次長と守銭奴/1225




帰り際、小さな咳払いの後、新入社員であり彼女の唯一の部下である彼は神妙な顔でなまえに尋ねた。

「みょうじチーフは・・・イブは何か予定があるんですか?」

えらく真面目な顔をしているから、てっきり仕事に関する質問をされるのかと思った。
エレンの問いかけになまえは顔をしかめてから「ないわ」とそっけなく答える。
彼はほっとしたような表情を作るといつものようになまえにさわやかな笑顔を作って挨拶をし、彼らの事務室から出て行った。
下らない質問を堂々とされてしまうと、呆れて注意もできない。
まぁいいか、となまえはパソコンのモニターに視線を戻した。

その時、(そういえば)、となまえの頭をよぎったことがある。
なまえは私用の携帯を取り出しスケジュールを確認すると、来週間近に迫った12/24の欄には20:30という時間と一緒に、「食事」のアイコンが無愛想に貼り付けられていた。



次 長 と 守 銭 奴 / 1225



彼に珍しく食事に誘われた時、訝しみこそしたものの、何故気付かなかったのだろう。
『再来週の火曜日、食事に付き合えよ』とリヴァイは言った。
敢えてクリスマスを臭わせるような単語を使わなかったのかもしれない。
リヴァイはそういうイベント事を大切にするようなロマンチックな信条を持つ人間のようには見えないから、珍しく彼に食事に誘われたからといって時節的なことを意識することもなかったし、ワーカホリックと形容されて久しいなまえもクリスマスやバレンタインなど、ロマンチックなイベントに特に胸をときめかせるような性質でもない。
ましてや周りから犬猿の仲だと思われているリヴァイとなまえの間には、ある日事故のようにできてしまったいびつな関係こそあれ、決して二人は恋人同士でもない。

(・・・あの人、何考えてるんだろ・・・)

どうやら意味深な日に食事に誘われていたらしいことにやっと気付き、なまえは大きなため息をついた。
行動の予測のつかないリヴァイのことだから、その日がクリスマスイブであるという事については深い意味はないのかもしれない。
彼の真意なんて、どうせ考えても分からない。
もう一度小さなため息をつくとなまえは携帯を鞄にしまい、再びパソコンのモニターを覗き込んだ。



約束した24日当日、たまたま廊下を歩いていたとき見かけてしまった光景のせいで、なまえの頭はますます混乱した。
廊下を歩いていたなまえは、数人の若い女子社員に囲まれているリヴァイの背中を少し離れたところにあるリフレッシュスペースに見つける。
小柄な背中、ツーブロックの黒髪、後姿からでも分かる偉そうなオーラ。間違いなくリヴァイだった。

「リヴァイ次長、お誕生日イブおめでとうございます〜!これ、総務部リヴァイ次長ファンクラブからのプレゼントですぅ」

飛んできたきゃいきゃいとした黄色い声に、「何だそりゃ」と答えたリヴァイと同時になまえも「何だそりゃ」と衝撃を受けた。

「本当はお誕生日プレゼントだし明日お渡したかったんですけどぉ・・・このコが明日から海外旅行行くんでぇ・・・みんなで今日渡しに行こうってことになったんです〜!」

リヴァイを囲む6人くらいの女子社員たちは、代わる代わるピーチクパーチクとよくしゃべる。
彼はいつもと変わらぬ仏頂面で小さな紙袋を受け取ると、礼を言った。
その言葉に、きゃあ、と嬉しそうに笑顔を作った彼女たちはきゃぴきゃぴと騒ぎながら彼の周りに作った囲いを崩しながらなまえとは逆方向にある総務部の方へと歩いていく。
まるで嵐が去っていくようだ。
やがて背中を向けていたリヴァイがこちらを向くような仕草を見せたので、なまえは驚き柱に身を隠す。
―――ますます彼の考えていることが分からない。一体どうしよう、となまえは思った。

クリスマスイブ。
しかもそれは、どうやら年に一度の大切な、彼の誕生日前日であるらしい。
その日に食事に誘われて、いくら相手がリヴァイでも、全くその日にちに何の意味もないことなどありえないのではないだろうか。
つい先程まで知らなかった彼の誕生日を祝うつもりがなければ世間の浮かれたムードに流されて彼とクリスマスを祝う気さえあるはずもなかったなまえは、デスクに戻ると頭を抱えた。
何らかの理由があってたまたまその日に食事を誘ってきたに違いないと考えていた(考えようとしていた)なまえが、リヴァイへのプレゼントを用意しているわけがない。
しかしそもそも彼の誕生日はどうやら25日であるようだし、今日は考えてみればその前日なのだから彼の誕生日を祝ってやらなければならないなんていわれはない。
だけどそれを知ってしまった今は、どうしても“今日”誘われたことについて、何か深い意味を考えずにはいられない。
感情的で上司には向かないと世間から厳しい評を受けることもある女性の上司でありながら決してそんなタイプではないなまえが、いま明らかにそのデスクで苦悩の表情を浮かべている。
初めて見る彼の上司の姿に、エレンは心配そうにその様子を見つめていた。

「あ・・・あの、コーヒーでも買ってきましょうか・・・?」
「・・・ううん、大丈夫。ごめんなさい。・・・イェーガーくん、さっき相談された案件は問題なかった?」
「は、はい。問題ありません。あちらにも確認を取って、処理は済んでます」

そう、なら良かった・・・となまえは小さく口の端を上げると、しっかりと気持ちを切り替えるようにすっかり冷えてしまった紅茶の入ったカップに口をつけた。



20時25分。
普通ならば待ち合わせ時間より15分は早く着くように心掛けているなまえからすると、それは待ち合わせ時間ギリギリの時刻だ。
会社の最寄り駅から2駅先の待ち合わせ場所に気の進まぬ足取りで辿りついた彼女は、左右に振った視線の先に顔を埋めるようにマフラーを巻いて佇む黒髪の小柄な男を見つけ、目が合い、ますます心臓をざわめかせた。
辺りは高級な飲食店の立ち並ぶエリアで、クリスマスだイブだと浮かれている能天気な人たちで溢れかえっている。
人波を避けながら恐る恐る近寄ってきた彼女に「行くぞ」と白い息を吐いて一言だけ言うと、リヴァイはいつもと全く変わらぬ様子ですたすたと歩き出した。

リヴァイが予約をしていたらしいその店は、大通りから2本中に入った所にあった。
地下へ続く階段を下りると現れたドアは幅が狭いくせに重たそうだがシンプルで、店の名前だけが書かれたプレートが貼ってあるだけなのにとても威圧感があるから不思議だ。
すぐに高そうな店だという事が分かり、なまえはリヴァイが一体どういうつもりなのかますます分からなくなった。
彼らが階段を下りきりそうな絶妙なタイミングで、にこやかな笑顔を作ったウエイターがドアを開けて出迎えた。
店内はこじんまりとしているが並べられているもの全てがとても高そうなものであることが分かる。
薄暗がりに設定されたライティングの効果もあってかとても落ち着いた雰囲気だ。
案内された席に着くと皿の上に置かれたナプキンの上に「Merry Chiristmas」と書かれたカードと一緒に黄色からピンクにロマンチックな色のグラデーションを作る大きな薔薇が置かれていたので、なまえはますます戸惑った。
憚らずに言おう。そこは、ロマンチックな夜のデートには、最高にいい雰囲気の店だった。

彼女は自分がどうやってリヴァイと食事をしたのかは、よく覚えていない。
食事も出されたワインも全てとても美味しかったと思うのだが、なにしろ目の前に座るリヴァイの顔色を終始窺いながら食事をしていたなまえには、最後に甘いプティ・フルールを食べても苦々しい気分しか残っていない。
最初のシャンパンを注いだときソムリエが爽やかに「メリークリスマス」と言い、クリスマスに似合わない二人にクリスマスを祝う言葉を強制する。
リヴァイはシャンパングラスを少し上げてなまえを見つめると、「メリークリスマス」と静かに言った。しかしその顔は、全く“メリー”じゃない。
なまえは少し迷った後何ともいえない顔で彼と同じようにグラスを少し掲げ、「め、めりーくりすます・・・」と消え入りそうな声で応えた。
けれど、その奇妙な乾杯とクリスマスディナーであるらしいそのコースの皿の上以外、二人の間には一切クリスマスの雰囲気はなく、ただ黙々と食事は過ぎていった。
チェックを、と言ってスマートにカードでテーブルチェックをリヴァイが済ませた時、腕時計をちらりと見て時間を確認した彼女はここからが本当の試練だ、とゴクリとつばを飲んだ。

思いのほか時間のかかったフルコースのせいで、二人が店を出たのは23時30分を回っていた。
ごちそうさまでした、と言ってなまえは1歩先を歩く、街の明かりに照らされる彼のなめらかな頬を見る。
リヴァイは黙って白い息を吐くと、手を上げてタクシーを止めた。

二人乗り込んだタクシーはなまえの家に向かって走っている。
車内でも二人の間には殆ど会話はない。
むしろ、道の説明をするリヴァイと運転手の方がさっきの店でのなまえとリヴァイよりもよく会話をしているくらいだ。
結局、一体何の為に彼は他でもない今日、自分を食事に誘ってきたのだろうか。
窓の外に流れていくちかちかと光るきらびやかな夜景を見つめながら、なまえはだんだん今日の食事はリヴァイから自分へのいやがらせか何かだったのではないかとすら思うようになっていた。

タクシーがキッとブレーキの音を立てて止まりなまえ側のドアを開けると、タクシーに乗り込んで以来、リヴァイは初めてなまえを見た。
降りろ、ということらしい。
いま運転手と会計を始めていない彼がまさかここで一緒に降りようとすることはないだろう。
戸惑いながらリヴァイを見た後、なまえはもう一度ごちそうさまでした、と頭を下げてタクシーから降りた。
タクシーを見送ろうとその場に立つなまえは、まだドアの閉まらない車内からリヴァイが運転手に言った「ちょっと待っててくれ」という言葉が聞こえてきたので、いよいよ試練の時が来たのだとひどく動揺し、身構えた。
手入れの行き届いた黒く光る革靴を道路につけてタクシーから降りると、リヴァイはなまえの目の前に立ち、じっと彼女の目を見つめた。

「おい、クソ守銭奴。てめぇはキリスト教徒じゃねぇんだな?」
「は・・・?は、はい」

彼の質問の意味が分からず、やはりなまえは戸惑い答える。

「そうか、なら良かった。オレもだ」
「・・・そうですか」

適当な相槌をうったものの、なまえの頭の上には?マークがいっぱい浮かんでいる。
結局彼は一体何の目的で今日自分をここに誘い、一体何の狙いがあって今自分の前に立ちちんぷんかんぷんな質問をしてくるのだろう。

「だから、今夜の食事には大した意味はねぇ・・・安心しろ」

彼の口から吐かれた白い息は二人の間にもやを作るように、右から左へと流れながら、すぐに消えていった。

―――安心。
いま彼が口にした“安心しろ”とは、一体どんな意味だというのだろう。

「・・・あの、リヴァイ次長。・・・今夜、何故食事に誘って下さったんですか・・・?」
「言ったろ・・・特に意味はねぇよ。あの店で食事がしたかっただけだ」

なまえの返答を待たず、じゃあな、と言ってリヴァイは彼女に背中を向ける。
彼女が腕時計を確認したときタクシーのドアが音を立てて開いたので、なまえは思わず大きな声を出して彼の背中に言った。

「あ・・・あの!・・・リヴァイ次長・・・・・・お・・・、・・・・・・お渡ししたいものが・・・。」

その声に、タクシーに乗り込もうとしていたリヴァイは意外な顔をして彼女を振り返った。
一瞬どうしようか迷うように視線を横にやってから、なまえはリヴァイに駆け寄る。

「これ、本当に気持ちだけですけど・・・。」

彼女はバッグから黒くて艶のある紙袋を取り出すと、タクシーに乗り込むのを止めて彼女を向き直ったリヴァイの胸の前にそれを差し出した。
待ち合わせ前に、彼女が急いで買いに行ったものだった。
リヴァイはまだ少し驚いた顔を浮かべて、それを無言で受け取る。
落ち着かない様子でリヴァイを見つめて小さく「あの・・・」と前置きすると、なまえは紙袋の中を見た時彼がガッカリしないよう、補足説明をした。

「私が会社で飲んでる紅茶で・・・おすすめなので、良かったら」

有名なのでご存知かもしれませんがとやや早口で、彼女は説明を付け加えた。
彼女がリヴァイに物をプレゼントするというのは初めてのことで、どうにも気恥ずかしかったのかもしれない。
なまえは「・・・じゃあ、おやすみなさい」と大きく頭を下げると、その場を去ろうと今度は彼女がリヴァイに背中を向ける。
手にした紙袋の中を覗いて小さく笑うと、リヴァイはコートのポケットに手を入れた。

「―――――おい、なまえ!」
「・・・!」

不意に名前を呼ばれて驚き振り返ると、リヴァイが何かを自分目掛けて放ったところだった。
彼女はあたふたと体のバランスを崩しながら、放られた小さな箱をキャッチする。
何とかキャッチしたその小箱には、マンションの外灯に照らされて天面に箔押しされたそのロゴがその凹凸で陰影を作り、さりげなく自分を主張していた。それは確かに、なまえがよく身に着けているネックレスのブランドの名前だ。
なまえが驚き顔を上げると、リヴァイは彼女の一番苦手だと思う、やわらかな笑顔を浮かべていた。

「・・・メリークリスマス」

静かに彼はそう言うと、タクシーに乗り込んだ。
無機質な音を立ててタクシーのドアは閉まる。
隔てられたその黒い壁の先にある彼の姿を、なまえは半ば呆然と見つめた。

(―――――どうして・・・)

胸にぎゅっと握られた小箱の下で、彼女の心臓は痛い程に騒いでいる。
本当に嫌な男だ、とさえ彼女は思った。
さっき、本当に彼に言おうと思った言葉は声にならず半ば自分の中でもごまかしてしまった。
だからいま彼にさらりと言われた言葉が、彼に渡されたこの小箱が、とても憎らしい。
彼は自分に、今日は“クリスマス”などではなく彼にとって“1年で1番特別な日”であることを知らせることなく、この場を去るつもりなのだ。

「―――あの!」

なまえはタクシーに向かって呼びかける。
運転手に行き先を説明していたのであろうリヴァイは、彼に何かを言うとドアを開けさせ、降りてきた。

「何度引き止める気だ、クソ守銭奴。てめぇのせいでいつまで経っても帰れねぇだろうが・・・」

首にきっちりと巻いているマフラーを口元に当てるようにすると、リヴァイは言った。
胸元に小箱をぎゅっと握り締めたままなまえは少しうつむき、それからもう一度彼を見つめた。

「リヴァイ次長、あの・・・。お誕生日、おめでとうございます―――――」

しんと静まり返る二人の間で、チッ、チッ、と腕時計の秒針が聞こえてくる。
時刻は0時を回っていた。
そう、彼を見送ろうとしていた彼女が腕時計を確認したときは、ちょうど0時を指す頃だった。

リヴァイは、何故それを知ってる、とでも言いたげな、何ともいえない驚いた顔をして、なまえの目の前に立っていた。
それは、なまえが初めて見る彼の表情だった。
何となくそれに嬉しさを感じてしまったことを、なまえは否定できない。
彼はなまえのそんな不思議な感情を感じ取ってか、先程の表情とはうって変わって、いつもの意地の悪い、ニヤリとした笑みを浮かべる。
さっきから騒いでいる彼女の心臓は、今度は明確に悪いほうの意味で騒ぎ出した。

「・・・いい心掛けだ、守銭奴。それなら心置きなく祝わせてやろう」
「・・・・・・は・・・?」

意味が分からず眉根を寄せて彼の顔を覗き込むと、ちょうどそのタイミングで彼らの後ろに控えていたタクシーがブロォ・・・と燃費の悪そうなエンジン音を住宅街に響かせて走り出した。

「!?!!」

彼を乗せて帰るはずのタクシーが、行ってしまった。
なまえはぎょっとしてその姿を目で追う。

「リ・・・リヴァイ次長、あの、タ・・・タクシーが・・・!」
「何を騒いでる、クソ守銭奴。タクシーの料金ならきっちりオレが払っておいたぜ・・・」
「は・・・はぁ・・・?」
「心置きなくオレの誕生日を祝わせてやると言ってるだろう。早く中に入れろよ・・・オレは寒いんだ」

リヴァイの言葉から推測するに、どうやら彼はこのままなまえの部屋に上がりこむつもりらしい。
明るい光に満ちているマンションの玄関ホールへと彼はずかずかと進んでいく。
さっと顔色を変えるとなまえは彼を追いかけその腕を掴んで足を止めさせ、ぶんぶんと首を振った。
だめだ。このままではいつも通りに彼のいいようにされてしまう。

「む・・・無理です、お帰りください。誰があなたを祝いたいと言っ―――――」

彼女が必死に彼を拒もうとした言葉は、リヴァイの口の中へと消えた。
塞がれた唇は簡単には解放されず、二人の唇の隙間からは吐息が白い息になって漏れてくる。
冬の冷たい空気とは正反対の熱くてとろけるようなそのキスは、なまえの力を骨抜きにして、彼女の抵抗を許さない。
やがてその唇を解放すると、リヴァイはまだ冷たいままのなまえの唇に、その冷たい指で触れた。
さっきの言葉の続きを探そうと顔を真っ赤にしたなまえに、リヴァイは小さく笑う。

「―――祝ってくれよ、なまえ・・・オレの誕生日を。その代わりにオレは、お前の心みてぇに冷たいその体を特別にあっためてやるよ・・・悪い話じゃないだろ?何たって今日は、奇跡の起こる夜らしいぜ・・・なぁ、なまえ」


おわり
*2013/12/25*

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