兵長と守銭奴/7


恐る恐る寝室のドアを開けると、静かな空間を囲む滑らかな白い壁がスタンドのあたたかみのある色に浮かび上がっている。
歩くと少し沈むように感じる毛足の長い絨毯に、装飾のほどこされた、白く高い天井。
ナイトウェアとして用意していたカットソーとショートパンツを着て、なまえはバスルームを出た。
中にぶら下げてあった二つのバスローブは今の状況をいかにも生々しく感じさせて、彼女の心臓を忙しなく動かせた。
そもそも家に帰ろうとしたところをリヴァイに引き止められ、彼女は今、ここにいる。
男の泊まるホテルの一室に招かれバスルームを使うというのは、普通に考えて“そういう”ことだろう。
二人が立派なこの部屋に入ると、リヴァイはなまえに先にバスルームを使えと言ったが、彼女はいつかの様にリヴァイが自分の入っている間に否応なしにバスルームに入ってこられるのが嫌で、彼に先に使って貰った。
意外にも彼はそれに素直に応じたし、バスルームから出てきた彼がなまえにちょっかいを出して来るような事もなかった。
いつもならどのタイミングで性急に彼女を求めてきたって、おかしくないのに。
彼と入れ替わりでバスルームに入り、リヴァイにいつもとは何か違う空気を感じて緊張しつつも少し拍子抜けしている自分に気付いた彼女は、これじゃまるで私が何か期待してるみたいじゃない、と一人首を振った。
・・・そして、今に至る。
恐る恐る足を進めると、リヴァイはベッド端に腰掛けて座っていた。
ぱち、と目が合う。
いつもと同じ無表情、なのに、今夜のそれは、いつもと少し、違うように感じる。

「おっ・・・、お、お待たせ・・・しました」

自分で言ったくせに、なまえはその台詞に驚き頬を真っ赤に染めた。
せっかく肌の手入れをして、シャワーで少し火照っていた頬が元に戻っていたのに。
これではまるでこれから二人で“何か”しようと言っているみたいだ。
自分を見つめたまま硬直し動揺するなまえを尻目に、リヴァイはゆっくり立ち上がると彼女に近付いていった。
そして彼女の目の前に立つと、徐にその筋肉質な両腕を持ち上げる。
それはゆっくりと、けれどいとも簡単に、なまえの身体を捕まえた。

「――――まっ、・・・!待って、ください」

なまえはリヴァイの生暖かい体温と一緒に、同じ、ボディソープの匂いを感じた。
彼女の細い首筋に顔を埋めようとしたリヴァイに、なまえは慌てて身を捩り僅かに彼を引き離す。
間近に合わせた顔は、変わらぬ表情で「何だ」といつもの無愛想で言った。

「あっ・・・あの、ほら、――――そう、ネックレスを外さなきゃ――――」
「・・・・・・ああ」

あっさり解かれた腕にほっとしたなまえは密かに息を整えながら彼から離れ、窓辺に置かれたテーブルの前に立つ。
ひんやりと感じる窓辺の空気で、顔だけでなく全身も熱くなったことが分かった。
ホテルでも高層階にあるこの窓の向こうの景色を眺めながら、言った手前、なまえはネックレスを外そうと両腕をうなじへ回した。

(――――何をそんなにあたふたしてるんだろう、私)

彼に迫られ取り乱した自分が何だか恥ずかしい。
悲しいかなこういうことは初めてという訳ではないし、今夜のリヴァイはいつもと違って、何か落ち着き払ってるようにさえ感じるというのに。

どんな日でも簡単に外せる外せるネックレスの留め具が、何だか今日は外し辛い。
いつもよりかなり時間を掛けてやっと外し終えると、置かれていた丸みを帯びたフォルムの金属のトレーに、それを置いた。

「・・・・・・?」

カタカタ、とトレーがテーブルと当たる小さな音がする。
何故、と思った瞬間、なまえは一人目を見開いた。

(―――――・・・あ、)

震えてる。

ネックレスをトレーに置いた、彼女の右手が僅かに震えている。
そう分かった時、なまえの心臓は大きくズキン、と痛んだ。

(―――――どうしよう、何だか胸が―――――)

静かに胸の前に右手を戻し、左手で抑える。
落ち着いて、と言い聞かせるように。
顔を上げても窓に映る目の前の景色は、今度は彼女の目には入らない。
認めたくなくても、分かってしまう。
確かに今、自分の胸はどうしようもなく、高鳴っている。

ゆっくりと3度、瞬きをした。
彼女はただ、今心を乱している自分に動揺していた。

「・・・なまえ」

どき、と心臓が大きく跳ねる。
彼に気付かれぬよう胸に両手を当て深呼吸をし、名前を呼んだ彼に振り返る。
なまえは自分がスローモーションで動いているような気がした。

「・・・・・・・・・」

目が合った彼はさっきのように、じっと彼女を見つめている。
どうか、今自分が動揺していることに気付かれませんように。
平静を装い視線を交わらせながらそう願ったなまえは少し顔が強張っていたけれど、この薄暗い部屋では彼女の願い通り、リヴァイには気付かれなかったかもしれない。
少しの間の後、リヴァイはもう一度、ゆっくりとその薄い唇を開けた。

「―――――来いよ」

ひょっとしたら、その僅かな距離を歩いた彼女の数歩の足取りはかなりぎこちなかったかもしれない。
視線を外し小さな沈黙の後、なまえは戸惑いながらも、素直に、リヴァイに近付いていった。

「――――あっ、」

立ち止まる寸前なまえはリヴァイに腕を引っ張られ、声を上げるより早く彼の腕の中に捕らえられる。
言葉通り彼に近付けばいずれこうなることは分かっていたのに、なまえは更に胸を逸らせた。
その状態で抱きしめられていたのはきっとほんの数秒だったと思う。
けれど彼女にはそれが、1分も、2分もあったように感じた。

「!!」

そしてリヴァイの腕は更にぎゅっと、なまえを抱きしめる。
なまえは呼吸を忘れた。
逆にリヴァイはその感触に、ふっと表情を緩める。
抱きしめられて彼の顔を見られない彼女がもしそれ見ていたなら、もっと動揺していたに違いない。


「・・・なまえよ。お前はここまで全力疾走でもしてきたのか?」
「・・・!!!こっ・・・これは、あの―――――」

もう一度、更に身体を密着させるようにリヴァイがなまえをぎゅっとしたのは、きっと最初に彼女を抱きしめた時彼女の心臓が悲鳴を上げているのに気付き、確かめる為でもあったのだろう。
リヴァイの言葉に目を白黒とさせたなまえが咄嗟に身体を離そうとした瞬間、目の前に現れた真っ赤な彼女の顔に、リヴァイは吸い付くように、キスをした。
彼女が何を言おうとしたかは、自分でも分からないだろう。
ただリヴァイの口の中に消えたその言葉の続きは、もう話す必要なんて無い。
軽く開けられている彼女の唇は、リヴァイの舌を簡単に受け入れる。
丁寧に重ねられるその口づけに、塞がれたなまえの唇からはやがて甘い息が漏れ始めた。
次第に彼女のカットソーの中には彼の細い指が滑り込んでくる。
身体が熱いからだろうか。
ひやりとする彼の手の感触に、限界まで胸をどきどきとさせつつも、今夜のなまえにはそれが不思議と、心地よく感じた。

「はぁ・・・、あ・・・っ、」

首筋に這わされた彼の唇に、ぬるりとしたその舌に、なまえはぞくぞくと堪えきれず吐息を漏らした。
そして自然に身体が倒されていく。
彼にゆっくりと横たえられたベッドの柔らかな感触と冷たいシーツの感触が、熱い背中に気持ちいい。
穏やかにひっくり返った景色には、天井よりもリヴァイばかりが映っていた。
バーで自分を見つめた時とはまた違う、なまえの熱を帯びた瞳を味わうように、リヴァイはそれをじっと覗き込む。
リヴァイはゆっくりと口を開いた。

「――――なぁ、なまえ。お前は今夜、俺の恋人だろ?どうせ目が覚めりゃまたクソみたいな現実だ・・・一夜限りのこんな夢も、悪くない」
「・・・・・・ゆ、め・・・?」

彼の言葉を頭で理解するよりも早く、彼女の胸はまたズキンと大きく痛む。
負荷を掛けられる彼女の心臓は、なまえに夢、という言葉を浮かべさせるのに、少しの時間を要させた。

「・・・そうだ、夢だ。そうだろ?なまえ。――――だったら俺に、とびきりいい夢を見せてくれよ」

ただ、息が苦しい。

彼女の唇は軽く開かれているのに、彼を見つめたまま、言葉を発することはできない。
それに付き合ったしばらくの沈黙の後、リヴァイはふっと笑った。


「そうだな・・・折角だ、甘い愛の言葉でも聞かせてもらおうか。夢ならそういうのも悪くないと、お前も思わねぇか?・・・なぁ、なまえ」


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