兵長と守銭奴/4
当たり前の事だけど、彼女が住んでいた都会である内地ほど、ウォールローゼには店の選択肢がない。
なまえはいつものように力なく家に帰ると、そのまま大きなクローゼットを開けた。
最近は全く履いていなかったので不安だったが、いくつか靴の箱を開けていったら彼女の探していたヒールの高い靴が出てきた。
あまりにもヒールが高いからなかなか使う機会がなかったのだけれど、それは上品な淡いラメの入ったシャンパンゴールドで、踵を覆うようにリボンがついている、一目ぼれして買った靴だった。
引越しの時にこれもちゃんと持って来ていたのだなと、彼女はほっとした。
こちらに来てドレスを着る機会はあまりないだろうと思っていたけれど、クローゼットにぶら下がるこちらに持ってきていた何着かを眺めて、まぁわざわざ買うほどではないなと肩を下ろす。
ウォールローゼの店に自分の気に入るようなドレスが並んでいるのかも分からないので、ひとまずこれで安心だ。
なにしろ内地と違い、こちらに並んでいるものは流行遅れのものが多い。
エルヴィンは今度のパーティーのホストだから、会場ではもちろん一番目立つはずだ。それに背が高くて男らしいスタイルの彼は、きっとタキシードを素敵に着こなして現れるだろう。
彼と自分の知る有力者たちを引き合わせるのなら、行き帰りだけでなく彼の隣にいる時間もきっと多い。
それなりの格好をしていかなくてはと、なまえはクローゼットの中にため息をしまいこんだ。
(・・・リヴァイ兵士長のエスコートなんて絶対に無理)
だけど、彼がタキシードを着ている姿を想像すると何だか少し笑えてしまう。
小柄で粗暴な彼は、一体どんな顔をしてそれを着てパーティーに参加するのだろう。
少なくとも、いつもよりは大人しくしているだろうか。
曲がりなりにも彼は調査兵団のナンバー2なのだから、きっと会場ではエルヴィンと共に有力者に引き合わせてやらなければいけない場面も多い。
願わくば彼との無用の接触は避けられますように、となまえは思った。
壁外調査の報告書を作成し終えたエルヴィンは、専ら間近に控えた資金パーティーの準備にかかりきりだった。
その日エルヴィンはなまえにも招待客のリストに目を通してほしいと、彼女の部屋を訪れていた。
「こちらの方には面識がありません。この方は何度か、お会いしたことがあります。もしいらっしゃったらなるべくしっかりとお話をしておいた方がいいと思います。それから、この方はこちらの方と懇意にされていますので、・・・・・・」
「そうか・・・全く、最初から君を頼りたかったよ」
机の上に置いたリストを二人で覗き込みながらすらすらと流れてくる彼女の所見に、エルヴィンはほっとしたように息をついた。
招待しているゲストには内地に住む者も多い。
初めて参加する予定のゲストもいる。
特に彼女が初めて参加するゲストに関する情報を持っているのなら、なまえの協力はどうしても不可欠だった。
そして、彼女が彼らとの間に入って仲を取り持ってくれるのなら、なおさら心強い。
期待していた以上に彼女がゲストの面々を知っているようだったので、エルヴィンはとてもありがたく感じた。
「そうもいきません。必要以上に係わって、私があなた方に取り込まれているように思われては困りますから」
ぴしゃりと返された答えが、いかにも彼女らしいとエルヴィンは笑う。
「すまないな、なまえ。けれど本当に心強いよ」
それから、と彼は言った。
「当日だが。時間が早くて申し訳ないけれど、16時には君を迎えに行くよ。今までの財務官の方々が住んでいたアパートで間違いないね?」
先程とはうって変わって、なまえは少しもじもじとするようにしてから、「そうです」と答えた。
彼にエスコートされるというのがどうにも気恥ずかしいらしい。
「君の恋人にヤキモチをやかれないといいのだが」
いつもとは違う彼女の様子にエルヴィンは目を細めて、おどけて言った。
「いえ、そんなこと・・・。」
実際なまえには恋人はいないのだけど、そう答えるのも恥ずかしい。
恋人なんていない。
けれど、不本意ではあるけれど自分のそうした事柄に関する人物について敢えて言及しなければならないのなら、一人だけ、いる。
恋人でもないくせに、たまに自分を誘惑しては官能の中へ引きずり込んでくる粗暴で小柄で凶悪な目つきの、あの男だけだ。
自分とは犬猿の仲で、永遠に彼を理解できることなんてないだろうと思う、あの男だけだ。
“彼”を不意に思い浮かべてしまった自分に嫌悪を感じて、なまえの顔は少し引き攣った。
「・・・リヴァイのことは・・・苦手かな?」
「!」
思わぬ彼の言葉に、なまえは思い切り身体を強張らせた。それはもう、分かりやすいほどに。
彼女はエルヴィンに自分の頭の中を覗かれていたのではないかと冷や汗を垂らした。
もちろん答えは「イエス」だけれど、果たして彼を心から信頼しているエルヴィンに、素直にそう伝えていいものか。
「・・・すみません。仕事上では、彼からの案件だからといって審査を特別厳しくしているようなことは決してありません」
エルヴィンは、はは、と声を出して笑った。
「そんなことを思って聞いたわけじゃないよ。君の様子を見ているとね、リヴァイのことを、よっぽど好きか、よっぽど嫌いなのか、どちらかだろうと思ってね」
「!!!!好きなんてことは、絶対にありえません!」
彼女は顔を真っ青にして答えた。
そんなことは、冗談でもやめてほしい。
「普段はクールな君が、リヴァイが絡むと子供のように表情を変えたりするものだから」
面白そうに彼が言うので、なまえは「やめてください」と力なく肩を落とした。
「当日はプレッシャーだなぁ。何たって君のエスコートをしなければいけないんだから」
エルヴィンはにこにこと、彼女が差し出したリストを受け取った。
「そういうお世辞じみた言葉は苦手です」
なまえはあからさまに嫌そうな顔をした。
「いや、君の上司にも招待客のリストを見てもらったんだけどね。どの客人にも顔の利く君がいれば問題無いでしょうと言われたよ。彼らに君は気に入られているから、と」
「、、やめてください」
「ルー審議官が言ったことだよ。君に引き合わせてもらうのにふさわしい私でいなければね」
「・・・あの方が、ですか。」
「ああ。大変有能な方らしいね。そして君の事を高く評価しているのだと、よく分かったよ」
エルヴィンが全く悪気なくそう言っていることが分かったので、なまえは大きくため息をついた。
確かに仕事上有力者たちに会うことが多いから、顔見知りも多いしそうした華やかな場に顔を出すことも、エルヴィンたちよりは多いだろう。
けれどそんな話は初耳だ。
上司はエルヴィンを使って自分をからかいたかったのだろうか。
さっきからエルヴィンにからかわれてばかりのような気がするけれど、彼には全く悪意がなさそうなので、なまえは何とも返しようがない。
「・・・当日、私がどれほどのお役に立てるかは分かりませんが。どうぞよろしくお願いします」
なまえは諦めたような顔で、彼に向かって、小さく頭を下げた。
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