リヴァイは若干前屈みになりなまえに背を向けると、うなだれ目元に手を当て何かショックな様子で、はぁ、と大きく息を吐き出した。

(・・・俺が、プリンにか?)

頭には三角巾、口元に当てていたのであろう布は下げられているが、汚らしいエプロンを羽織り全身埃まみれになっている。
色っぽさとは対極にあるなまえの姿に、リヴァイは不覚にも一瞬で、欲情していた。
彼は動揺する頭の中に、小さな女物のきわどい下着を着て真っ赤な口紅をつけたエルヴィンとミケを思い浮かべる。
きわどい下着がはちきれんばかりのアレと硬そうなケツと、ガタイが良く体毛の濃い二人がオネエ言葉で自分に迫ってくるところをできるだけリアルに想像するよう努めたら、起ち上がってしまったモノは何とか治まってくれたようだった。

「どうした、プリン」

しばらくの間の後大きく深呼吸をしてから振り返ったリヴァイは、なまえの前にしゃがみ、努めて冷静に、話し掛けた。

「・・・兵長、私、おかしいんです。身体が熱くて・・・、何か、普通じゃないっていうか・・・、」

火照った顔で苦しそうに動かされる彼女の唇は、何も変わっていないはずなのに何故かとても色っぽいものに見える。
答えに詰まったリヴァイは尋常で無い彼女の様子に、さっきハンジが自分とナナバに熱く語っていたことについて、思い出そうと頭を巡らせた。

“その植物の蜜を吸った動物に強烈なフェロモンを出させる性質がある”

その蜜を抽出して作ったらしい液体が入った怪しげな瓶を前に、ハンジが長々と説明したことでリヴァイが今思い出せるのは、それだけだ。
彼はハンジの語ったことを全く相手にしていなかったし、今もまだそれを信じていない。
けれどなまえが彼女の作ったあの気味の悪い液体を飲んだことは確かで、今彼女の身体に何らかの変調を来していることも確かだ。
そして、不覚にも自分の身体がなまえに反応してしまった事は、ハンジの語ったその性質に当てはまっている。

「何とかしてください、兵長・・・!私、病気なんですか?死んじゃうんですか!?ひょっとして、さっきハンジさんの部屋で兵長がくれたあのジュースって・・・!!」

明らかにおかしい自分の身体に何が起こっているのか分からないなまえは、半泣きで必死にリヴァイにすがる。
彼女に腕を掴まれたリヴァイは、接近したなまえの身体に思わず生唾を飲んだ。
そしてまた治まったモノが起き上がろうとするものだから、リヴァイは彼女から顔を逸らし、もう一度、同僚のあらぬ姿を想像した。

「落ち着け、プリン。とりあえずハンジにお前を診せる」

落ち着けと言った彼の言葉は、半ば、自分の頭と下半身にも言い聞かせているようだった。



埃まみれのなまえを前にして、ハンジは頬を紅潮させて、すごい、すごい、と何度も叫んだ。
ガッツポーズをしたり、彼女の様子を見て何か紙に書き殴ったりと、忙しなくなまえの周りを動き回る。
二人に距離を置くリヴァイは部屋の隅で壁にもたれかかり、その様子を傍観していた。

「ねぇ、リヴァイ!見た!?見てる!?すごいよね、これ!!」

掛けている眼鏡が曇らんばかりに、ただひたすらハンジは興奮していた。
逆に、ぐったりと椅子に掛けているなまえは人生の終わりのような顔をして、「私は一体どうなるんですか」とさっきから半べそをかいている。
まず最初にリヴァイに褒美だと貰ったジュースがとんでもない液体だったと聞かされて、なまえはかなりショックを受けたようだった。

「早く・・・、早く治してください、ハンジさん!あんまりです、こんなのって・・・、そりゃ私なんていてもいなくても誰も気付かないようなどうでもいい兵士です!でも、だからってこんな実験に使われるだなんて・・・!!」

うう、となまえは顔をくしゃくしゃに歪ませて泣きだした。
彼女の身体は周りに強烈な性的誘引をしているらしいのに、彼女自身は何も変わっていないらしい。
存在感が無くて、何故かいつもしょんぼりな出来事が起こって、それをいつも嘆いてはいじける彼女の性格はそのままだ。
リヴァイはそれに、何故か少し安堵していた。

「そうだね、方法はあるよ。でも、できれば一週間くらいこのままでいてくれない?色んなデータを取りたいんだ。ダメ?ええと・・・」
「なまえです!!!」

またも名前を忘れられてしまったらしい。
めそめそとしていたなまえは一瞬で顔を上げると、ハンジに噛み付くように答えた。

「あぁ、そうだった。ごめんごめん、なまえ。ちょっとした冗談だよ・・・今ね、君の身体には花弁のようなしるしが現れているはずなんだ。それはどこか分からない。とにかく周りにいる者を性的に引きつけるフェロモンの殆どは、そこから出ている。それを誰かに吸ってもらえば、早くその効力が失われる・・・はずだよ」
「はず!?はず、ですか?ねぇハンジさん、もしそれで治ってくれなかったら私、どうしたらいいんですか!?」

思わず椅子から立ち上がると、なまえは必死の形相でハンジに詰め寄った。
ハンジの肩の下辺りの服にしがみついて、絶望に近く、顔を歪める。
その時、少し離れて二人を見ていたリヴァイがぴく、と身体を動かした。

「―――――おい、ハン・・・」

壁に預けていた背を起こしてハンジに声を掛ける。

「しかも、吸ってもらうって、一体誰に――――――!!!?」

けれど、もう遅かった。
なまえの叫びは、ハンジの口の中に消えていた。

「・・・・・・!!?!?!?!」

突然ハンジの唇に口を塞がれたなまえは目を白黒とさせて、身動き一つできないでいた。
いや、しようとしてもできなかっただろう。
彼女はハンジにしっかりとその身体を抱き寄せられていた。
動かされるハンジの舌はなまえの舌の端やその裏を官能的に刺激して、彼女に詰め寄ったなまえの勢いをすっかり奪っていた。
そればかりかぎょっと見開かれていたなまえの目は次第に、とろんと甘く下がってくる。

――――キスは、したことがある。
けれど、こんなにも濃厚なキスというのは、なまえにとっては初めての経験だった。
しかも、女性と。

「――――てめぇで作った訳の分からねぇもんにてめぇが引っ掛かってどうするんだ、ハンジ」

目の前の二人の女の深いキスを呆然と眺めていたリヴァイは、少しして我に返ると二人を強引に引き離した。
なまえがハンジに詰め寄った瞬間、彼女の発しているらしいフェロモンのせいだろうか。
ハンジの様子がおかしくなったことに、リヴァイは気付いた。
止めようと思ったけれど、次の瞬間にはハンジがなまえに口づけていた。

「あ・・・あぁ、ごめん・・・何だろうこれ、すごいや・・・、」

唾液でべたべたになったらしい口周りを手で拭いながら、ハンジは半ば恍惚とした表情で独り言のようにつぶやく。
解放されたなまえは、真っ赤な顔で床にへたり込んでいた。

―――――お、女の人と、キスしちゃった・・・!

勿論彼女の口周りにもハンジとの濃厚なキスの名残があったのだが、なまえはそれにまだ気付いていないようだった。
彼女はただ、同性とキスをしてしまったショックと、また、実は、それに性的な快感を感じてしまった自分に、ショックを受けていた。
それは飲まされてしまった液体の作用の1つなのかもしれない。

「何を話していたんだっけ・・・、と・・・とにかく、なまえはしばらく皆から隔離しなきゃいけない。人目のつかないところで保護しなくちゃ・・・」
「・・・え!?」

力なく床に座り込んでいたなまえは驚きハンジを見上げた。

「か、隔離って、何ですか!?」
「知らない?隔離って。対象を他のものから隔て離すこと」
「し・・・知ってます!でも実際、さっきのハンジさんの説明だと私が飲んだ液体のこともよく分かってないし、どれくらいでこれが治ってくれるのかも分からないんですよね・・・?!見通しも分からないのにそんなの・・・」
「――――あのさ、なまえ。今の私を見ただろ?いま君はね、身体から強烈なフェロモンを出していて、それは君の意思とは全く関係なく周りにいる者を発情させるんだ。私が身をもって体験したところによると、同性だろうと異性だろうと関係無いらしい・・・それに、同性を発情させたならまだしも、それが異性で私たちが君を守ってやれるような状況じゃなかった場合、最悪君が妊娠しちゃうってこともありえる。発情ってのはそういう事だからね。ひょっとしたらそのフェロモンは君の中にも影響して、子作りをしたいという欲求を君にも与えているかも。そしたら君が自分の身体を守るってのも難しい状況にあるってことだ」

自分を苦い表情で見下ろすハンジを、なまえは青い顔で呆然と見つめた。
今まで自分は不運だ不運だと思って生きてきたけれど、こんなにも訳の分からない事態に巻き込まれてしまうなんて!
それは壁外とはまた違う意味で、なまえの心をひどく不安にさせた。

「これでもし君が妊娠した、なんてことになったら本当に君に申し訳が立たないから。本当にごめん。だからお願いだよ、なまえ。どうか私の言うことを聞いて、大人しくしていて。ネスたちには上手く言っておくし、必ず早く君が元に戻れるよう、精一杯やってみるから・・・ねぇ、リヴァイ。私たちの責任じゃない」

突然名前を呼ばれたリヴァイは自分を振り向いたハンジと目を合わせ一瞬眉間に皺を寄せたが、さすがに彼も罪悪感を感じていたらしい。
小さく息をつくと、ハンジの強い瞳に無言で促された彼は、なまえに声を掛けた。

「・・・なまえよ、ひとまずハンジの指示に従え。お前がこうなっちまった事に、俺は責任を取る。ただ、今の状況じゃお前の身の安全を保証することはできねぇ・・・分かるだろ?お前が誰彼構わずヤられてもいいってのなら強制はしない。そうじゃねぇなら大人しく隔離されるんだな。それが自分の身を守る為の最善策だ」

二人の言葉は余りにも現実離れしていて、余りにも重たい。
ハンジとリヴァイの言葉に押し潰されてしまいそうになりながら、なまえは力無く、頭を下げた。




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