兵長と守銭奴/4*R18




この辺りでは一番立派な建物の最上階、4階にある彼女の部屋の大きな窓からは、ややオレンジがかった光がいっぱいに差し込む。
なまえは落ち着かない様子で、ドレッサーの鏡や全身鏡をさっきから何度も覗き込んでは髪型を直したり、メイクを直したりしている。
何着かあるドレスの中から結局選んだのはベアトップの、淡い、落ち着いたスモークピンクのロングドレスだった。
上品な光沢のある生地に、高めのウエストには全体よりは少し濃いスモークピンクのサテンのベルト、そこからは繊細でやわらかなプリーツが裾に向かってAラインに広がり女性らしいラインを作っている。
ベアトップはごくシンプルに装飾されていて、光沢ある生地と相まって彼女のデコルテと背中のラインを美しく引き立てていた。
腕にはロンググローブを。ドレスとおそろいで用意したものだ。
髪型はごくシンプルにまとめて、耳の後ろからうなじにかけてウェーブのかかったリボンを重ねたような、シンプルな白い髪飾りを着けた。
靴は予定していた通り、ヒールの高いシャンパンゴールドのパンプスを履いている。今までの経験上時間が経てば足が痛くなることは分かっていたので、踵にはクッション代わりの小さな布をこっそり忍ばせた。
窓の外に見える時計台に視線を移し、彼女はもう何度目かの時刻の確認して、ファーのストールを羽織りクラッチバッグを手にする。
あと何十秒かで、約束の16時だ。
大きく息を吐く。
時計の針がピッタリ16時を指した時、まるで時計の鐘が鳴るかのように部屋のベルが鳴った。
ドアを開けると、待ち構えていた顔が一瞬息を飲み、微笑みに表情を変えながらゆっくりとその口を開く。

「――――やあ、なまえ。とても・・・素敵だね」

黒の外套を着込んだ、フォーマルな雰囲気のエルヴィンはやはりとても風格がある。
襟元からは、いつもと違い黒タイが覗いていた。
彼同様に自分も今日は、いつもとは装いが全く違う。
それがとても気恥ずかしくて、なまえは長い睫を少し伏せた。

「・・・今日は、よろしくお願いします」
「それはこちらの台詞だよ。さぁ、行こうか」

部屋に鍵を掛けた彼女に対して半身になると、エルヴィンは左腕をくの字に曲げて「どうぞ」と言う風になまえを見つめた。
彼の顔と自分を待ち構える腕を交互に見ながら少し戸惑った後、彼女は遠慮がちに、彼の左腕へと手を伸ばした。



今日のパーティーは、調査兵団本部の中に独立して建てられている大広間で行われる。
こうした催し物の為に作られた建物だから、普段は使われていない。
本部で働いているとはいえ普段自分の関係のないような場所には全く立ち入らないなまえだから、この建物をまじまじと見ることさえ初めてだった。
装飾はあまりなく華美ではないけれど、本部の他の建物同様石造りで重厚感ある佇まいだ。

まだ参加者たちが現れるには早すぎるので、出迎えはない。
車止めを通り過ぎたエルヴィンとなまえは、建物の内部へと歩みを進める。
道案内をするように赤い絨毯が引かれていたので、同じ本部内だというのにこれだけで大分見違えるものだなとなまえは妙に感心した。
開け放たれている堂々とした大きな木の扉をくぐると、ロビーにはクロークとは別に受付が設置されていた。
そこには見覚えのある経理や財務の事務員たちが、あれこれと書類を見ながらやがて現れるゲストたちを迎える為の最後の打ち合わせをしているようだった。
そのうちの一人がなまえに気付き、少し驚いた表情を浮かべた後、小さく会釈をする。
当然のことだけど、この姿を、そして、エルヴィンにエスコートされている、女性らしく振舞おうとしている、普段とは違う自分を見られてしまった。
なまえは、エルヴィンの左腕に置かれている自分の手が少し汗ばんでいるのが分かり余計に気恥ずかしくなる。
ロビーの入り口からクロークへと歩みを進め始めたとき、エルヴィンはよく知る顔を見つけて立ち止まった。
彼のパートナーは実は先程から彼の姿を見つけていたのだけれど、胸をドキリとさせながら、エルヴィンに従い足を止めた。
やはり“彼”に着飾った自分の姿を見せるのには抵抗がある。

「リヴァイ。どうだ、私の美しいパートナーは。やぁ、ペトラ。とても可愛くできたね」

エルヴィンのパートナーであるなまえにフラれていたリヴァイは、部下のペトラをパートナーにしたようだった。
褒められたペトラは照れながら、ありがとうございますとエルヴィンに答える。
ペトラは若い彼女らしい、可愛くて華やかな向日葵色のドレスを着ていた。
まるでそこに向日葵が咲いているようで、赤毛の彼女の可愛らしい雰囲気をよく引き立てていてとても似合っている。
彼女のパートナーであるリヴァイはというと、小柄だが、ぴしっとタキシードを着て背筋を伸ばして立っているその姿はとても様になっていた。
ショールカラーの上着は艶のある黒の見るからに上質そうな生地で、その下には同じ生地でできたベストを着用している。
いつもとは違い先折れになっている立襟の襟元にはスカーフではなく、“行儀良く”黒タイがされていた。

「ほう・・・馬子にも衣装だ。エルヴィン、無駄口はよせ。守銭奴相手に機嫌取りをしても効果はない・・・」

リヴァイはちらりと視線をなまえにやると、得意げなエルヴィンに眉一つ動かすことなく答えた。
足でも踏んづけてやろうかと思ったが、なまえはエルヴィンの左腕に置いた手をしっかりと握り直し背筋を伸ばすと、リヴァイには今まで向けたことのないような、とても柔らかな微笑を浮かべてやった。

「ありがとうございます、リヴァイ兵士長。隣の方はあなたのパートナーですか?とっても可愛らしい方。あなたには勿体無いですね」

なまえはペトラに小さく会釈をすると、エルヴィンと共にクロークへと再び歩みを進めた。
何やら自分の知らない上層部の新たな人間関係を目にしたペトラは、興味深そうに二人寄り添い歩いていくなまえとエルヴィンの後姿を眺めている。
ペトラはもちろんなまえの存在を知らなければ見たこともない。
彼女はクロークの前に二人が立ち止まったのを確認してから、リヴァイに口を開いた。

「兵長、今の方はどなたですか?とっても綺麗な方ですね」
「あれか?・・・あれは、守銭奴だ」
「しゅ・・・守銭奴・・・?」
「ああ、そうだ・・・」

ペトラが不思議そうにリヴァイを覗き込むと、彼は両手を1本の側章の入った細身のスラックスのポケットに入れたまま、ペトラの質問には興味なさげに先程までと同じように扉の辺りを眺めていた。
彼はそれ以上の話をしてくれないことが分かったので、ペトラはリヴァイの少し後ろで再び姿勢を正し、彼と同じように前を見た。

それぞれ外套とストールを預けたエルヴィンとなまえは大広間へと入っていった。
広間に入ると正面に、調査兵団のエンブレムが石造りの壁に堂々と、大きく掲げられている。
全体を見渡してみると、こうしたパーティー用に作られた建物なのだろうが、華美になりすぎないよう敢えて簡素に作られているように感じられた。
調査兵団の本部の趣に見合う厳かさを保ちつつ、大広間にはそれなりの飾り付けがされていた。
やがて運ばれてくる料理を待ち構えているように、真ん中にはいくつかのテーブルが置かれていて、それぞれに花が飾られている。

「最初に私から簡単な活動報告と挨拶をして、それから乾杯がある。以降は君に少し、力を借りたい。君と顔見知りのゲストもここに君がいることを知らない人が殆どだろうから、無理して私につかなくていい。その場に応じる感じでいいよ。」

エルヴィンは式次第のようなものを広げてなまえに見せた。

「分かりました。あくまで私はご紹介をするだけですから。力をお貸しするという程のことではありません」
「それで十分だ。後は私の力次第と言う事だね」

自信たっぷりに笑うと、彼は式次第を上着の内ポケットに入れた。




大広間には150人程の支援者たちが集まったようだった。
この日の為に雇ったボーイたちが大きな皿に盛られた料理を運び込んでくる。
エルヴィンの立派な挨拶の後乾杯が終わり歓談が始まると、なまえは声をちらほらと掛けられ始めた。
その中には、パーティー前に彼女の姿を見つけて驚き声を掛けてきた者も含まれている。
彼らは大体互いに顔見知りであることが多かったので、自然に小さな輪ができていった。

「最近君を見かけないと思ったら、こんなところに赴任していたのか」
「若いのにこんな僻地のむさくるしい職場に飛ばされるとは不憫だね」

はは、と笑う男たちになまえは苦笑した。
内地からすれば確かにここは僻地だし、確かにここは以前自分がいた職場からすると自分以外は兵士しかいなくて、とてもむさくるしい場所だ。

「ああ、みなさん。エルヴィン・スミス団長です。ゲルグさんは確か初めてこちらへいらっしゃったんですよね」

周りに挨拶をしながら時間を掛けてやっと彼女の元に辿りついたエルヴィンは、彼女に促されてゲルグと呼ばれた男に挨拶をした。

「初めまして、団長のエルヴィン・スミスです。ゲルグさん、本日はこのような“僻地”までお越しくださいましてありがとうございます。」

どうやらさっきの会話を聞いていたらしい。エルヴィンがにこやかに握手を求めて手を伸ばすと、ゲルグは大きな声で笑って両手で彼の手を握り、君のスピーチは実に素晴らしかったと言った。
二人が話しているうちになまえの周りにできていた輪はエルヴィンを中心に話に花を咲かせていく。
自然にその輪をつくる人物が入れ替わり立ち代りするようになっていったので、なまえは自分の言葉が必要だと思われる時以外は極力口出しをしないようにして、エルヴィンと彼らの会話を見守るようにそこに佇んでいた。
30分程そこに立っているうちに、なまえは足の痛みを強く感じるようになっていた。足の裏は引き攣るように痛んで、踵は恐らく靴擦れをしているのだろう、ヒリヒリと痛い。
背の高いパートナーに少しでも合わせるようにと選んだヒールの高い彼女の靴が原因だった。

「すみません。少し、失礼します」

なまえはそう告げると、輪から離れロビーへ抜け出した。
扉から離れたところにあるソファに腰を下ろしドレスの裾をつまんで片方の靴を脱いでみると、やはり靴擦れをして、足が赤くなっていた。
この会場に来てから3時間弱は立っている。

(やっぱりなぁ・・・)

これは分かっていたことなので仕方ない。
小さくため息をつくとなまえはドレスの裾をすとんと床に落とし、こっそりとその中で両足の靴を脱ぐ。
痛い足が解放されてじんわりととても気持ちがいい。
足が痛くてもヒョコヒョコと歩くわけにはいかない。
少し休憩をして大広間へ戻ろうと、ソファに背を預けた。

「背の高い靴を無理に履いて、足を痛めたか?」

上から降ってきたよく知る意地の悪そうな声に、なまえは下げていた頭を上げた。

「自業自得だな」

そんなこと自分でも分かっていると言いたくなったけれど、なまえは答えるのもバカバカしくて、リヴァイの顔を視線の先に見つけると無言でもう一度頭を下げた。
リヴァイはテーブルを挟んでなまえの正面にあるソファに深く腰掛け、足を組んだ。
彼女の靴は、リヴァイにも分かるほどのヒールの高さだったようだ。
何しろ今日のなまえの目線は彼より高くなっている。
靴を脱いでいたところを彼に見られてしまったことが分かったので、なまえはますます辟易した。

「お前がウチの為に甲斐甲斐しく働くとは驚きだな」
「・・・私は特に何もしていません。エルヴィン団長が精力的に動かれている結果です」

そうか、と言ったきり、リヴァイは腕置きに両腕を預けて、黙って広間の中を見つめていた。

(何でこの人ここにいるんだろう・・・さっさと戻ればいいのに)

自分が足を痛がっている姿をリヴァイに見られるのが何とも情けなくて、せっかくの休憩だというのになまえはとても居心地が悪く感じる。
特に自分に用事がないのなら別のソファに座ればいいのにと思いリヴァイに視線をやると、いつの間にか自分を見つめていたらしい彼と視線が合ったのでなまえはドキリとした。

「・・・足が痛いのなら、冷やせばいい。ついて来い」

リヴァイはソファから立ち上がるとさっさと歩き出した。
普通なら彼について来いと言われても素直に従わないだろうが、確かに足を冷やせれるのならありがたい。
なまえは一瞬考えた後踵に小さな布を再び宛がい、ソファから立ち上がると彼についてゆっくりと歩きだした。

「!」

ロビーから外へ出ると、先に歩いていったはずのリヴァイが大きなドアの外で待ち構えていたのでなまえはびくりとした。

「お、驚かせないでくださ――――――、!!!?」

彼にひょいと抱きかかえられて彼女は目を白黒とさせた。

「な、な、な、何するんですか!?やめてください、恥ずかしいです!」
「うるせぇな、黙ってろクソ守銭奴。足が痛いんだろう?」
「それは・・・そうですけど・・・!」
「のんびり歩かれちゃ面倒臭ぇんだよ。この先に井戸がある。大人しくしてろ」

なまえは顔を真っ赤にさせて口をパクパクとしながら、視線の少し上にある彼の顔を見つめた。
リヴァイはこちらなど全く見ずにさっさと歩き出す。
彼は小さいくせに抱きかかえられていても不思議な安定感がある。
彼の首に腕を回すなんてことはどうしてもできなかったので、なまえはやり場のない手を彼の上着のショールカラーに引っ掛けた。
見た目にもそう思っていたけれど、さらりとした手触りで、本当に上質な生地の上着だ。
ふわりと彼から、以前訪れてしまった彼の部屋の香りと、アルコールの香りがする。
彼女はどうにも落ち着かず目のやりどころに困った結果、仕方なくリヴァイの胸元を見つめていることにした。
さっき見上げた彼の顔が、くやしいけれどとても綺麗に見えてしまったから。


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