兵長と守銭奴/5




「やぁ、今日は本当に楽しい夜だ」

真っ赤な顔に満面の笑みを湛えてワインの注がれたグラスを高々と上げると、ゲルグは一気にそれを飲み干した。
彼は先の資金パーティに初めて参加した富豪で、パーティ後に調査兵団への多額の寄付を申し出た人物だった。
今夜は彼が、以前から面識のあったなまえに是非とも“英雄”リヴァイとの食事をセッティングしてほしい―――と依頼をしたことによって、三人での会食が行われていた。
彼らのテーブルの担当ウエイターがすかさず寄って来て、彼の空いたグラスにワインを注ぐ。
ゲルグはニコニコとして、目の前に並んで座るリヴァイとなまえを眺めた。

「楽しんで頂けたのなら何よりです」

何で私が彼らの為にこんなこと、ましてやリヴァイ兵士長との食事のセッティングだなんて―――と渋々今夜の食事に付き合わされていたなまえだったが、ゲルグには罪はない。にこりと彼に微笑みかけた。

「君たち、大体年齢は同じくらいなんじゃないか?」
「え?」
「いやね、ほら。仲は良いのかな?君たち、お互い結婚してないんだろう。相手はいるのか?」
「!!!」

これからゲルグの言わんとすることが分かったので、なまえは顔を真っ青にして引き攣らせた。
彼は多分、彼女とリヴァイに結婚の勧めを説くつもりでいるのだ。

「いえ、ゲルグさん。お酒はいかがですか?」
「・・・いま注いだばかりだろうが、クソ守銭奴が」
「何だね、その反応は。気になるなぁ」

はっはっはっ、とゲルグは貫禄たっぷりに、楽しそうに笑った。
確かになまえもリヴァイも世間で言うところの結婚適齢期というやつに差し掛かっているし、むしろ今の世の中ではもう遅いくらいかもしれない。
けれど結婚を考えたことはないし、ましてやリヴァイとだなんて。
相手がゲルグでなければ憚らずムッとしていただろうその質問に、なまえは引き攣り笑いを浮かべてグラスを傾け、何とか話題をやり過ごした。



上機嫌で馬車に乗ったゲルグをリヴァイと並び店の前で見送ると、なまえは小さくため息をついた。
彼らの資金の為にこんな世話までしてしまって、自分はすっかり調査兵団に取り込まれてしまったように世間からは映っているのではないだろうか。

「おい、クソ守銭奴。付き合えよ・・・酒が足りねぇ」

隣に立つリヴァイはゲルグの馬車が見えなくなると、なまえに体を向け、話しかけた。

「どうぞお一人でいらっしゃってください。私は明日も早いので」
「てめぇはオレに今夜の恩義を感じてないのか?」
「・・・は?」
「お前の顔を立てて会食に出てやったんだろうが」
「・・・リヴァイ兵士長、今夜の会食はあなたがた調査兵団に多額の資金を寄付して下さった方との懇親の為に行われたものでしょう?それが何故私の顔を立てることになるんですか?」

間違いなく今夜の会食は彼らにとって利するものであるはずなのに、何という言い草だろう。
なまえは苛立ちを隠さず答えた。

「お前ならオレと食事をセッティングできると見込まれて、その通りにセッティングができた。セッティングできなきゃ有力者はお前が使えないと思ったんじゃないのか?調査兵団に赴任してるくせに赴任先の幹部とのパイプすらねぇのかってな」
「・・・・・・・・・」

何という、“物は言いよう”なんだろう。
なまえはさもありなんという表情を浮かべているリヴァイの顔を呆れて物も言えない風に見つめた。

「さっさと行くぞ、グズ野郎」

リヴァイはなまえに構わず歩き出す。
にぎやかな通りで、彼との距離が少しずつ離れていく。
その小さな背中をしばらく見つめた後、なまえは仕方なく、彼を追って歩き出した。



数店を物色し渡り歩いた後にリヴァイに連れられて入った店は、狭くて賑やかなバーだった。
背の高い小さな丸テーブルの前に二人並び、運ばれてきたグラスに口を付ける。
自分から誘ってきたくせに、リヴァイは特になまえに何かを話し掛けるわけでもない。
だったら一人で来て飲めばいいのに、となまえはますますイライラして、勢いよく酒を飲んだ。
すぐにボーイにおかわりを要求する。
リヴァイは少しだけその鋭い目を丸くして、なまえを見た。
既に先程の店を出た時点で、彼女はそれなりに顔が赤かったように見えたが。

「おい、あんまり飲んで酔い潰れたら置いて帰るぞ」
「・・・あなたが誘ったんでしょう」
「・・・まぁ好きにしろ」

呆れた風に彼女から視線を外すと、リヴァイはロックグラスを傾けた。
琥珀色がグラスの中で溶けるようにゆらゆらと揺れて、上へと立ち上っている。
しばらくそれをぼんやり見つめていたなまえはおかわりのグラスを両手で包みながら、一気に飲み干した一杯目の酒が全身に回りふわふわといい気分になってくるのを感じていた。

(結婚かぁ・・・考えたこともなかったけど・・・)

さっきの店でゲルグに言われた一言が、頭に浮かぶ。
確かに、いつの間にか自分は結婚をしてもおかしくない年齢になってしまった。
それなりに恋愛だってしてきたけれど、結婚を意識したことなんて一度もなかった。
仕事の方に重きを置いてきたからなのかもしれないし、それは上手くいかなかった今までの恋愛への言い訳なのかもしれないけれど。

「・・・リヴァイ兵士長は・・・されないんですか、結婚」

意外そうな顔でなまえを見ると、リヴァイは「ああ」と答えた。

「それは、お相手がいないってことですか?それとも独り身が楽ってことですか?」
「気楽にそんなもん考えられるような立場にねぇな、オレたちは」

あっ、とぼんやりした頭でなまえが彼への質問を後悔したとき、通りかかった中年の酔っ払いが大きな声で話しかけてきた。
大きな図体でこれまた大きなボトルを持って、二人に豪快に笑い掛けながらも足取りはフラフラとしている。

「なにっ、お前ら結婚するのか!?こりゃめでてぇなァ・・・」

(・・・酒臭い!)

自分もそれなりに酒臭いのだろうが、彼は相当飲んでいるのだろう。
呂律も回っていないし、必要以上に顔を近付けてくる。
多分彼は“結婚”という単語だけを聞きつけてこのテーブルに近付いてきたのだろうが、まともな会話ができそうな雰囲気は一切ない。
つまり、絡まれたらとても面倒臭そうな酔っ払いだ。

「いいじゃねぇの、お似合いだな!うらやましいぜ」
「ち、違います、あの・・・」

なまえが苦笑いをして彼に答えようとした時、リヴァイはそれを制止するように彼女の肩をポン、と叩いた。

「・・・そりゃどうも」

彼女の肩に手を置いたまま、小さく口の端を上げてリヴァイは酔っ払いに答えた。
普段の彼からしたら、とても愛想良く感じる雰囲気で。
酔っ払いはワハハと豪快に笑い、「兄ちゃんごちそうさま」と言ってリヴァイの背中をバシバシと叩いて喜んだ。
「いつするんだ」「そのうち」なんてリヴァイが適当に答えてやりすごしている間、なまえは胸がドキドキとしているのを感じていた。

(こんなことで何を、ドキドキしてるの――――)

胸に手を当てて、自分のはやる鼓動を確かめる。
お酒に酔っているせいだろうか。
それでも、「そりゃどうも」と小さく笑って答えたリヴァイの顔と穏やかな声が、ふわふわとしている頭の中でぐるぐると繰り返されて、自分の胸をはやらせる。

「おいっ、姉ちゃん。これはオレからのおごりだ。飲め!」

彼の持っていた大きなボトルから、ボーイに持ってこさせたショットグラスに並々と酒を注ぐ。勢い良く注ぐものだから、テーブルにはかなり酒がこぼれてしまった。
酔っ払いはなまえがそれに口を付けるのをじっと見つめ待っていたので、彼女は仕方なくそれに口を付ける。
ウイスキーだろうか。かなりアルコールが強くて、既に酒が回りだしていたなまえには一口でもかなりきつく感じた。
隣のリヴァイに視線を移すと、彼も酔っ払いの旦那に振舞われた酒を飲んでいるようだ。
なまえが酒を少し飲んだのを確認すると、酔っ払いは彼らのテーブルから離れ、「みんな聞いてくれ!この兄ちゃんと姉ちゃんがもうじき結婚するんだとよ!」と大きな声で宣伝をし始めた。
賑わう店内は彼の大きな声に、なまえとリヴァイに向かって拍手と乾杯を送ってお祝いムードになり、ますます盛り上がった。
当の二人はというとリヴァイは顔色一つ変えずにグラスを傾け、なまえは引き攣り笑いを浮かべて会釈を返した。



「ああいうのはな、適当に話を合わせときゃいいんだよ。面倒くせぇ」
「だからって・・・そのせいで随分飲まされました」
「たかがウイスキー一杯だろう・・・てめぇがその前に一杯目を一気飲みしてなきゃ良かったんだろうが」

さっきの酔っ払いと同じように、泥酔した彼女も呂律が回らなくなっている。
ふらふらとした足取りのなまえは、自分の腰に腕を回し支えているリヴァイの腕に寄りかかりながら家へ向かっていた。
さっきの酔っ払いは二人に酒を振舞った後テーブルから離れていったが、彼女にとってはその一杯がかなりきつかったらしい。
リヴァイにとってはなまえが酒を飲んでいる場に居合わせることはこれが3度目だが、これほど彼女が酔っているのを見るのは初めてのことだった。

「おい、鍵を出せ」

やっとの思いで辿りついた彼女の部屋の前で、リヴァイは何とかかろうじて立っている風のなまえに鍵を要求した。
普通なら絶対に素直に差し出すことはないだろうそれを、なまえは回らない頭で時間を掛けてゴソゴソと鞄の中を探った後、リヴァイへ差し出した。
鍵を回しドアを開けたリヴァイは、無抵抗のなまえを両手で抱えて部屋の中へと進んでいく。
なまえが素直に彼の首に腕を回したので、リヴァイは呆れたようにフンと鼻を鳴らし、小さく笑った。
彼女を抱えたまま寝室のドアを何とか開けると、リヴァイはそっとなまえをベッドに下ろした。

「・・・何て熱い体をしてやがる」
「・・・・・・酔い潰れたら・・・置いて帰るんじゃなかったんですか」

彼の首に回した手をそのままに、なまえはとろんとした瞳で目の前のリヴァイを見つめた。

「そうして欲しかったか?」

リヴァイは子供を諭すようにそう言いながら、彼女が自分の首に絡めている手を解いてゆっくりと彼女の腹の上に置いてやった。

「あなたでも、たまには私に親切にすることができるんですね・・・」
「オレは元々親切な男だからな」

頭をふらふらと揺らしながらもベッドに手をつき上半身を起こしたまま、なまえは神妙な面持ちでリヴァイの目をじっと見つめている。

「・・・私、さっき分かったんです。あなたが・・・あなたがたが、どうして結婚なさったりしないのか。・・・調査兵団の兵士という立場のせいですね、それも、兵士たちを束ねる立場であるという」
「・・・さぁな」
「だからあなたは結婚もせずに、欲求を満たす為だけに、嫌いな私とも平気で寝れるんですね・・・私以外にも、たくさんいらっしゃるんでしょうけど」

そう静かに言ったなまえの瞳の色は、強い気持ちと、弱い気持ちで揺れているように見えた。
リヴァイは、今まで彼女に何かの深い感情を持った瞳でこんなにもじっと見つめられたことはない。
普段ならば彼女が言うはずもないような台詞とその面持ちに、リヴァイの心は少なからず、彼女と同様に、いつもとは違った方へと動かされる。
なまえのその瞳から目を逸らすことなくじっと見つめ返し、しばらくの沈黙の後、リヴァイは言った。

「・・・なまえ、お前は何か勘違いをしてる」

その言葉の意味が分からない、という顔をしたなまえの唇が、かんちがい、と声にならぬまま微かに動く。
彼女の両肩にその手で触れると、リヴァイはゆっくりと彼女をベッドに横たえた。
リヴァイは枕に頭を乗せた彼女の脇に手を置きなまえの顔を覗き込むように顔を近付けて、まだ怪訝な顔をしているその顔をしっかりと見据える。
彼がその手に体重を掛けた分、キシ、となまえの頭は僅かにベッドに沈んだ。

「―――少なくともオレは、お前を嫌いだと思ったことはない」

ふわふわ痺れるような今の体では、針を刺されてもしばらくは気付かないかもしれない。
感覚がひどく鈍くなっているなまえの体でも、リヴァイのその言葉に、胸が苦しいほどぎゅっと痛んだことが分かった。
リヴァイの瞳には、なまえの瞳がひどく動揺しているように映った。
ゆっくりとリヴァイは、その顔を彼女の顔へと近付けていく。
彼の前髪がさらりと先に降りてきて、やがて、彼の冷たい唇がなまえの唇に触れた。
目をしっかりと開けたままなまえはそれを受け入れ、唇が離されまた姿を現した彼の瞳を、じっと見た。

「嫌いな女を抱ける程、オレは物好きじゃねぇ」

なまえの瞳は、一層動揺の色を濃くして揺れる。
その時初めて、彼女の瞳はリヴァイから逃げるように、外された。

「・・・私は・・・、嫌いです。あなたのことなんて――――」
「・・・そうか。・・・そうだろうな」

そう動いたリヴァイの唇は、なまえの心をいつも惑わせる、小さく穏やかな微笑みを作っていた。
リヴァイは自分からそらされた彼女の顎を手に取ると、彼女の無抵抗な唇を再び捉え、塞ぐ。
先程の言葉とは裏腹に、そのキスを味わうようになまえはゆっくりと目を綴じると、彼の胸元を、すがるようにつかんだ。


prev | back | next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -