兵長と守銭奴/8


なまえは書類を揃えるとその天地をひっくり返し、彼の方へ向けてリヴァイの正面に置いた。
いつもの予算申請の書類の束が重ねられている。
(エルヴィンの名誉の為に述べておくと、彼はリヴァイよりもなまえに出さなければならない書類の量がかなり多いのだけど、)エルヴィンの出す書類の山はというとそれぞれ揃え方がほんの少しずつずれていたりすることが多く、書類一枚一枚の端が小さく折れてしまっていたりすることはよくあることだ。
比べてリヴァイがなまえに出す書類はというと、どれも折り目正しく、どうやって揃えたのだろうというくらいにぴっちりと端が揃えられ、いつもなまえの前に(彼女が思うには)ふてぶてしく、置かれた。
これまたいつものように彼女から歯に衣着せぬお決まりのダメだしをされ返されたその書類の束を、リヴァイは気怠げに、ゆっくりと手に取り、組んだ足の腿の上に置く。
そしてじっと彼女を見つめたので、なまえは眉間に薄く、皺を寄せた。

「・・・何か」
「・・・・・・いや、何でもねぇ。クソ守銭奴がいつも通りムカつく顔をしてやがると思っただけだ」

呆れてため息をつくと、なまえは彼の前で憚らず、うんざりと目を細める。
リヴァイはその表情の変遷を見届けつつ、やはりゆっくりと、深く腰掛けていたソファから立ち上がった。
あぁ、やっと彼がこの部屋から出て行ってくれるようだ。
退室してくれるらしい“天敵”の行動に安堵したなまえは、はっと思い出し彼女も同じようにソファから立ち上がる。
そして彼女の立派なデスクから一つのファイルを手に取ると、ドアノブに手を掛けようとしていたリヴァイの前にそれを差し出した。

「こちらの資料をお持ちください。この書式を参考にされるといいと思います」

彼女に差し出されたファイルと彼女の顔を交互に見てから、リヴァイはそれを受け取る。
手にしたファイルの表紙を眺める少しの間を置き、もう一度彼女を見た。

「・・・てめぇにしちゃ気が利くな」
「別にあなたの為に気を利かせた訳ではありません。早く修正して頂かないと私が困りますから」

フン、と鼻を鳴らすと、リヴァイは深い飴色のドアを開け、出て行った。
閉じられたドアに、なまえは胸を撫で下ろす。
この間彼と内地に行った以来、彼と二人になる空間には、なまえはそれまでとはまた違った、落ち着かなさを感じるようになっていた。
尤も彼女にはそれが何故かは分からないし、それがどんな落ち着かなさなのかも分からない。
ただなまえは、リヴァイと二人になるというのが今までに増して、苦手なことになったような気がしていた。

ゆっくりとデスクに戻っていったなまえは椅子に腰掛けため息をつくなり、目に入った光景に驚き飛び上がった。
見開き色を変えた彼女の目には、しまった、と書いてある。
慌ててそれを手に取ると、机の角に身体をぶつけながら、部屋を飛び出した。
リヴァイに参考に、と渡したファイルが、間違っていたのだ。
しかも間違って渡したファイルは中央側の予算を精査する為の大事な資料で、その対象である調査兵団に見られてしまうのはとてもまずい。
それがあのリヴァイであるなら、尚更だ。

「リヴァイ兵士長!」

人前で彼の名前をなまえが大声で呼ぶというのはとても珍しいことだ。
そもそも彼女が大声を出したり、何かに慌てるということ自体が珍しいのだが。
カツカツと石造りの廊下に大きな足音を響かせ彼を追いかける。
同じように見える石の壁が前から後ろへと過ぎていく視界の中、リヴァイの背中を見つけたと同時に、よく知る声に名を呼ばれ、彼女は時を止められたように硬直した。

「なまえ!」

追いついたリヴァイの前にいたのは、エルヴィンと、彼の隣に同じくらいの身長の男性が一人。
背は同じか少し低いくらいだが、がっちりした体型のエルヴィンに比べると、やや細身に見える。
若そうに見えるが、歳もエルヴィンとそんなに変わらないだろう。
ふわりとスタイリングされた明るい色の髪に、落ち着いた、青みがかったグレーの瞳。
真っ白な皺ひとつないシャツに、その精悍な顔が映えている。
穏やかな瞳で笑顔を作り彼女の名を呼ぶと、駆け寄り抱擁をした。

「ルー、審議官・・・?」

受け止めるだけの抱擁を返すと、なまえはまだ呆然とした表情で、確認するように彼の顔を見上げた。

「変わりないね、なまえ。こちらでも随分ご活躍のようで」

いつもの彼女なら「冗談はやめてください」くらいは言えただろう。
呆然としているなまえに白い歯を見せニコリと笑うと、ルーと呼ばれた男はその一部始終を眺めていたリヴァイに姿勢よく、向き直った。

「――――失礼しました、リヴァイ兵士長。嬉しい再会だったので、つい。」

どうやら彼らの自己紹介が始まるところであったらしい。
隣に立つエルヴィンが、いえ、と答えた後、いつもの仏頂面を浮かべているリヴァイに彼を紹介した。

「リヴァイ。こちらはフォン・マイヤー審議官。なまえの上司に当たる方だ」
「ルートヴィヒ・フォン・マイヤーです。なまえがいつもお世話になっています」

差し出された手とその爽やかな笑顔をじっと見上げた後、リヴァイは彼より小さな手でそれを軽く、握った。

「てめぇが守銭奴の親玉か。部下の躾がなってねぇぞ・・・それも、全くだ」
「守銭・・・?」
「――――リヴァイ兵士長、さっきお渡ししたファイルが間違っていました。こちらをお持ちください」

聞き慣れない単語に首を傾げたルートヴィヒの言葉を遮るように、なまえは彼らの間にファイルを差し出した。
そしてリヴァイから誤って渡したファイルを半ば強引に受け取る。
上司を前に焦っているらしい彼女の様子に、エルヴィンは笑った。

「なまえ、黙っていてすまなかった。直前まで彼が来られるかどうか分からなかったし、彼が君には黙っていてほしいと言うから」

エルヴィンに向けたなまえの顔は、慌て動いたせいか、ほんのり赤い。
はぁ、と少し間の抜けた返事を彼女が返すと、ルートヴィヒはやはりにこやかに、ごめん、と続けた。

「時間が作れるか分からなかったし、僕がこちらに来るといって君に逃げられると困るから。今日は別件でこっちへ来たついでに寄らせてもらったんだ」

そうですかと答えたまま、未だ戸惑っているらしいなまえはそれ以上彼に話さない。
彼女の肩にポンと触れると、エルヴィンは言った。

「今夜はフォン・マイヤー審議官と私たちとで食事をしようと思う。もちろん君にも来てほしい、なまえ」

にこやかなエルヴィンとルートヴィヒを交互に見つめ、なまえは「そうですね」と力なく眉根を寄せ、答えた。


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