兵長と守銭奴/9


寝室まで抱えてきたなまえをベッドに横たえながら、リヴァイはまた飽きもせず、彼女の唇に吸い付いた。
リヴァイはなまえと唇を重ねることがこの上なく、心地良く、気持ち良いことに感じる。
そして、彼女と身体を重ねることも、また。

――――――懲りもせずに、とリヴァイは思う。

自分は彼女を一体どうしたいのだろう。
自らの将来など考えることのない自分が、なまえを引き寄せ、身体を重ね、“先有る”彼女に歪な執着心まで抱くようになっている。
彼女に執着心を抱きどうにかなったところで、その先を保証できるものなんて何も無いというのに。
近頃リヴァイは時折無意識にそれに思考を巡らせては我に返り、その度にいつも、考えても仕様の無いことだ、と思い至る。

柔らかな彼女の胸に顔を埋めれば汗ばんだ肌がなまえの匂いを感じさせてリヴァイをますます悦ばせた。
他の人間の汗ばんだ肌に触れたいという欲求がリヴァイに浮かぶことは、全く考えられない。
なまえの身体は柔らかく、甘く香り、限りなく頼りない。
きっと立体機動を着けることさえままならない程、弱い身体だろう。
巨人と対峙すればその瞬間に命を落とすような、か弱い存在だろう。
けれどそれが、普通の女だ。
それが、なまえだ。
柔らかくて頼りなくて、やさしく触れてやらなければ、簡単に壊れてしまいそうな。

「・・・ぁ、は・・・、んん、っ―――――――」

彼女の口から漏れる甘い吐息は彼の官能をまた刺激する。
いつしか顔を上気させたリヴァイもまた同じように色を帯びた息を吐き出し、2人の熱い吐息を溶け合わせる。
浴びせられるような快感に、彼もなまえ同様、ただ溺れていた。

――――――この瞬間だけは、目の前にいる彼女と自分、それさえ見ていればいいのだと、リヴァイは思うことができる。
それは永遠に掴んでおくことはできないのであろう、遠い、幸せな夢だ。

なまえが綺麗にセットした髪型は、もうすっかり乱れている(そしてそれは、彼にとってはとても扇情的な姿に映る)。
顔に張り付いたなまえの髪を除けると、リヴァイは彼女に再び、口づけをした。



リヴァイは窓から差し込む朝日を悪いと形容されることの多い目つきでねめつければ、乾き目がしぱしぱとするようだった。
浅い眠りはいつも通りだが、それでも少し、身体は安らぎを得ていたような気がする。
シュンシュン、とポットが上気を勢いよく噴き出し、パンの焼かれる匂いがキッチンに広がっている。
コンロの火を止め振り返ると、洗面所から出てきたらしい部屋の主がぎこちなく、固まっていた。

「・・・おはよう、ございます」

食卓にはサラダとフォークが2つずつ、行儀良く並べられている。
それをまじまじと見つめた後、リヴァイはほう、とつぶやいた。

「守銭奴よ、お前にしちゃ気が利くな」

健康の為、なまえは朝食をなるべく摂ることにしている。
特に今日のような、休日の朝は。

お決まりの悪態に呆れ顔とため息1つを返すと、なまえはリヴァイが火を止めたポットから、用意していたティーポットへと湯を注いだ。
砂時計をひっくり返すと、ティーポットと一緒に食卓に揃えて置いた。
彼女が紅茶を煎れているらしいことを確認し、リヴァイは食卓の椅子を引く。
バスケットに移したパンを食卓に並べると、なまえもそこへ腰掛けた。

「食べられるようでしたら、ご自由にどうぞ」

そっけない台詞とは裏腹に食卓には、リヴァイからすれば、手厚い朝食が並べられている。
自分の顔を一切見ようとしないなまえの耳がほんのり赤く染まっていたので、呆れたように鼻でふっと笑うと、リヴァイはフォークを手に取った。
特に何を話す訳でも無い。
静かな部屋には、2人がゆっくりと朝食を摂る音だけが立てられていた。
リヴァイは椅子の背もたれにしっかりともたれかかりそこへ左腕を引っかけると、ティーカップを手に取った。
陽に透けて、ますますその紅色が美しく映る。
その色を眺めた後リヴァイはそれを傾けた。
そして、部屋を見回す。
こうして明るい時間に彼女の部屋をじっくりと見るのは、彼にとっては初めてのことだった。
光に溢れる食卓、ゆったりとした時間、何と穏やかで、平和な瞬間だろう。
しかしそれが自分の手にしっかりと掴むには遠いものであるということを、彼は知っている。

視線を移せば、なまえは再びポットに水を入れ、火に掛けようとしているところだった。
あまりにも穏やかなその立ち姿を見つめたリヴァイの胸には、いつもと同じ、あの感覚がこみ上げていた。

手を伸ばせば届きそうな距離に、それはある。
けれどそれを望めはしないことを、彼は知っている。
目の前にあるそれは、あまりにも幸せで、残酷な、錯覚だ。

ティーカップを静かにソーサーへ戻すと、リヴァイは食卓に腕を置いた。
前のめりに座った彼の前髪がさらりと揺れる。
そして静かに、なまえの名を呼んだ。
振り返ったその顔をじっと見つめれば、いつにない表情の彼に、なまえは少し、硬い顔を作る。

そよそよと風が入り込み、真っ白なレースのカーテンが揺れている。
どこからか聞こえてきた鳥の鳴き声を、鳴り始めた時計台の時報の鐘がかき消した。
それは余りにも平和で、罪深い。

――――何を思い感じても、結局こうして思考は巡り、空しく元へ戻る。
・・・そして不毛に繰り返す、懲りもせずに。

――――それでも何故だろう。いつも、どうしても、彼女を求めずにはいられないのだ。
ひょっとしたらそれが、いつか彼が見せられた“運命”というものの仕業なのかもしれない。
尤もそんな言葉は、彼にとっては生来、忌むべき言葉であるのだけれど。

鐘が鳴り止んでもなお、2人は神妙な面持ちで向かい合っていた。
やがてリヴァイは決心したように薄い唇を開く。
それでもやっぱり彼はこの瞬間、求めずにはいられないのだ。
幸せで残酷な、錯覚を。


「・・・おい、なまえ。キスさせろよ」


―――――そう、この気持ちはいつも、ループ線を描く。


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