兵長と守銭奴/4




「ありがとうございました」

大きくて立派な建物の前で立ち止まると、家まで送ってくれたリヴァイになまえは手短に(最低限でしかない)礼を言った。
彼女の部屋は、調査兵団に赴任していた歴代の財務官と同様に、この立派なアパートの最上階にある。
下から上まで見上げた後、さすがは中央のクソ共が自分たちのために用意した大層贅沢なアパートだ、とリヴァイは思った。
なまえの胸元には、先程彼が(渋々)返してくれた大切なネックレスが小さく光っている。

「・・・・・・・・・」

リヴァイは立ち止まったまま、じっとなまえの顔を見つめていた。

「・・・何ですか?」

大体彼がどんなことを言い出すかが分かった気がして、彼女は身構えた。

「・・・てめぇは遅い時間にわざわざ家まで送ってやったオレに“部屋に上がってお茶でも”くらい言えないのか?」
「そうですね、すみません。夜も遅いので、早くお帰りになってお休みください」

彼は無言で眉間の皺を深くした。
冗談じゃないと思ったなまえは、反論を受け付けない固い笑顔を作った。
まず自分の家に彼を上げるということに抵抗があったし、もしも仕方なく彼を家に上げてやった場合、何をされるか分かったもんじゃないと思っていたからだった。
何しろ先程、こともあろうに本部の事務室でリヴァイに誘惑されてまたしても秘密の情事を繰り広げてしまったばかりだったから。
あんな場所であんなことをしてくるような人を家に上げたら一体どんなことをされるか分からないとなまえは思ったし、そもそも彼女は他人を自分の部屋に上げるというのも苦手だ。

「本当にムカつく野郎だ」
「女です」
「そうだったか。悪かったな」

なまえはこめかみをピクピクとしながら笑顔を引き攣らせた。

「おやすみなさい。お気を付けて」
「おい・・・そのうち絶対にお前のさぞかし立派な部屋に上がりこんでそこら中で思い切り××て××××てやるからな・・・絶対にだ」
「!!!!!」

青筋を立てて彼が放った卑猥な言葉に彼女は絶句した。
一瞬の間の後、心底彼を軽蔑する表情を浮かべて「あなたって本当に最低です!」ともう馴染みのあるせりふを金切り声で叫ぶと、走って建物の中へ入っていった。
リヴァイは彼女の姿が建物の中に消えたのを確認すると、彼の家へと踵を返した。






「おいエルヴィン・・・こいつがオレたちに協力するとでも思ってるのか?」

彼女への当て付けの様な言葉を吐いたリヴァイに対して、なまえは彼の存在などここには全くないかのようにエルヴィンに静かに答えた。

「私が、ですか?」

あからさまに彼女がリヴァイを無視したので、エルヴィンはまたか、と苦笑した。

「ああ。できれば君にも参加してもらえるようお願いしたい。もちろん参加費用はいらないよ。君の力を借りたいんだ。なまえは中央でも評価が高くて、財界人に顔が利くと聞いているからね」

今回の壁外調査の報告書について団長室で彼女からの質疑を終えた後、エルヴィンはなまえ・みょうじ様、と書かれた白い厚手の封筒を机に置き、彼女へ差し出した。
調査兵団のロゴが、浮き出しにされている。
近々行われる彼らの資金パーティーに、彼女にも参加をしてほしいという依頼だった。
資金パーティーがあることはもちろん知っていたけれどまさか自分に招待があるとは思わなかったので、突然の招待に彼女は驚いた。

「・・・少し、考えさせてください。財務官である私があなた方への資金提供を促しているかのように思われることが、あまり良いことのようには思えません」
「ほらな。この守銭奴の返事など分かりきったことだ」

先程彼女に無視をされたリヴァイはそれに構わず、いつも通りに悪態をついた。
彼らの資金パーティーに協力を頼まれるということは、新たに資金を提供してくれそうな有力者と調査兵団の仲を取り持つように依頼されているということと同義だからで、リヴァイはそれをなまえが承諾するとは全く思えなかった。

「いや、なまえ。君の上司にも相談して上の許可は取り付けてある。遅くなって悪かったけれど、だから今、君に伝えたんだよ。何しろ、資金がそこである程度調達できれば中央からウチへの支出が減らせるわけだろう?だから、君の気持ち次第だ」

彼女は口元に手をやり、口をつぐんだ。
エルヴィンは彼女の顔をじっと、穏やかな顔で見つめている。
彼の隣にいつものようにふんぞりかえって座っているリヴァイと言えば、彼女の決断には興味がなさそうにコーヒーを口にしていた。

(上の許可、ねぇ・・・)

調査兵団は政治団体というわけではないし、同じ政府の機関の中のひとつの団体だ。
自分はここに、調査兵団への予算を少しでも抑えるために赴任している。
なまえは数少ない中央の女性官僚で名前はある程度知られているし、財務官として財界にも多少は顔が利く。
彼らの資金パーティーに参加することは、まるで自分が彼らに取り込まれているように外から思われるのではないかと抵抗がある。
それでもパーティーを通して資金が彼らに入り中央からここへの支出が減るのであれば、それも自分の役割なのではないかとも思える。
上司の了承が取れているのならば、なおさら問題ない。
彼女はしばらく考え込んだ後、「それなら」と、彼の依頼を受け入れる返事をした。

「意外だな、守銭奴様がウチなぞに協力してやろうとは」
「あなた方への支出を抑えるのが、私の役割ですから」

悪態をつくリヴァイをじろりと見た後、なまえはいつものようにツンとすまして答えた。

「ありがとう。助かるよ、なまえ。」

エルヴィンは身を乗り出して、彼女に握手を求めた。
小さくため息をついた後、なまえはその大きく分厚い手を握った。
彼はもう一度、ありがとう、よろしくと口にして彼女の手を両手で包んだ。

「・・・そうだな、君のエスコートは誰にしようか」
「エ・・・エスコート、ですか?」
「当然だろう?パーティーなんだから。ガチガチにフォーマルなものではないから行き帰りだけのエスコートだけれど―――――行き帰りに大事なゲストを一人にするなんてね。私か・・・リヴァイかな」

思わぬ話の流れに焦ったようにたじろぐなまえを見つめて、エルヴィンはにこりと笑った。
彼女がこの調査兵団でまともに話す男性は、経理や財務の事務方の職員と、エルヴィン、リヴァイ、それからあまり多くはないが、ミケくらいだ。
資金パーティーは上層部しか参加しないので、選択肢はかなり限られる。

「リヴァイはどうだろう。私はホストだから、当日はバタバタしているし君に迷惑を掛けてしまうから・・・」
「えっ!あっ、あの・・・絶対、エルヴィン団長がいいです!!」

彼女が珍しく(リヴァイに対してはそうでもないが)大きな声を出したので、エルヴィンは目を丸くした。
なまえはどうしてもリヴァイにだけはエスコートされたくないと思ったのでそう言ったのだけれど、口走った後に指名したエルヴィンに変に思われなかっただろうかと、思わず赤面した。

「有力者と調査兵団の橋渡しでしたら、リヴァイ兵士長とよりもトップであるあなたと一緒にいた方が何かといいと思うんです。その、行き帰りだけでのエスコートでも・・・」

いま思いついたように、なまえは慌てて付け加えた。
尤もらしいような、尤もらしくないような。
自分でも何を言っているのか分からないような気がして、なまえはますます自分の顔が熱くなったのが分かった。

「君が、そう言うなら――――」

エルヴィンは口元を軽く隠しながらくっくっと喉を鳴らすようにして笑い、彼女の指名を快諾した。
まごつく彼女は落ち着かない様子で机の上の書類をあたふたと片付け始めた。
この場から、少しでも早く立ち去りたい。
一瞬の猶予もなくなまえにフラれた格好のリヴァイは、まるで関心のないようにそれを眺めていた。
笑うエルヴィンに「では」とだけ告げると、なまえは逃げるように団長室を後にした。



(しまった・・・リヴァイ兵士長にエスコートされるのが嫌な余りに、エルヴィン団長に迷惑を掛けちゃったかもしれない)

自室に戻ると、分厚い書類の山をどさりと机の上に置き、なまえはうなだれた。
調査兵団のトップである彼はパーティーのホストなのだから、当日はバタバタとして忙しいだろう。
彼にエスコートをしてもらうということは、わざわざその日の行き帰りに自分の家まで彼に送り迎えをしてもらうということだ。
けれどどうしてもリヴァイにエスコートをしてもらうというのは気が進まない。どうしても、だ。

(まあ・・・いいか。彼に合わせて早めに会場に行って、帰りも彼に合わせて遅く帰れば―――――)

そう考えたときに、ドレスアップした彼の隣にいる自分が妙にリアルに思い浮かぶ。

(エルヴィン団長は背が高いから・・・高めのヒールを履かなきゃ。ハンジ分隊長くらいに身長があればいいんだろうけど―――――)

背の高いパートナーの横で凸凹に見えては格好が悪い。
彼の隣のドレスアップした自分は、どんな風ならバランスが取れるだろうか。
目の前に積んだ書類をよそに自分のクローゼットの中を思い浮かべたなまえははっとして、仕事仕事、と首を振ると、うんざりする程ボリュームのある書類を手に取り、目を通し始めた。

そう、仕事はうんざりする程ある。
これから彼らの出した報告書を見ながら、今回の予算が適正であったかを検討しなければならない。
それが終われば、また次回の計画書と予算申請書の審査が待っている。
それにしても今回の報告書は目を通すだけでも大変そうだとなまえはため息をついた。
パーティーがある分だけ次回の壁外調査まではすこしの猶予があることを、彼女は感謝した。


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