兵長と守銭奴/8


彼と素面で“して”しまった時は、いつも事後にこんな気持ちになる。
色んな気持ちが綯い交ぜになり、居たたまれなくて、無言で、落ち着かない手元で、何とか乱れた服を元に戻していく。
リヴァイは勿論気の利いた言葉の一つも言わないものだから、なまえはいつも最高に落ち着かない気分になる。
(彼女は気付いていないが、)背中に皺のついてしまったブラウスをパンツにしっかりと差し入れて、ベルトを着けた後、彼女は恐る恐る、リヴァイを見た。
とっくに服を直していた彼はソファに掛けなまえが服を着直す様子を眺めていたらしい。
浅く腰掛け膝に手を置き、前のめりになまえを見つめていた。

「・・・では、失礼します」

きっとどんな台詞を口にしても間が抜けたように聞こえると思うのだ。
こんな時一体どうやってその場を去れというのだろう、となまえは自己嫌悪しか渦巻いていない自分の心をますます重たくした。
机に置いていた書類とノートを持ち上げ、彼に視線を戻すことなく彼女は逃げるようにドアへと向かう。
鍵を回そうとした時、後ろに感じた気配に驚き彼女は反射的に振り返った。
彼女についてそこに立っていたらしいリヴァイは、昨夜彼女を送った時と同じように、なまえの顔のすぐ横に、手をつく。
なまえの瞳を捉えたまま、リヴァイの瞳はすうっと彼女に近付いていった。

「・・・・・・・・・」

やがて二人の唇が触れそうになった時、ばさばさと書類とノートが落ちる乾いた音がして、やっぱり昨夜と同じように、なまえの両手が彼の唇を覆う。
リヴァイはそれを受け入れたかのように動きをぴたりと止めて、なまえを見つめた。

―――――ああ、彼は何て嫌なタイミングでその瞳を見せるのだろう。

痛い程に動いた心臓は彼女の瞳を揺らして、さっきのように両手を張り付けられた訳ではないというのに、なまえは一切、動けなくなってしまった。
それに気付いてか、その隙につけこむように、リヴァイは自身の唇を覆う彼女の手を取る。
・・・それはゆっくりと、いとも簡単に、解かれていった。
そしてリヴァイは現れたなまえの唇に、何か大きく咲いている花びらにでも触れるかのように、ふわりと、口づけをした。

舌を絡められる訳でも、唇をこじ開けようとそこを舐めてくる訳でもない。
ただ触れられているだけのその口づけは、何故だろう。不思議な感覚で、彼女の胸を締め付けた。

静かに彼女の唇を解放したリヴァイは何も言わない。
彼女の顔の横に置いていた手を下ろすと、かけていた鍵を回し、開けた。
そして書類とノートを拾い、半ば呆然と自分を見つめている彼女にそれを渡す。

「・・・あ、ありがとう・・・ございます」

どうしたらいいか分からない風にそれを受け取ると、なまえは急ぎドアを開け、リヴァイの部屋を後にした。



変な持ち方をしたからか、熱くなった彼女の身体のせいか、胸に握っていた書類とノートは、彼女の部屋に着く頃には表面が少し波打ってしまっていた。
彼女の部屋のドアを開けた時、中にはルートヴィヒがいたものだから、彼のことがすっかり頭から抜けていたなまえは驚きの表情を浮かべた。

「――――おかえり、なまえ」

ソファに掛けていたルートヴィヒは立ち上がって彼女を迎え、その驚き顔に、少し顔を緩ませる。

「リヴァイ兵士長のところに?」

にこやかにそう続けたルートヴィヒの言葉に、なまえは息を止められそうになってしまった。

「――――ええ、そうです。少しお話があったので。お待たせしてすみませんでした、ルー審議官」
「・・・いや、そんなことはいいよ」

緩ませた顔を曇らせると、ルートヴィヒは申し訳なさそうにまだドギマギとしている彼女を見つめた。

「謝らなければいけないのはこっちだ、なまえ。昨日過去をほじくり返すような事をして君を困らせたのに、あんな形で君に僕の近況を知らせることになってしまって―――――僕に対して何の気持ちも無かったとしても、それでも、とても失礼な事だったと思うから」

実のところ、ついさっきまで彼女の中にあった処理しきれない彼に対する気持ちは、彼からのその弁明を聞いても、不思議とそれ程沸き起こってくることはなかった。
それが自分の中に素直に入ってきたことが彼女にとっても何か不思議に感じて、ルートヴィヒを見つめる彼女はどこか、いつも彼に対して作っていた、自分を守り、それなのに苦しめてきた、臆病で、卑下た壁が取り払われたように感じた。

「本当にもう気になさらないでください、ルー審議官」

普段はきりりとした眉を下げている彼に、なまえは少しの考えた間の後、口を開いた。

「ご婚約、本当におめでとうございます。以前はどうしたらいいか分からなくて、あなたにおかしな態度を取ってしまって・・・本当に申し訳ありませんでした。私はあなたに憧れていて、でも、そういうことに不慣れな私はあの時のハプニングをどう処理すれば良いのか分からなくて、、きっと、大した事じゃなかったのに過剰な反応をしてしまってルー審議官を困らせてしまいました。今はあなたと奥様と、幸せになられることを心から祈っています。」

ルートヴィヒは眉尻を下げて、まだ少し申し訳なさそうに彼女の名前を呼ぶ。
なまえの顔は、すっきりとして、穏やかに、小さく笑みを浮かべていた。




「色々とお気遣いありがとうございました、エルヴィン団長」

しっかりと手を握ると、エルヴィンはルートヴィヒに微笑んだ。
彼を迎えに来た馬車はすぐそこに待機させてある。
年季の入った革張りの大きなスーツケース三つを御者が重たそうによたよたと運んでいくのを、ミケは横目でちらりと眺めた。
船着き場に行かなければいけない時間が迫っている。
ルートヴィヒの見送りに、エルヴィンやリヴァイ、なまえは勿論、食事を共にしたハンジやミケも顔を出していた。

「ええ。今後ともどうぞお手柔らかにお願いします」

エルヴィンの言葉にルートヴィヒは笑うと、いつも通り大男の隣に立って更に小柄に見えるリヴァイの方に、向き直った。

「リヴァイ兵士長、どうもありがとうございました」

ああ、と言うとリヴァイは差し出された手を握り、ルートヴィヒを見上げた。
リヴァイを映している彼の青みがかったグレーの瞳は、穏やかに細められる。
握った手を離すと、ルートヴィヒは言った。

「なまえをよろしくお願いします」

その言葉に、なまえはドキ、と目を見開いてルートヴィヒを見た。
実際彼はそう言いながらハンジ、ミケに次々と別れの握手をしていったのだけど、タイミング的にはまるでそれは、リヴァイに言ったかのように聞こえたので。
まさか、と思いながら、なまえは自分を振り向いたルートヴィヒと目が合う。
ルートヴィヒは彼女の表情に、にこりと微笑んだ。
それは彼女の憧れていた、彼の穏やかな笑顔だった。

「じゃあ、なまえ。優秀な君だから、心配はしていないけど。ますます職務に励んでくれることを期待してるよ―――――次に会うときには君はきっと、もっと素敵になっているね」
「!!」

そう言うと、ルートヴィヒはなまえの頬に顔を寄せ、別れのキスをした。
驚き言葉を失ったなまえは、顔を真っ赤にして一体何事かと彼を見つめる。
ハンジは彼女の反応を面白がって、ヒュー、と口笛を吹いた。
じゃあ、とルートヴィヒは調査兵団の幹部の面々に再び向き直り、会釈をする。
勿論他の幹部同様一部始終をしっかり見ていたリヴァイと目が合った時、ルートヴィヒは彼にウインクをしたので、リヴァイは(周りからすればわかりにくいが、彼にしては)面食らった顔をした。

カタカタと音を立てて、夕日を背に、ルートヴィヒが乗り込んだ馬車は港の方へ走っていく。
エルヴィンたちと並びそれを見送りながら、なまえは彼女の部屋を出る前に「ここに来て、君は変わったね」と微笑んだルートヴィヒの言葉を思い出していた。


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