兵長と守銭奴/8


「丁度君の部屋へ彼を案内するところだったんだ。なまえ、後は頼むよ」

まだ少し戸惑った様子のなまえはそれでもはい、と返事をすると、ルートヴィヒを連れて歩き出した。
すらりと背の高い彼の隣でぴっと背筋を伸ばして歩く彼女の姿はなかなか絵になっている。
二人が歩いて行くのを眺めながら、エルヴィンはリヴァイに面白そうに言った。

「キャリアでいずれトップになるだろうと言われている人物だ。若くして成功しているのに人格者らしく周りの評判もいい。その上眉目秀麗だ。なまえもしおらしいな、彼の前では」

横目で彼らが歩いて行くのを見ていたリヴァイは、キザな野郎だ、と面倒くさそうに答え、なまえに無理矢理持たされたファイルに視線を移した。



ソファに深く掛けなまえに渡された書類をパラパラと捲りながら、ルートヴィヒは静かに口角を上げた。
向かいに座る彼女が落ち着かない様子でいるのが面白かったらしい。

「怒ってる?突然来たこと」
「・・・いえ、別に。ただ驚いただけです」

なまえは小さく肩を落とす。
そして、事前にあなたが来ることが分かっていれば相談したいことを整理して資料でも用意しておいたのに、と言った。
今回ここへ寄れるかどうか分からなかったからとルートヴィヒは言う。
尤も彼がここに来ることが事前に分かっていたなら彼女はもっと前から落ち着かない気持ちになっていただろうから、実際はこんな形の突然の訪問で、彼女にとっては良かったのかもしれない。

彼女が中央で働いていた頃、仕事ができると評価される反面、妥協だとか、馴れ合いだとかが嫌いな彼女は上司であろうとどんな状況であろうと物事をはっきり述べるものだから、たとえそれが正論であったとしても、上司たちにとっては扱いづらい存在であったらしい。
いくつか部署が変わるうちに上司となったルートヴィヒは、なまえが初めて仕事上で尊敬できると思った人物だった。
彼は噂話に疎いなまえでもその存在を知っているくらい評判の人物で、大した後ろ盾がないにも係わらず、若くして異例の出世を遂げていた。
また、彼は見た目も良かったので、女性たちの憧れの存在でもあった。
普段は物腰柔らかに見える反面強烈に"自分"を持ち、妥協を許さず自らの言い分はきっちり通し、仕事を進めていく。
調査兵団に赴任してきたなまえには、その長であるエルヴィンに、彼の姿が重なって見えていた。



その日の夜、賑わう酒場でエルヴィンは熱心にルートヴィヒと話し込んでいるようだった。
端に座るエルヴィンの隣にはリヴァイとハンジ、エルヴィンの向かいにはルートヴィヒ、なまえ、ミケ。
ハンジは真っ赤な顔でリヴァイに楽しそうに延々と話し続けている。
彼女に絡まれたくないミケとこういう場が得意という訳では無いなまえはというと、テーブルの様子をちらちらと見ながら、静かに酒を飲んでいた。

高い鼻に、形の良い、薄い色の唇からちらりと歯並びの良い白い歯が覗く。
凛々しい眉にかかるくらいの亜麻色の前髪はふわりと斜めに流され、彼を爽やかに見せていた。
なまえが横目で見るルートヴィヒの顔は、やはり相変わらず端正な顔をしている。
熱心に話す、向かいに座る男と比べると男らしく、やはり端正な顔をしているエルヴィンの顔と見合わせて、なまえはため息をついた。
視線を外すと、隣に座るハンジのとびきり熱のこもった長い話を流すのさえ面倒になったらしいリヴァイと目が合う。
隣席の彼女は身を乗り出して彼に話し続けているというのにリヴァイはじっとなまえを見つめたので、ドキッとした彼女は思わず瞬きを3度、した。
ぱちくりとした目の彼女を、それでもリヴァイはじっと見つめ、グラスを手にする。
仕事の絡みであればそういったことがあっても動じない彼女だが、こういった仕事から離れた場所でリヴァイにじっと見つめられるのが、なまえは苦手だ。
また、彼の熱を帯びた瞳でじっと見つめられるのが、特別苦手だ。

「――――そういえば、その時なまえは何と言ったんだったかな」

突然隣で熱心に話し込んでいた二人に名前を呼ばれはっとしたなまえは、リヴァイの視線を振り切り慌ててそちらへ向く。
リヴァイはまだ話し続けているハンジそっちのけで、そのまま視線を騒がしい店の中に移した。

蛇口を捻り水を出すと、不思議な脱力感になまえは洗面台に手をつき、頭を垂れた。
顔を持ち上げ覗き込んだ化粧室の鏡に映る彼女の顔は、やや疲れている。
不意にドアが開けられたのではっとそちらを見ると、ルートヴィヒだった。

「大丈夫?」

元々甘いマスクをしている彼の顔は酔って目がとろりと下げられた上ににこにこと緩められていたので、いつもより更に人懐こい顔をしているように見えた。

「酔ってらっしゃるんですか」
「ああ。楽しいお酒だから気分がいいよ。君とこうやって酒を飲むのは久しぶりだね。・・・君があっちに戻るのは僕のいない時ばかりだから、避けられてるのかと思った」

無理もないけど、とルートヴィヒは小さく笑う。

「――――ずっとあの時のことを君にしっかり謝りたいと思ってたんだ、なまえ」
「・・・何をおっしゃりたいのか分かりませんが、私なら何も気にしていません」

だから審議官も気になさらないでください。なまえは重たい口の端を上げた。

「・・・ありがとう。でも僕はあの時、君が泣きそうな顔をしていたように思えてーーーーずっと気になってたんだ。なのに僕は・・・」
「お願いです、やめてください。私なら大丈夫ですから。お酒を飲まれすぎてるんじゃないですか?」

お水を頼んでおきます。彼女はそう言うと、まだ何かを話そうとしているルートヴィヒの視線を振り切るようにして、化粧室を出た。

「・・・辛気臭ぇ顔するんじゃねぇ、守銭奴。酒がまずくなるだろうが」

席に戻ると早速向かいに座るリヴァイがそう言ったので、なまえは眉間に深く皺を刻んだ。
どうやらひたすら熱弁を奮っていたハンジのターゲットは、彼からミケに移ったようだった。

「・・・それはすみません。こういうのは得意ではないので」
「ほう、珍しく素直だな」

眉間に寄せた皺の消えないなまえは彼に沈黙を返したが、ルートヴィヒと話すよりずっとマシだと思った。

「長い時間付き合わせて悪かった、なまえ。そろそろお開きにしようか」

エルヴィンがそう言った時、ルートヴィヒがタイミングよく戻ってきた。
その表情は先ほどまで席に掛けていた時と全く変わらない。
尤も、なまえはその顔を見ることはとてもできなかったのだけど。



店の外に出ても、ハンジはミケに寄りかかり、まだ絡んでいた。
なまえは一度だけ彼女のいる食事会に参加した時、彼女に質問をしたばっかりに、会が終わるまでひたすらその話を聞くことになってしまったことがある。

「審議官、宿まで送りましょう」

エルヴィンの申し出に、ルートヴィヒはすぐそこだと思うので、と辞退した。

「なまえの帰る方向と同じだから遠慮はいりません。彼女は私たちで送るので」

そう話したエルヴィンの前に一歩歩み出たリヴァイはルートヴィヒに視線をやると、「俺が送る」と言った。


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