兵長と守銭奴/4




リヴァイはなまえを抱きかかえたまま、どんどんと本部の中央の方へ進んでいく。
歩いている間彼がいつもの悪態さえつかないものだからなまえはどうにも落ち着かなくて、彼はもう10分も歩き続けているのではないかと思うほどだった。
建物の影にある小さな庭のようなところに辿りつくと、リヴァイは彼女をそっと地面へ下ろした。
目の前には東屋が建ち、そこには年季の入った手押しポンプの井戸がある。

「足を出せ」

リヴァイがポンプのレバーの前に立ちそう言ったので、なまえは怪訝な顔をして靴を脱ぐと、少しだけ、ドレスの裾を上げた。
いかにもぴしっとしたタキシードを着た彼の井戸の前に立っている姿が、何ともアンバランスだ。

「もっとたくし上げないと濡れても知らねぇぞ」

ほら見てみろ、と言うように彼がゆるくレバーを押すと、ポンプからザ・・・と水が出てきた。
確かに、膝上まで上げないと水しぶきがドレスにかかってしまいそうだ。
なまえはおずおずとドレスを膝上までたくし上げて片手で東屋の柱を掴むと、片足をポンプの先へ差し出した。
それを確認した彼がまたゆるくレバーを押し下げたので、同じように水が出てくる。
冷たい水が、足をつたってじんじんとしている足先まで流れていく。
酒を飲んでいたので少し酔って火照った身体がすこし暑く感じていたし、痛くて熱を持っていた足が冷やされてとても気持ちがいい。

「ありがとう、ございます」

リヴァイの顔色を窺いながらなまえがそう言うと、彼は何も言わずに元の位置まで戻ってきたレバーをまた下げた。

同じ敷地内で150人以上が集まって賑やかなパーティーをしているとは思えないほど、辺りは静まり返っている。
大広間は本部でも一番端にあるし、彼らが普段往来している本部の中央に近いこの場所には今は全く人がいない。
普通で言えば今は休日の夜なのだから、一般の兵士たちがパーティーに参加していないことを考えれば当然だ。
この井戸のためにこしらえられた本部の小さな一角には、リヴァイがポンプのレバーをギィと押し下げる音と、井戸から水が出てくる音だけが広がっている。
薄暗い月明かりが周りの木々や草を濡らすように辺りを照らして、この空間だけが周りとは切り離されているかのように感じられた。
夜のしっとりした香りを運ぶ風がなまえの頬をかすめる。
井戸を挟んで彼女の目の前にいるリヴァイは、水の出るポンプの先をじっと見つめていた。
やはり彼は何も話さない。

しばらくして、なまえはもう片方の足をポンプの下へ差し出した。
リヴァイは変わらず、ゆるく押しては上がるレバーをまたゆっくりと、押し続けている。

(・・・何か調子狂うなぁ)

なまえは目のやり場がないので水に滴る自分の足をじっと見つめながら、いつものように自分に悪態をついてこないリヴァイにどうにも落ち着かない。
いつも自分の顔を見れば必ずイヤミのひとつでも言ってくるくせに。

「あの・・・そろそろ、大丈夫です」

彼女は足を引っ込めてドレスをたくし上げたまま足を拭くハンカチを取り出そうと、小脇に抱えていたクラッチバッグを片手に取ろうとした。
東屋の柱に置いていた手を引っ込めたので、ふらふらと身体が不安定に揺れる。

「・・・貸せ」

井戸のレバーを押し続けていたリヴァイが自分の前に回りこみしゃがみ込んだので、なまえは驚いた。
彼の手には、白いハンカチが握られている。
まさか、と彼女は思った。

「・・・あの・・・・・・?」
「足だ。てめぇの足を貸せ」

彼の手に持ったハンカチとしゃがみ込んだ理由は、やはり彼女がまさかと思った予想通りのようだ。

「!そんな、いけません」
「面倒なやつだ、それをたくし上げたまま片手で足を拭けるのか?」

ヨタヨタして転げても知らねぇぞ、早くしろとリヴァイは言う。

人に自分の足を拭かせるだなんて。
それに、人の世話を甲斐甲斐しくしそうもない彼が人の足を拭いてやるだなんて、全く信じられない。
なまえはひどく戸惑い、自分を下から見上げるリヴァイの顔をしばらく見ていたが、彼がもう一度「さっさとしろ」と請求したので、恐る恐る、片足を差し出した。

リヴァイは片手をなまえのふくらはぎの辺りに添えると、まず手でついた水滴を拭うようにして、それから自分の白いハンカチで彼女の足先から濡れている膝下までをそっと拭いていった。
片足を拭き終わると側に置いてあった彼女の靴を手に取り、中に忍ばせていた布を踵に宛がってやると、彼女の足にそれを履かせた。
そして、もう片方へ。
半ば信じられないという表情でなまえはそれを見つめていた。
彼が女性に、ましてや自分にこんなことをするだなんて信じられない。
そして、こんなシチュエーションに心臓をどきどきと早めている自分がいる。
もう片方も拭き終わりリヴァイは同じように靴を履かせてやると、片手を彼女の足首に添えたまま、なまえの顔を見上げた。
彼の瞳に捉えられて、なまえは息苦しいほどにどきりとした。

「あ・・・あの・・・、本当にすみません・・・」

何と言ったらいいのか分からなかった口から出た言葉がそれだった。
真っ直ぐ自分を見上げるリヴァイの瞳から、目を逸らせられない。
リヴァイはしばらくなまえの瞳を見つめていたが、おもむろに、靴を履かせるため彼女の足首に添えていた片手を、つぅ、と微かに足に触れたまま、上へと撫で上げていった。
足首からふくらはぎ、そして膝―――――
彼の手が上がっていくごとに、どんどん心拍数が上がっていく。
太腿の裏に彼の手が到達してしっかりと触れられたとき、リヴァイのうすい唇がそこへ引き寄せられるように吸い付いた。

「!」

彼が、自分の太腿へキスをしている。
なまえは驚き、息を止めた。
くちづけた太腿から少しだけ口を離しまた彼女をおもむろに見上げると、リヴァイはその唇を微かに動かし始める。


「―――――今日最初に見たときから、お前に触れたくてたまらなかった」


甘くて切ない衝撃のようなものが心臓を襲い、リヴァイに触れられた足先から頭の先まで突き抜けていった気がした。
何やらなまえと彼の間には恋愛とは似て非なる奇妙な関係が出来上がっているけれど、いつもの彼からすれば、そんなセリフを吐くだなんて考えられないことだ。
自分の心にどすんとナイフを立てられたようなその言葉を、半ば信じることができない。
なまえは言葉を探すようにリヴァイの瞳を見つめた。

「・・・酔って、らっしゃるんですか」

ひどく動揺している。
何しろ本当に息が詰まるように息苦しい。
なまえはやっとの思いでそう答えた。

「・・・・・・さぁな、」

リヴァイは膝の辺りを払いながらゆっくりとなまえの前に立ち上がると、先程までのような強いまなざしを今度は目と鼻のすぐ先から、彼女に向けた。
月明かりに薄く照らされた目の前のなまえの瞳が自分に釘付けにされたまま揺れているのがよく分かる。
彼女は先程までのようにドレスをたくし上げ腰をかがめたままで、固まっている。
構わずリヴァイは彼女の形のいい顎に手をやると、そのまま彼女の唇を奪うようにキスをした。

いつもと違い、今日はなまえもドレスに負けないようバッチリとメイクをしているので、唇にもしっかり口紅を着けている。
少し顔を離したリヴァイは何かを強く訴えかけるように、また彼女の瞳を見つめた。
彼の唇に自分の着けた口紅の色が着いていることが分かり、彼女はその姿に何か強烈な色気を感じて戸惑ってしまう。

「く・・・口紅が、着いて・・・ます」

自分を離してくれない彼の射抜くような瞳に、なまえはどうしたらいいか分からず、たどたどしく口を開いた。
リヴァイはやっぱり彼女を見つめたまま、ゆっくりと上げた手の甲でその唇を拭う。
袖口から、チカ、と黒蝶貝のカフスが覗いた。

「・・・そんなことは、どうでもいい」

なまえの腰を力強く引き寄せると同時に、リヴァイは再び彼女の唇を塞いだ。

彼にキスをされる度に思うのは、彼の普段の性格とは裏腹に情熱的なキスをするのだな、ということだ。
それでも今日のキスは、いつもよりももっと熱を帯びたようなものに感じられる。
彼の行動といい、さっきのセリフといい、今日の彼は普通じゃない。
なまえは彼に迫られる度にその熱っぽい彼の視線に流されてしまうのだけれど、今日の彼はこれまでのそれよりも更に熱っぽく自分を見つめ、誘惑をしてくる。
その熱にあてられるように、彼女は何か拒むようなことを口にすることもできなければ、拒むような行動をすることも全くできなかった。
そんな余地すら全く与えられなかった、と言うほうが正しいのかもしれない。
彼のキスを受け入れたなまえの手元からは、たくし上げていたドレスがするりと地面へ落ちていった。

吸い付き彼女の口の中を舌で溶かしていくようにキスをしながら、リヴァイは強く、彼女の腰を抱く。

(どうしてこんな衝動に駆られる)

何かに突き動かされるように、彼はなまえの唇を貪り彼女をただ求める。
今どうしようもなく彼女をかき抱いてしまいたいのだという自分の欲求には、とっくに気付いていた。

吐息を溶かしあうようにキスを重ね、リヴァイは彼女の首筋から、今日は惜しげもなくさらされている美しいデコルテへとその指先を伸ばしていく。
鎖骨をなぞられて、なまえは小さく声を上げた。
リヴァイは彼女の唇から頬、耳へとその唇を滑らせていく。
なまえはもうそれを受け入れるように、彼の首へと腕を回した。
彼女の甘い声を誘いながら首筋を通り、やがてデコルテに彼の唇が達する頃にはリヴァイはドレスのファスナーへと手を伸ばしていた。
さっきは指でなぞった彼女の鎖骨をゆっくりと舌でなぞりながら、やがてベルトの上辺りまで下ろしたファスナーで緩んだ胸元へと下りていく。
谷間を上から下へ、そしてまた上へとなぞると、リヴァイは大きく口を開き右の胸に吸い付いた。
少しずつ位置を変えて彼女の胸を味わっていく。
それがなまえの胸のどこを目指しているかが分かっていたので、彼女は身を硬くした。

「今こんなところに、誰も来るわけがない」

彼女がなぜ身を硬くしたかがよく分かっていたのでリヴァイはそう言うと、そのままファスナーをベルトの下まで下ろし、ベアトップを前に折るようにすると彼女の白い胸を露にした。

「んっ・・・・・・、」

リヴァイの首に回している彼女の手に力が入る。

普通であればこんな場所でこんなことをされて、なまえが無抵抗なわけがない。
たとえ彼がいつもよりも情熱的に自分に迫ってきていたとしても。

(―――――今日の私もきっと、普通じゃない)

なまえもリヴァイと同じように、自分も今確かに彼を求めていることを感じていた。


prev | back | next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -