兵長と守銭奴/7


春のあたたかい日差しが揺れる水面にきらきらと輝いている。
パンツのポケットに手をつっこみ船着き場に佇んでいたリヴァイは、真っ青な空を見上げた。
今日はいつもと違い、コンパクトなジャケットに細身のパンツを履いている。
やはり気難しそうな印象は拭えないものの、彼も兵服を着ていなければ、いつも程の重圧感を周りに与える事もなかった。

さわやかな風が彼の黒髪を掠めていく。
見上げた空は夏のように眩しく感じられた。
出航の迫った船には人が続々と乗り込んでいく。
見上げた視線を戻したリヴァイはその先に彼女の姿を見つけると、そちらに向き直った。
白いワンピースが日差しをいっぱいに溜め込んで、見上げていた空のように眩しく感じる。
ふわりとした短いスリーブからすらりと伸びる腕で鞄二つを綺麗に揃えて持ち、裾の広がったスカートを風に揺らしていた。

「ようやく来たか」

掛けられた言葉になまえは眉根を寄せる。

「・・・もし来なかったら、どうするおつもりだったんですか」

挨拶もなく返された言葉に、リヴァイは合わせ鏡のように(とは言っても、彼にとってはそれがいつも通りの顔なのだが、)眉間に皺を作った後、呆れ顔で息を吐いた。

「おかしな質問をする奴だ。どうするも何も、現にお前は今ここにいるじゃねぇか」

そう言うと彼は、なまえの持つ鞄のうち大きな方を取り上げ船に向かう。
その背中に眉を下げため息をつくと、なまえは彼に続き、船に乗り込んだ。



「あの・・・デッキに、行きます」

席を立つと隣に座るリヴァイが彼女をじろりと見上げたので、なまえは聞かれもしないのに彼に行き先を告げる事になってしまった。
するとリヴァイも席を立つ。
悪い予感のしたなまえがどちらへと尋ねると、デッキだと彼が答えたので、なまえは顔をひきつらせた。
船が出て一時間ちょっと、二人の間に会話らしい会話が交わさることは殆ど無かった。
そのおかしな空気に耐えられなくて、なまえは席を立ったというのに。

広々としたデッキには人もまばらで、二人は船尾の柵の前に立った。
水面に絹糸の束を浮かべたように、船の軌跡が広がっていく。
なまえは当てが外れたものの、風に当たるだけでも落ち着かない気分がましになったような気がした。

――――来る直前まで、迷っていた。
彼女にはリヴァイが何を考えているか全く分からなかったし、確実に、エルヴィンが言っていた、彼に熱を上げているという貴族の娘の事が関係していると思ったからだった。
散々迷って、むしろ、何で私が、と思ったくせに、リヴァイの言う通り、結局今自分はここにいる。
漂う絹糸がほどけては消えていくのを見つめながら、なまえはため息をついた。

「・・・お前は今日、俺と付き合いの長い恋人だ」

静かに話し始めたリヴァイの言葉に、なまえははっとして、彼を見た。

「これからお前をある場所へ連れていく。訳あって公表はできないが、お前はずっと付き合っている俺の恋人だ。後は黙って適当に俺の横で頷いてりゃいい・・・いいな」

それが「当日話す」と言っていた、今日についての「詳細」だと言うのだろうか。
そう話すとリヴァイは柵に背中を預けたので、なまえは目を丸くした。

「以上、ですか?」
「ああ、そうだ」

話は終わったという風に、彼はなまえを見つめる。
平然としたその表情に、彼女はリヴァイに分かりやすいように顔をしかめた。

「全く意味が分かりません。私は一体どこに連れていかれて、誰と引き合わされるんですか?」
「・・・場所は、王都中心部にあるホテルのレストランだ。相手は――――お前が知る必要はない。お前の素性や名前を相手に伝える事もない・・・安心しろ」

そう言ってリヴァイは彼女をじっと見つめる。
何が不服か、と言わんばかりに。
なまえはいつも予算を巡って彼と“やり合う”時のような表情で彼を見つめていたが、やがてその張り詰めた表情を解くと、水面へとその視線を戻した。
船が切っていく風が、彼女の髪をさらさらと靡かせる。

――――これは、込み入った事だ。
元々人を詮索するのは好きではない。

ちかちかと反射する日の光が眩しい。
なまえは柵にもたれかかり、船の軌跡が生まれては消えていくのを遠く眺めた。
隣に立つリヴァイはというと、彼女とは反対に、風に吹かれるまま、船の行く先を見つめていた。



船に乗ってこれ程疲れた事はない。
ミットラスの船着き場に降りたなまえはげっそりと肩を落とした。
前を行くリヴァイは彼のと彼女の旅行鞄、二つを合わせ持ってさっさと歩いていく。
あの後も結局、会話らしい会話をしないままだった。
出発した時は白く眩しかった太陽も、今は空をオレンジ色に染めようとしている。
重たい足を何とか前へ進めながらなまえは極力、今日これからの事は考えないよう努めようとした。

リヴァイの手配した馬車は相手側と約束をしたらしい、街の中心部にある大きなホテルに停まった。
それは元々王都の中心部に住むなまえにとってはよく知る、有名なホテルだ。
車中、馴染みある風景を眺める自分の隣に他でもないリヴァイがいることが、なまえは何だか不思議でたまらなかった。

エントランスを入れば、真っ白で天井の高い空間が広がっている。
吊るされた大きくまばゆいシャンデリアが、白い壁と天井、それから大理石の床を美しく照らしていた。
側では大きなグランドピアノがタキシードを着た音楽家によって演奏されている。
今日は休日だからか人も多い。
ロビーにいくつも並べられている装飾の施された高そうなソファに座りコーヒーカップを傾けながら本を読む白髪の紳士、腕を絡ませて幸せそうに歩くカップル、これから外へ出かけるらしい家族。
その多くが和やかな表情を浮かべている中、“恋人”のチェックインを待つなまえは一人、ロビーの隅に座り固い表情を浮かべていた。
今夜、なまえは久しぶりに彼女の家に帰り、リヴァイはこのホテルに宿泊することになっている。
大きなカウンターでチェックインを終えたリヴァイは自分を待つなまえに向かって、大理石のフロアに靴音を響かせゆっくりと歩いた。
なまえはいよいよだと胸をざわめかせ、ぎこちなく立ち上がる。
必要以上に彼が自分に近付いてきたのでなまえが半歩後ろに下がると、リヴァイは徐にその腰に腕を回し、彼女を自分に引き寄せた。

「!」
「・・・行くぞ」
「は・・・、はい・・・」

これが彼の言う“恋人”ということなのだろうか。
この賑やかなホテルのロビーで、リヴァイが自分の腰に腕を回し、歩いている。
本当ならここは彼女の地元であるのだし、人目が気になって仕方ないはずだ。
けれどなまえは思いも寄らない彼の行動に、ただ戸惑い、この人出の多いロビーの中、何とか普通に歩みを進める事で頭がいっぱいになっていた。

ぎこちなく二人連れ添い歩いて辿り着いたレストランでウェイターに案内されたのは、その中にある個室だった。
金持ちしかいないだろうこのホテルの利用者の中でも、更にVIP専用の部屋なのだろう。
やはりこのホテルにふさわしく、豪奢で仰々しい内装の部屋の真ん中に、艶のある真っ白なクロスを掛けられたテーブルと椅子が並べられている。
開けられた背の高い大きなドアの先に、なまえは彼らを見つけ穏やかな笑顔を浮かべて席から立ち上がる、可憐な女性を認めた。


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