マリアはまだ安泰、壁内の安寧に甘んじているifの世界で調査兵団に入ったエレンのお話です


夕食の席、なまえは皿の中の“あるモノ”を見つけると、うっわまたこれだ、とげんなりした表情を浮かべた。
それを掬うと、隣のエレンの皿にそそ、と近付ける。

「食べ盛りのキミにあげるね、エレン!」

ウィンクをしてその皿に掬い上げたモノを着地させた彼女に、エレンは憚りもせず眉根を思いきり寄せた。

「えっ、またですか?!なまえさんもいい歳なんだからメシくらい好き嫌いせずに食ってくださいよ」

その不服そうな彼の顔がよっぽど気に入らなかったらしい。
同じように眉根を寄せて、なまえは目を見開いた。

「ちょっと・・・、いつから私にそんな偉そうな口を利くようになったの?!ていうか、別に好き嫌いって訳じゃないし。食べられるけど、できれば食べたくないってだけだよ」
「偉そうも何も・・・一体何回目だと思ってるんですか。班でメシ食う度に俺に食べたくないもん押し付けて。ガキじゃないんだからちゃんと食ってください」

その落ち着き払った物言いが相当彼女を刺激したらしい。
キーッと歯を剥き出しにしてなまえがエレンに食って掛かろうとした時、向かいに座っていた同じ班のトーマは全く気にせず、2人に話し掛けた。

「最近仲いいな、お前たち」

エレンに爪を立てるように両手を向けていたなまえは、割入った彼の顔を見て「そう?」と応じる。
一方エレンはえっ、と言った後「そんなことないですよ」とブルブル首を振った。

「意外とエレンにはなまえみたいなワガママ女が合うのかもな」
「は・・・はぁ!?そんな訳ないでしょ!やめてくださいよ」

手にしていたスプーンを皿に置いてまでエレンがムキになって否定したので、トーマはニヤニヤと笑った。

「はは、照れてるのか?エレン」

エレンは勘弁して下さいよと呆れたようにトーマに言う。
一つため息をつくと、スープの入ったマグカップを口にした。
2人の様子をまじまじと見ていたなまえはゴクゴクとスープを飲むエレンに出し抜けに尋ねた。

「え、何。エレン、私のこと好きなの?」
「ブッ・・・・・・!!!」

傾けていたカップに口に含んでいたものを全て吹き出したらしいエレンは、背中を曲げてゲホゲホと激しく咳き込んだ。

「お前、普通聞くか?そういうの」
「ええ?だって気になるじゃん。エレン、飲み足らないんじゃない?」
「バカ、エレンはまだ酒が飲めんだろう」

自分に注目する周りを気にして、上官2人の悠長な会話は耳に入らない。
急激に咳き込んだ熱い身体でまだ苦しそうに咳をしながら、エレンは椅子にしっかりと座り直した。

「やめて下さいよ、本当に・・・、」

彼の顔はおろか、耳まですっかり真っ赤になっている。
ケホ、ともう一つ咳払いをすると、エレンはもう一度ため息をつきながらスプーンを手にした。

「そうだよな、そもそもエレンにはミカサって美少女の幼馴染みがいるんだもんな。全く羨ましいヤツめ!残念だなぁ、なまえ」
「えー知ってるし、そんなの」

なまえは唇を尖らせるとビールを並々に注いだジョッキを傾ける。
そして、また彼女の皿に現れた“できれば食べたくないモノ”をエレンの皿に懲りずにそっと提供した。
以前兵士長のリヴァイの皿に同じ事をして怒りの鉄槌を落とされても未だ彼女は懲りていないのだから、ちょっとやそっと不満を言われたくらいではこの習慣を止めることはないだろう。



「はぁ・・・、酔っ払った・・・、」

食堂から兵舎に向かってぐでぐでと歩くなまえに、トーマは呆れ顔で背中を叩く。

「お前な、飲み過ぎなんだよ。何度も止めただろうが」
「う、え、・・・、やめて下さいトーマさ・・・、吐いちゃ、う」

心底呆れたため息をつくと、彼女を抱えて歩くトーマは本当にお前はしょうもないヤツだと嘆く。

「お水・・・、飲みたい」

ちょうど3人が歩いている近くには、井戸のある小さな庭がある。
黙って2人の様子を眺めていたエレンが「俺が連れて行きます」と申し出たので、トーマは意味深に笑った。
がんばれよ、若者、となまえを抱えるエレンの背中にトーマがニヤニヤと声を掛けたものだから、むっとしたエレンは応えもせずなまえを引き摺りながら庭を目指した。

よたよたと2つの影が重なり、井戸に向かって歩いて行く。
時折ひやりとする夜風が気持ち悪いと言う割には赤いままのなまえの頬を掠めても、彼女の酔いは全く醒めないようだった。
今宵は半月、草は濡れたようにささやかにその姿を見せている。

「ねぇエレン、井戸、まだぁ?」
「わ、酒臭っ。全く・・・、飲み過ぎなんですよ」
「んん・・・ちょっと、ちゃんと支えてよ。歩きにくいじゃん」
「はぁ?!なまえさんがしゃんと立って歩きゃいいんじゃないですか!」

どうにも2人の足下は覚束ない。
絵に描いたような千鳥足のなまえは、自分を抱えて歩くエレンの胸元をしっかりと掴んでいる。
訓練兵時代、対人格闘で優秀な成績を修めているエレンが女1人抱えて歩くくらいわけないだろうが、これでは彼でも上手く支えてやれないだろう。

「あぁ・・・、もう歩きたくない」

目の前に井戸が見えているというのに、何てことを言うんだ。
年上とは思えない、トーマの言う通り“しょうもない”上官に叱咤しようとした時、エレンは身を硬直させた。
歩きたくない、と言ったなまえは、次の瞬間、エレンにしっかりと、抱きついていた。

「!!」

驚き、声も出ない。
抱きつかれたその身体をどうしたらいいかも分からず、エレンはただ目を見開いていた。
ただしその目には、いかなる光景も入ってこない。

「・・・ねぇ、エレン。私のこと・・・好き?」

ドン、と心臓が撃たれたような気がした。
―――――本当にこのひとは、一体何てひとなんだ。
エレンは小さな息を2、3度繰り返して何とか呼吸を整える。

「またさっきの冗談ですか?やめて下さいよ、もう」
「嫌い?」
「・・・・・・・・・」
「嫌いなんだ・・・泣きそう」

抱きつかれてひどく動揺しながらも、どうせまたなまえはふざけているんだ、とエレンは思った。
いつだって彼女は自分をからかって遊んでいる。
げんなりと眉と目尻を下げると、エレンは「いい加減に、」と口を開く。
―――――それなのに。

「・・・私は好きだよ、エレンのこと」

そう言って自分を見つめたなまえが今まで見たことが無い程真っ直ぐな瞳で自分を見ていたものだから、エレンの口から出ようとした彼女をたしなめる言葉は、すっかり引っ込んでしまった。

「でもエレンは私のこと嫌いなんだね」

背中に回されている彼女の腕が、熱をじわりと伝えてくる。
覗き込む瞳を逸らせずに、エレンは口ごもった。
何か応えなければと幾度か口を開けたが、言葉はなかなか出てこない。

「・・・・・・、嫌いじゃ、ないですよ」

自信が無いからつぶやくように、いつもの彼からすれば驚く程小さな、頼りない声で言ったというのに、エレンの耳にはそれがこの小さな庭中に響いたように聞こえた。

「じゃあ、ぎゅっとしてよ」

どき、どき、と心臓は重たく彼の胸を打つ。
何も応えることができない代わりに、なまえに抱きつかれ収まりどころのなかったエレンの腕はゆっくりと、上げられていく。
それが小さく震えていることが分かったと同時に、エレンはじっとり滲んでいた背中の汗がたらりと垂れていくのを感じた。
やがてやっとの思いでぎゅ、と腕に収めたなまえの身体があまりに華奢に感じたので、エレンはますますドキドキとして、呼吸が苦しくなった気がした。
異性を抱きしめるのは、初めてのことだ。
抱きしめ方はこれで正しいのだろうか、力具合はこれくらいでいいのだろうかとエレンはぐるぐると考える。

「はぁ・・・気持ちいい、エレン・・・、」

抱きしめたなまえの口から出た言葉に、エレンは頭が一気に茹だったような気がした。
そして、何も考えられなくなる。

「・・・・・・好き・・・、エレンは・・・・・・?」

うっとりとした吐息と一緒に漏らされたその問いは、エレンの熱い頭いっぱいに入り込んで、ますます彼の頭を茹だらせる。

「・・・・・・俺は、あの・・・、」

―――――どうして。
何ですぐに答えられない。
だって、・・・でも。今なら――――――

ぐらぐら回る頭にくらくらしながら、エレンは目を綴じてなまえをさらに“ぎゅっと”する。

「・・・・・・俺も、その・・・・・・・・・、( 大 好 き で す )」

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