兵長と守銭奴/7


「リヴァイ兵士長が、ですか?」

なまえは動かしていたナイフをぴた、と止めた。
テーブルに置かれたキャンドルがナイフと銀で縁取られた皿を美しく照らしている。
皿に反射した光も、今日は普段と違ってさらされている彼女のデコルテを、綺麗に見せていた。
いつもならトップスには必ずブラウスを着ている彼女も、今夜はエルヴィンに誘われたこの高そうなレストランに合わせてか、少し改まったワンピースを着ている。

「ああ、そうだよ。君も知っているかな、彼女の事は」

向かいに座るエルヴィンは穏やかに微笑んだまま、手にしていたぴかぴかのワイングラスをテーブルに置いた。
周りはいかにも金持ちそうな男女がぽつぽつと座っている。
暗い店内には生演奏の音楽が流れ、何人ものウエイターが優雅に行き交い高そうな料理を次々と運んでいた。

「ええ、有名な家ですので、お名前くらいは・・・。ただ、そのお父上は恐らくそう言った事に、その・・・」

言葉を濁す彼女にエルヴィンは笑う。
いや、いいんだよ。と彼は言った。

「君の言う通りだ、なまえ。彼女の父上は娘が兵士に熱を上げていることを良くは思っていない。当然だ。由緒ある貴族の家には一介の兵士よりも、同等かそれ以上の格を持った家柄の貴族が相応しいと考えているだろう。それが例え、人類最強と呼ばれる兵士であってもね」

バツが悪そうになまえは小さくため息をついた。
彼女がエルヴィンに聞いた話はこうだ。
とある貴族の娘がリヴァイに熱を上げており、ラブレターを送り続けている。
しかし表立って反対はしていないが、彼女の父親はそれを良くは思っていないらしい。
その為彼女は極力父親の目に触れぬよう使いの者を使って、密かに手紙を送っているそうだ。
リヴァイよりも中央と係わることの多いエルヴィンを通して、それが彼に渡ることが多いという。

「あいつはそういった事がからきし不得手のようでね。まぁ、見ていて面白いが」

そう言うとエルヴィンは大きめに切った肉を口に運び、頬張った。
なまえは彼を見つめて、何と返そうか思案している。
口の中の肉を飲み込むと、エルヴィンは片方の口の端を上げた。

「気になるか?なまえ」

一瞬目を見開きぱちぱちと瞬きをしてから、なまえは眉根を寄せた。

「何で私が。ただ、特別な立場があるとそういった事は簡単にいかないのだなと思っただけです」

人を好きとか嫌いとか、そういったことはなまえも得意では無い。
ただ、そういうのは本来決して小難しい事では無いはずだ。
けれどそれぞれに特異な立場がある場合は、そうはいかない。
特権階級である貴族であればそれも簡単に頷ける話だが、調査兵団という組織に属する兵士たちは特に厳しい環境下に身を置き、普通の兵士以上に、暢気に人生を生きられる訳ではないらしい。
彼女が赴任して1年近く、仕事に情は禁物と考えている彼女も、次第にそれを肌で感じ、少なからず、理解するようになっていた。



「今日は本当にごちそうさまでした。素敵なお店に連れて行って頂いて・・・ありがとうございました。・・・その・・・」

送ってもらった家の前で、なまえは少し落ち着かない様子でエルヴィンを見上げた。
それが手に取るように分かったので、エルヴィンはふっと小さく吹き出した。

「“その・・・”、何かな?」

少し意地悪く笑って彼女の言葉の続きを要求するエルヴィンに、なまえはあたふたとして彼の顔を見る。
彼女のアパートのエントランスから漏れる明かりでも彼女の顔が赤いことが分かったので、エルヴィンは更に笑った。
前回の調査兵団の資金調達パーティでエルヴィンがなまえをエスコートした日、やはりエルヴィンはこうしてなまえを家まで送った。
その時なまえはエルヴィンを労い「家に上がってお茶でも」、と声を掛けたのだが、彼は多忙を理由に断っている(人と馴れ合うのを好まない彼女からすれば、他人を家に上げるというのはとてもハードルが高いことだ)。
“私は未練たらしい男でね・・・パーティの日、折角君からお茶のお誘いを貰ったのに断らざるを得なかったことを、未だに残念に思っているんだ”
それを受けて先日彼に言われた台詞を念頭に、彼女が今こうしてまごついていることは明らかだった。

あの、と口から何か良い言葉が出てくるようとりあえず声を出してみたものの、なまえはエルヴィンを見ることができない。
いつもの、リヴァイが言うには“可愛げのない”態度とは全く違う彼女の様子にエルヴィンは喉を鳴らして笑うと、いいんだ、と言った。
え?となまえは意外そうに頭を上げ、まだ落ち着かない様子で再び彼に視線を戻す。
エルヴィンは目を細めて彼女の瞳をじっと見つめると、その華奢な肩に手を置いて、すうっと彼の精悍な顔を近付ける。
そしてそっと、彼女の頬へくちづけをした。

「おやすみ。楽しい夜だった」

にこりと笑うとエルヴィンは片手を上げ、背中を向ける。
以前そうされた時と同じように、なまえは顔を真っ赤にしたまま、彼にくちづけられた頬に手を当てた。



いつもと同じようにリヴァイは音を立ててやや乱暴に書類をテーブルに置くと、身体をどっかりとソファの背もたれに預ける。
その上へ手を載せると気だるげに足を組んだ。

多分こういう時、普通ならどんなに嫌な相手にでも「お願いします」とか「よろしく」の一言くらい添えるのではないだろうか。
向かいに座るなまえはげんなりしながら、書類を手に取った。

(一体、“その人”はこの人のどこが好きだって言うんだろう)

パラパラと素早く書類に目を通しながら、なまえはこの間エルヴィンから聞いた、リヴァイに想いを寄せているという貴族の娘のことを思った。
彼のこういう姿を知った上で、彼女はリヴァイに求愛しているのだろうか。
お嬢様育ちで世間を知らず、リヴァイの本性を知らず、彼に好意を寄せているのではないだろうか。
なまえにはその実がよく分かっていないものの、確かに彼は世間から賞賛され尊敬される一流の兵士なのだろうが、自分と恋人でもないのに図々しく関係を迫ってくるような(拒みきれない自分もいけないのだが)モラルのない男だし、性格にも言動にも問題があるように思う。
そんな彼が貴族の娘に想いを寄せられている。
恐らくそれが成就すれば、彼女が貴族である以上、ただお付き合いをすればいいというものではないだろう。
“結婚”という問題がついてくるのは間違いない。
だから彼女の父親は娘がリヴァイに熱を上げている事に関して、良い顔をしないのだ。

「・・・今日は、いい天気だ」
「・・・・・・は?」
「残念だが多分、お前の大好きな雷も落ちないだろう」
「は、はぁ・・・」

ふんぞりかえって窓の外を見ていたリヴァイが唐突に言い出した言葉に、なまえは眉根を寄せた。
とは言っても、こうしたことは彼にはままあることだ。
大抵それは本当に話したいことをぼかしすぎて主旨が全く分からなくなっていたり、気を利かせたつもり(で全く利いていない)の導入部であったりする。

「守銭奴よ、この間の気持ち悪い部屋の事を覚えてるか」

その台詞から今から彼が話すことが本題だと分かったので、なまえは書類から目を離さないまま、彼に気取られぬように身構えた。

「・・・あの時はご迷惑をお掛けして、すみませんでした」

口ではすみませんでしたと言いながらもやはりなまえは書類から目を離さないので、その謝罪の言葉には気持ちがこもっているようには聞こえない。
けれどリヴァイはそれを気にはしていないようだ。

「そうだろう。俺がいなければお前は今もあの気持ち悪い部屋で雷に襲われ続けてビービーと泣きわめいていたはずだ」

確かにそれはそうかもしれないのだけど、未だにあの部屋での出来事は現実だったかどうかも分からないし、彼にそう言われると何だかムッとしてしまう。
なまえは引き続き手に持つ書類に意識を集中し、平常心を心掛けた。

「・・・お前の少ない良心でも俺に恩義を感じているのなら、なまえ。――――お前に、頼みがある」
「・・・あなたが私に“頼み”だなんて、珍しいですね」

思いも寄らぬ言葉になまえがどき、としてしまったことは否めない。
リヴァイが犬猿の仲であるらしい自分に対して“頼み”なんていう言葉を使うことがあるとは思わなかったからだ。
少しの間の後リヴァイは背もたれからゆっくりと身を起こすと、なまえを真っ直ぐに見つめ、言った。


「俺の恋人になってくれ」


リヴァイの言葉に、なまえは頑なに目を離そうとしなかった書類から、顔を上げた。


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