兵長と守銭奴/10


帰宅し一通りの事を終え寝室に入ろうとした時鳴ったドアベルに、なまえの脳裏には真っ先にあの"非常識な顔"が浮かんだ。
前回の資金調達パーティの後の事が一瞬で思い起こされる。
恐る恐る玄関へ近付きドアスコープを覗けば、予想通りの人相の悪い顔がこちらを睨みつけていた。

「・・・こんな時間に何のご用ですか、リヴァイ兵士長」
「それが怪我人を労る言葉か?」

この間と同じ様に用心深くドアチェーンを掛けたまま、なまえはその間からしかめた顔を覗かせた。
チェーンの向こうのリヴァイの顔は珍しく赤く染まって上気していたものの、やはりいつも通り、眉間には気難しそうな皺が深く刻まれている。

「・・・ひどい怪我をされているのならわざわざこんなところにはいらっしゃらないのではないかと思いましたので。」
「・・・てめぇは本当に人の心というものがねぇんだな、クソ守銭奴よ」

相変わらずのリヴァイの悪態に、更にそれを重ねられることを分かりながらも彼女は分かりやすくため息をついた。
怪我をしているというものの皆の酒のダシにされるくらいだから、彼の怪我は軽微なのに違いないとなまえは判断していた。

「私は今日、この間のように忘れ物をした訳でもありませんし、あなたにお願いしている書類をお持ちになった様にも見えませんから。申し訳ありませんが、もう休もうと思っていたところなんです。なので残念ですがお構いはできません。お気を付けてお帰りください。また機会がありましたら。では。・・・!?」

彼女が拒絶の言葉を並べ畳み掛け閉めようとしたドアは、簡単にその動きを止めた。

目を見開き視線を下へやれば、見慣れた指先がドアをがっしりと掴んでいる。
またそれが、なまえが必死にドアを閉めようとしても信じられない程にびくともしない。
再び視線を上げチェーン越しの男を睨み付けると、普段陰気にしか口を開かぬ彼はいつもよりもはっきり大きく口を開いて、言った。

「さっさと中に入れてくれよ、守銭奴。さもなければお前の×××を××××して×××××××にして×××を××××でやる・・・いや、××をまず×××・・・」
「や、や、や、やめてください!!!!!」

ついさっきまでのうんざり顔が嘘のように、なまえの顔はみるみるうちに真っ赤に染まり、慌てふためく。
自宅のアパートの廊下で深夜に卑猥な言葉をはっきり大きな声で並び立てられてはなまえもたまらない。
慌ててチェーンを外すと、リヴァイを半ば引きずり込むようにして彼女の部屋へ招き入れた。

「最初から素直にこうしておけば良かったのにな、クソ守銭奴よ」

リヴァイは満足げに言った。

「あなたって本当に最低ですね!!」

真っ赤な顔のなまえはリヴァイに抗議するけれど、彼には全く響かない。
まだ何か批判してやろうとその唇を開けかけたものの、次の瞬間、部屋の照明に照らされ視界に入った松葉杖を持った彼の姿に、彼女は意外そうな顔をして思わず口ごもった。

「・・・仮病だとでも思ったか?」

何故かしてやったりの色を感じる彼の言葉に、彼女は珍しく少しだけ気まずそうな顔をした。

「・・・本当に怪我をしているのなら、ここへいらっしゃるなんてことはできないと思ったので」
「俺がお前に会いに来ちゃダメなのか?」

リヴァイにストレートにそう言われて、なまえは驚き目を開く。
こうしたことでこんな風に彼からストレートな表現を聞くのは初めてな気がしたので。
思わず動揺しながらも、彼女は答えた。

「だっ・・・、ダメに決まっているでしょう!大体、、私とあなたは恋人でも何でもない訳ですし、恋人でもない男女がこうやって、」

――――カタン、と音がして、床に彼の松葉杖が転がった。
まだ話を続けようとしていたなまえはリヴァイにその腕を引かれ、彼の腕の中へ引き寄せられる。
アルコールと酒場の香りに混ざり感じる彼の匂いに、なまえの鼓動は思わず波打った。
・・・そう、久しぶりに、彼の匂いを感じたので。

リヴァイは自分の胸へ彼女を納めると、しっかりとそれを包み込むように抱いた。
そして大きく息を吐く。

「・・・随分久しぶりな気がするな」

彼女を抱いた感触を思い出すようにしばらくそうした後、彼は少し身体を離し、代わりになまえの頬に手を当てた。
少しかさついた彼の手のひらの感触が、妙に生々しく感じられる。
近付いてくる彼の唇を感じながらも、なまえは抵抗しない。
何故自分が抵抗しないのか、頭の隅では考えながらも彼女は薄くその睫を伏せた。
重ねられたリヴァイの唇は冷たい。
それを味わうように軽く触れるだけのキスを何度かした後、それは深くなっていった。
2人の息も、少しずつ色を帯びていく。
リヴァイの手が彼女の肌に触れようとした時、なまえはその手を止めて、言った。

「・・・怪我をされているんじゃ、ないですか」
「・・・ああ。・・・だが、お前を抱けば、治る」

彼の鋭い瞳は真っ直ぐ熱っぽく、彼女の目を捉える。

−−−−ああ、どうして。

リヴァイの手は、いとも容易くなまえの手を擦り抜ける−−−−いや、彼女が、彼の手を逃したのだ。
相手の香りを、感触を、欲していたのは決してリヴァイたけではない。
認めたくはないけれど、彼女の意思に反し性懲りも無く高鳴ってしまう自らの胸を、なまえは恨んだ。


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