいと続けた。
リヴァイは一層その眉間の皺を深くしてなまえを睨み付けると、先程部屋へ入って来た時と同じようにツカツカとドアへと歩いて行く。
ドアノブに手を掛けると彼が、そういえば、と再度口を開いた。

「昨日お前の部屋から1枚下着が失くなってるはずだ。その書類に挟んで返しておいてやったからせいぜいよく見て探すといい」
「は?!?!!?」

なまえは目を見開き思わず席を立つ。
考えてみればそんな事ある訳ないのだが。

「なまえよ、この世にはお前をからかう事ほど愉快な事はないな」

立派な椅子に腰掛ける部屋の主を立ち上がらせた事にご満悦らしい。
フン、といやらしく笑うと、リヴァイはドアを開け、部屋を出て行った。
立ち尽くしたままのなまえは未だ赤くなったままの顔で物も言えず、怒りのやり場を失っている。
一瞬の間を置いて再び、ふいに、ドアが開けられた。
当然覗くのは、なまえが今この世で1番見たくない顔だ。
ちょうどその憎たらしい表情が覗くだけの隙間を開けて、何故か勝ち誇った表情のリヴァイが、付け足しにしては前から用意していたかのように再び口を開く。

「昨夜のお前の“仕事ぶり”はなかなか良かったぜ・・・さすが中央のエリートは一味違う。・・・なぁ、なまえ」

らしくなくますますカッとなったなまえは、思わず手元にあった卓上用の羽はたきをドアへ向かって投げた(もちろん彼女の広い執務室で届く訳がない)。
リヴァイは羽はたきが床へ落ちたのを得意気に見届けると、見たこともないような満面の笑みで、再びそのドアを閉めるのだった。


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