兵長と守銭奴/6


バサバサ、と音を立てて、彼女の足元に書類が落ちる。
驚き見開いた目には、―――滅多に表情を変えない彼も多少驚いたのだろう―――切れ長の目をやや大きく開いたリヴァイが映った。

「・・・打ち合わせ中に昼寝とはいい度胸だな、守銭奴よ」
「・・・すみません」

昼のあたたかな空気は確かに心地良いが、彼女は居眠りをしていた訳ではない。
ただ、気が付いたら手にしていたはずの書類が足元に落ちていた。

(・・・疲れてるのかな・・・)

慌てて書類を拾いながら、なまえは昨日この部屋を訪れたエルヴィンに言われた言葉を、ふと思い出した。
最近、ふと気付いたら無意識にぼーっとしていた、ということが多いかもしれない。
中央に書類を出す期日が迫っているので、なまえは確かにここ数日、連日遅くまで残業をしている。

「何度も言うようですが、リヴァイ兵士長。ここに盛り込まれている物資の量の多さには疑問を抱かざるを得ません」
「・・・“何度も言うよう”だが必要だからそこに書いてあるんだろうが、クソ守銭奴」
「ですから、合理性があれば何も申し上げません。分からないから伺っています」
「てめぇが言うからオレたちは健気に手間隙掛けて面倒臭ぇ裏付けとやらの資料を作ったんだ。それがまだ不十分だとでも言うのか?」
「だからそう申し上げています。この資料では十分にその必要性を裏付けるには足りないでしょう」
「・・・それ以上オレたちにどうしろって言うんだ」
「これ以上の資料が出せないのであれば、その物資に対する予算は下りないでしょう。それだけのことです」

淡々とその口から繰り出されるなまえの言葉に、リヴァイの瞼に差すどす黒い影がどんどん濃くなっていった。
なまえでなければきっと、どんなに偉い中央官僚だって今の彼の凶悪な顔に尻尾を巻いて逃げだすだろう。
どうやら彼女の最後の言葉が引き金になったようだ。
リヴァイは背もたれから体を起こし前のめりになると、なまえに向かって静かにその薄い唇を開いた。

「・・・クソ守銭奴が・・・本当にてめぇはムカつく野郎だ。今すぐお前の×××にオレの××を××××て××××××にして思い切り×××せてやろうか」
「!!!!!」

彼の言った卑猥な言葉になまえはその目を二倍程大きく見開き硬直すると、わなわなと体を震わせた。

「・・・あ・・・あなたって、本当に最低です!!よくもそんなはしたない言葉をずけずけと口に出せますね!」
「クソ守銭奴様にお褒めに預かり光栄だな」

全く悪びれないリヴァイを、なまえはキッと睨み付けた。
この部屋にもし今第三者がいたなら、彼は居ても立ってもいられなかっただろう。

「・・・とにかく、これでは中央の理解は得られないでしょう。これ以上の良い資料がないのであれば、このまま中央に申請なさってご希望の予算が下りないのをお待ちになられたらいかがですか。それであなた方が構わないのならそれでいいでしょう。あなた方のご希望通り予算が下りようと下りまいと、私には関係の無いことですから」
「てめぇがそうして欲しけりゃそうしてやるよ・・・何の為にてめぇがここにいるのか融通の利かねぇその硬い頭で考えろ」
「私がここにいるのは、民の血税を無駄にしない為です。中央の多岐に渡る予算精査を効率化する為です。あなた方にたくさんの予算をつける為に私はここにいる訳ではありません。私の申し上げていることが不服でしたら、あなた方にとって有利になるようなきちんとした資料を作成して下さい。私はあくまでそれを第三者的な目で妥当なものかどうかを判断しあなた方に事前に進言しているだけです」

さっきからリヴァイは1度も瞬きをせずになまえを睨みつけている。
彼から向けられる敵意に全く怯まないなまえは、臆することなく、むしろ、彼を焚きつけるように、ぴしゃりと答えた。

「・・・今日中に新たな資料を頂ければ再度拝見します。私からは以上です」

フン、と鼻を鳴らすと、リヴァイは背もたれにその背を預け直した。

今まで何人かの財務官がなまえと同じようにこの部屋に赴任してきたが、彼女以外は代々全員男、彼らは良くも悪くも役所仕事で、もっと楽に彼らの審査は終わり、中央へ予算を申請してきたはずだ。
しかし実際、彼女の審査には毎回手こずるものの、彼女を通して中央に上げた予算申請は、今までとは違い、申請した予算から大きくその額が削られることは無くなっていた。
それがひとえに、特別面倒で気難しく感じる彼女の審査と判断が実際は真っ当なものであって、今までの財務官たちよりも一見煩わしくも感じられる彼女の仕事ぶりの方が自分達にとって有益であるのを示しているということは、調査兵団の幹部達にも勿論、リヴァイの目にも、明らかだった。
新しい財務官は女だと聞いた時、調査兵団も舐められたものだとリヴァイは笑ったが、エルヴィンは中央から彼女の前評判を聞いていたらしく、なまえと顔を合わせるまではむしろ彼女を警戒をしていたようだった。
それなのに、今やすっかりヤツはなまえを信用し、気に入ってすら、いるらしい。

「・・・・・・エルヴィンは」
「・・・は?」

殺伐とした会話の後、唐突にリヴァイの口から出たその名前に、なまえは一体彼は何を言い出すのかと顔をしかめた。

「・・・エルヴィンは、変わった野郎だ」

たった今言い争っていたはずの懸案事項とは全く関係ないように思える彼の言葉に、なまえはそのしかめた顔にはてなを一つ浮かべる。
彼女をじっと見つめながら、リヴァイはさっきまで彼女に向けていた悪意をすっかり解いて、普段通りの、それでもふてぶてしい様子で、足を組んだ。

「・・・あいつは趣味の悪い、気持ち悪い野郎だ・・・お前もそう思わねぇか?守銭奴」

―――――一体彼は何が言いたいのだろう。
彼の言葉の意味を考えながら、はぁ、となまえは気の無い返事をした。

「・・・あなたも十分変わってると思いますけど。リヴァイ兵士長」
「・・・・・・お前もな」

リヴァイは不機嫌そうにもう一度鼻を鳴らすと、背もたれに腕を掛けた。



既に月は高く上がっている。
手伝いにかりだされたペトラとオルオに“助かった”と彼にとって最大級の感謝の言葉を伝えると、リヴァイは書類を入れた封筒を手に、財務官事務室へと向かった。
随分遅くなってしまったと舌打ちをして、彼女の部屋のある、向かいの回廊に視線をやる。
今日中に資料を用意しろと言った癖に、まさかあの女は自分に断りも無く帰っていないだろうななどと心の中でなまえに毒づきながら。

「・・・・・・?」

向かいの回廊に小さく動く人影を不審に思い、リヴァイは目で追った。
彼の目的の場所である財務官事務室からは少し離れている。
しかしそれはどう見ても、なまえのものらしかったので。

彼女がいかにビジネスライクな人物で、自分の職務に関わるもの以外に全く触れようとしないことも興味を示さないことも知っていたから、リヴァイはそれを不審に思った。
その人影が、彼女ならば決して歩かないであろう方向へ向かっていたからだ。
歩調を速めてリヴァイはそちらへ向かう。
ようやく彼女の背中を小さく捉えるようになった時、彼女の覚束ない足取りを異様に感じて、リヴァイはますます彼女を不審に思った。

「おい、守銭奴!」

名前を呼んでも、その華奢な背中は止まらない。
彼女が階段を上りだしたので、リヴァイは少し小走りで彼女を追いかけるようになる。
あいつに何が起こっているんだと、リヴァイは眉間に刻まれた皺をますます深くした。
どう考えても、今自分が目にしている彼女の行動は不可思議だ。
やっと彼女が上って行った階段に辿り着き急ぎそれを上り終えた時、リヴァイの視界には、廊下に立つなまえが虚ろな表情を浮かべ、調査兵団に長く所属する彼にも見覚えの無い、異質なドアに手を伸ばすのが映った。
リヴァイが彼女の目の前にある謎のドアが一体何なのかを考えるよりも先に、なまえはそのドアを開く。
確かになまえはそのドアノブに手を掛けたはずだが、ドアは彼女を招き入れるように、自ら開いたようにも感じられた。

―――――一体何が起こってるんだ。

その不気味なドアに吸い寄せられるようになまえが中へ入っていったので、リヴァイはただ無意識に、彼の嫌な直感に駆り立てられるように、彼女を追いかけていた。

「なまえ!!」

顎を軽く上げ、まるで糸か何かで操られているように真っ暗な部屋の奥へ歩みを進めていたなまえは、リヴァイの声にその糸が切られたかのように、一瞬でその動きを止めた。

「お前、一体こんなところで何やって――――――」

そうリヴァイが言った瞬間、バタン、と大きな音を立てて、奇妙な細工の施されたドアが閉まった。
辺りには、全く誰もいなかったはずだ。

「!?」

何かの変事と感じたに違いない。
リヴァイは驚き振り返ると、手にしていた封筒が落ちるのにも構わず、そのままの勢いでドアノブをひっ掴み乱暴に回す。
最強の兵士の名を欲しいままにしている彼が力いっぱいそれを回そうとしても、毒々しい色をしたドアノブはびくともしない。
やがて彼がドアに体当たりをし始めた時、なまえはようやく彼を振り返った。

「・・・リヴァイ・・・兵士長・・・?」

ガン、ガン、と彼が体当たりをする度に大きな音がするが、肝心のドアには全く堪えていないように見える。
それでも激しく体当たりを続けながら、リヴァイは必死の形相で彼女を見た。

「守銭奴てめぇ・・・この部屋は一体何だ!」
「―――この部屋って・・・、ここは一体、どこなんですか」

なまえは初めて見る彼の様子に一瞬戸惑った後、まるで今この部屋に連れてこられたかのように周りを見回した。
部屋は財務官室よりずっと狭い。
古ぼけたテーブルと、長椅子と、奥に、背の高い窓。
一目で普通でないと分かるそのドアとは裏腹に、部屋の中はごく普通の飾り気の無い、むしろ、質素な部屋に思われた。

「・・・開かねぇ・・・。一体どうなってやがる」

どうやら相当頑丈であるらしいドアにガシ、と諦めの蹴りを入れると、リヴァイは彼女に向き直った。
まだなまえは部屋の中を見回している。
ただ、その表情は不安そのものに歪められていた。

「お前が自分でここに来たんだろうが。何寝ぼけたことを言ってやがる」
「わ・・・私がですか?」

戸惑うなまえの横を通り過ぎると、リヴァイはそこにあったテーブルを持ち上げ、窓に2度、思い切り叩きつけた。
耳を押さえて身構える彼女は、ただ事態が飲み込めず、動揺していた。
窓はさっきのドアのように、びくともしない。
驚くことには、思い切り叩きつけたテーブルも、まったくダメージを受けていない。
常識的に考えて、ありえないことだ。
非現実的な事を信じる性質ではないリヴァイも、自分達が今いかに現実離れした異様な場所に身を置かされているのかを自覚せざるを得なかった。

窓をこじ開ける事も諦めたらしい。
リヴァイはゆっくりと担ぎ上げたテーブルを床に戻した。

「・・・あぁ。オレはお前を追ってここまで来たんだ」
「・・・・・・そんな、こと――――・・・」

そう言いながら、なまえは怪訝に眉根を寄せ、額に手を当てた。
――――ここに来るまでの記憶が無い。
さっきまで自分は財務官室にいて、昨日エルヴィンから受け取った書類の処理をしていたはずだ。

「・・・閉じ込められたな」

ただただ動揺している様子のなまえに、リヴァイはため息をついた。
どうしようもない。
自分達に今何が起こっているのか、知る術も全くない。
リヴァイは落とした封筒を力無く拾い長椅子に近付くと、そこにどさっと腰を下ろした。


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