▼600,000hit感謝企画のプリンちゃん番外編です。今回のみの特殊設定によりリヴァイメインの逆ハーです…^q^完全なる番外編の為、プリンちゃんという話の流れとは全く別のパラレルのようなつもりで書いております。お相手のリクエストを頂く半リクエスト企画もやらせて頂きました。ご協力ありがとうございました!


リヴァイとナナバがこの部屋に入ってきた時から既に、彼女は二人にそれをお披露目したくてうずうずとしていたのは明らかだった。
エルヴィンに巨人の実験についての許可を取りたいから口添えをしてほしいという本題はそこそこに、ハンジはいかにも怪しげな瓶をテーブルに置いた。
中には見たこともない、気味の悪いピンク色をした液体が入っている。
話が長くなることを察知した二人は顔を見合わせ、「すぐに部屋を出るぞ」とアイコンタクトを取った。

「ハンジ、私達忙しいからこれで」

そそくさと席を立った二人にハンジは慌てて待った待った、と大声で訴える。

「これはまだ開発段階で、今回許可を取りたい実験とはまた別なんだ」

彼女がそう言ったのは逆効果だった。
ならば尚更長居は無用、とリヴァイとナナバは退室しようとする。
そういった案件について彼女の話が更に長くなるというのは、分かりきったことだったので。
力任せに無理矢理二人を引き留めたハンジは、席に押し戻した客人の渋い表情を全く物ともせず、「聞きたい?」と弾けんばかりの笑顔を見せた。

「全くめでてぇ頭をした野郎だ。何をどう見たら俺達がそれを聞きたいように見えるってんだ?」
「そうだろう、リヴァイ。これはね、巨人たちの生態を研究する上でとても重要な実験をする為の物なんだ」

こうなるとハンジの耳には都合の悪い言葉は入って来ない。
リヴァイが悪態をつき終わるより早く、彼女は店開きをした。
彼女が思索の為殴り書きをしたらしいたくさんの紙と、参考にした資料らしき物を瓶の前にずらずらと並べる。

「いい?これはとても重要なことだよ。巨人達には一見生殖器が無いように見える。けれど彼らは余りにも多く存在している――――ねぇ、疑問に思ったことはない?彼らが一体どうやって生まれているのか」

話を進める程にハンジの頬は紅く染まり、黒目がちなその瞳はキラキラと輝きを増していく。
彼女から発せられる熱量とバランスを取るかのようだ。
目の前に座るリヴァイとナナバは示し合わせたかのように足を組み頬杖をついて、それぞれがあさっての方向を眺めていた。
窓の外には昼下がりの穏やかな景色が広がっている。
ナナバは口にしなやかで真っ白な手を当て、大きなあくびをした。

「私は考えたんだよ。あの子たちに生殖能力が本当に無いのかをまず確かめなくちゃいけない。いつだって彼らは私たちの期待を裏切るからね」

世の中には奇妙な植物があって――――蜜を吸った動物に強烈なフェロモンを――――そもそも彼らに性欲があるかどうかということが―――――

早口でまくし立てるように説明をする彼女はいつの間にか席を立ち、大げさな身振り手振りをしながら興味なさげな二人に熱弁をふるっている。
ひょっとしたら彼女にとっては誰かにそれを理解してもらうことよりも、誰かに話すということの方が重要なのかもしれない。
相槌も貰えないままひたすら話し続けた彼女は、それでね、とコップを二人の前に差し出した。

「実験する時には、対象になる子に注射をしようと思うんだ。そこでだよ、良かったら飲んでみない?これ」

ハンジが差し出したコップは、目の前に置かれている妖しいピンク色の液体を炭酸水で割った物らしかった。
綺麗な桃色にしゅわしゅわと細かい気泡が立ち上っている。
二人は憚らずに呆れ顔を浮かべた。

「即座に反応を見なきゃいけないから、かなりの即効性を持たせたつもり。投与する適切な量を確認する為にも、ねぇ、どう?飲んだらモテモテになるよ。試してみない?!ねぇ、リヴァイ。ナナバでもいいよ。これ自体が甘い物だし、きっと美味しいジュースになってるよ」
「ふざけたことをぬかすな、ハンジ。その気持ち悪い得体の知れねぇ物を試したいなら、自分で試してみりゃいいだろうが」
「だってリヴァイ、そうしたら記録が取れないじゃない!」

だからさ、と続けたハンジの言葉を、ノック音が遮った。
出かかった言葉を止め、ノックされたドアを見てハンジはどうぞと返事をする。
覗いたのは、なまえの顔だった。
それまで無表情だったナナバは、彼女の出で立ちにぷっと吹き出した。
頭には三角巾、首回りには口を覆うのだろう布、やや汚れくたびれたダボダボのエプロンを羽織り、片手に彼女の背丈程ある長い箒、もう片手には書類を持っている。

「どうしたの、その格好」

ナナバに話し掛けられて、なまえは赤面した。

「こ、これはですね、開かずの間になっているそこの物置の掃除をするよう言われまして・・・、あの、ハンジ分隊長、これをネスさんから預かって来ました」
「ありがとう。ええと・・・」

書類をハンジに渡したなまえは、彼女の言葉に分かりやすくがっかりした表情を浮かべた。
尤もそれは、彼女の自分自身に対する失望の顔なのだけど。

「なまえです。ネス班の、なまえ・みょうじです・・・」
「あぁ、なまえなまえ。確かに受け取ったよ」

こういう時、さも思い出したかのように“あぁ、”だなんて言われると、なまえは更にしょんぼりする。
きっと、いや絶対に、“あぁ、”と言う程ハンジはなまえの名前を覚えていなかったはずだ。
けれど実際、なまえにとってこうしたことは日常茶飯事なことだ。
生き残るだけで精鋭扱いされる調査兵団で彼女もそろそろベテランと呼ばれる年齢に差し掛かっているというのに、未だに名前を覚えられていないなんて。
どうやらそれは彼女の“特異”な存在感がそうさせるらしいのだが、彼女の存在を同僚にも覚えてもらいにいくい代わりに、彼女が巨人に捕食対象にされることもなかなか無いようだった。

「プリン、よく来たな・・・ネスの使いでさぞかし喉が渇いているだろう。褒美にこのジュースをやる」

リヴァイはハンジに差し出された桃色のジュースを持ち上げると、なまえがいる方にコトリと音を立てて、置き直した。

「えっ・・・、いいんですか・・・!」

普通の人間ならば、いかにもおかしなリヴァイの台詞に必ず胡散臭さを感じるはずなのだ。
それでも彼女は憧れのリヴァイ兵士長の言葉を疑いもしない。
リヴァイの口から出た“褒美”という甘い言葉に、彼女は浮かれていた。
だからいつもなら飽きもせずにするはずの、兵長はまた私の名前を忘れているんだといじけることも忘れている。
リヴァイに近付いていくなまえの後ろで、ハンジは両の親指を彼に向かって激しく立て、顔を輝かせた。

「ありがとうございます・・・いただきます!」

嬉しそうにコップを手に取ると、なまえは躊躇いもなくそれを傾けごくりと喉を動かした。
ひょっとしたら彼女は本当に喉が渇いていたのかもしれない。
ごくごくと、一気に半分程、それを飲んだ。

「美味しい!これ、何のジュースですか?」
「ハンジが珍しい花の蜜で作ったとか言ってたか・・・良かったな、プリンよ」

そうなんですか、ありがとうございますとなまえはハンジに笑顔を向けた。
向けられた笑顔よりも、ハンジは彼女の身体の反応に興味があるようだった。
壁外で奇行種を眺める時のように頬を紅潮させわくわくとした表情で自分の全身を舐めるように見るハンジに、さすがに鈍感そうに見えるなまえも少し戸惑ったようだ。

「え・・・ええと・・・?」
「プリン、勿体無いだろうが。さっさと飲め」
「え?は、はぁ・・・」

リヴァイに促され、なまえは手にしていたコップに再び口をつけた。
最後の一滴が彼女の喉を通ったことを確認すると、ハンジの説明には露程も興味を示さなかった癖に、リヴァイもナナバもぐいっと身を乗り出して、なまえの頭の先から足の先までをまじまじと見つめる。
ハンジに至ってはなまえが後退りをする程に身体を近付けるので、なまえはよたよたとバランスを崩しながら一体何事かと、自分を凝視する三人の顔に交互に、泳がせた目を配った。

「どう?なまえ。何か感じる?」
「え?お、美味しかったです」

がっしとハンジに肩を掴まれ、なまえは気圧されながらたじたじと答える。
吸い込まれてしまうんじゃないかという程に近付けられたハンジの血走った目に、なまえは一体何事かとただ怯えた。

「そうか――――そうだな、ええと・・・そうだ!君が持って来てくれた書類を確認するから、ちょっと待っててくれる?」

ここに座りなよとハンジはいそいそと椅子を引いたので、怪訝な表情を浮かべつつ、なまえはそこに腰掛けた。
さっきまで邪魔だと思っていた背の高い箒を手持ちぶさたな両手で握ることが、何だか自分を落ち着かせてくれるような気がする。
状況が全く掴めないなまえは何とも居心地悪く何度も箒を握り直しながら向かいに座るリヴァイとナナバの顔色を窺うが、彼らは素知らぬ顔でただそこに座り、時間が経つのを待っているだけのように見えた。
かと思えば書類を確認すると言ったハンジはというと、書類に目を落としてはすぐになまえを見る、を落ち着きなく繰り返す。

――――何なの。一体何がおかしいの?!

不安になったなまえは部屋の中を見回す。
きっと今、三人の上司の間では何かおかしなことが起こっているに違いない。
けれどこの部屋のどこをどう見回しても、彼女にはそれが一体何なのか、分からない。
なまえはとうとうそこにいるのが怖くなり居ても立ってもいられなくなって、席を立った。

「ハンジさん、すみません!私、もう戻ってもよろしいでしょうか!!」

泣きそうな顔でそう言ったなまえに、ええっ、とハンジは焦りと悲しみの混じった表情を浮かべた。

「待ってよ、なまえ。どう?何かさ、感じない?」
「感じます!!一体、この部屋に何があるんですか!?ひどいです、私ばっかりそうやって仲間外れにして――――慣れっこですけどそんなの、でも、そんなのって―――――」
「そうじゃなくてさ!例えば、身体がこう――――」
「――――ご苦労だった、プリン。さっさと持ち場へ戻れ」

それまで黙っていたリヴァイはハンジの言葉を遮ると、なまえに部屋を出るよう促した。
はい・・・、とまだ不服そうな表情を浮かべ三人の顔を見比べながら、なまえは箒を引き摺りつつ、ハンジの部屋を出ていく。
バタンとドアが閉じられるなり、リヴァイはフンと皮肉たっぷりに鼻を鳴らした。

「お前は何かに即効性を持たせただとかどうとか言ってた気がしたが、そりゃ一体何のことだったんだ?ハンジよ」
「お・・・おかしいな、分量を間違えたかな」

ざっくり結った髪をがしがしと乱暴に掻きながら、ハンジは瓶の前に並べた書類を忙しなく手に取り何かを探しだそうとしている。
どうやら今なら簡単に部屋から出して貰えそうだ。
すっかり暇をもてあましていたナナバと目を合わせると、リヴァイは一緒に席を立った。

「大丈夫かな、あの子」

ひょっとしたらもう彼女のことは彼の中では過ぎ去ったことだったのかもしれない。
ナナバの言葉に一瞬間を置いた後、リヴァイはその意味を理解したようだった。

「プリンのことか。大丈夫だろ。ありゃまたどうせ失敗作だぜ・・・あのクソメガネにはよくあることだ」

だといいんだけど、とナナバは言って、腕を組んだ。



ハンジになまえを実験台として差し出した張本人であるリヴァイは、15時のお茶を飲む頃にはそんなことなどすっかり綺麗に忘れ去っていた。
それを思い出したのは、たまたま部屋を出た彼が、重装備をしていたなまえが掃除をすると言っていた物置の前を通り掛かった時だった。
それでも特に彼女を心配した訳でも、悪いことをしたと思ったからでもない。
ただ、さっきまで汚かったであろうそこに綺麗に磨かれた跡があることを認めて何となくそのドアを開けた、それだけのことだった。
リヴァイが軽く押したドアはギィと小さな音を立ててゆっくりと開く。
その音と彼の手に感じるドアの重さが、確かにそこが“開かずの間”であったことを伝えた。
ドアを開けきったリヴァイの前髪が僅かに揺れる。
この物置に1つだけ取り付けられている、たまにしか開けられないのだろう長細い窓が、開けっ放しになっていた。
そのおかげで埃っぽさは潔癖症のリヴァイでも耐えれる程度になっていたが、狭い中に背の高い棚やなんかが所狭しと並べられているので、物置の中の見通しはすこぶる悪い。
物音1つしないので、なまえが窓を開けっ放しにしてここを去ったに違いないとリヴァイは舌を打った。
手を掛けようとした窓枠の隅に埃がこびりついていたので、今度は無言で眉間に皺を作る。
ガタガタと建て付けの悪い音を立てて窓を締め始めた時物置の隅で立てられた小さな物音に、リヴァイは反射的にそちらを向いていた。

「へ・・・、兵長・・・?」

蚊の鳴くような声がした方へ、注意深く様子を見るように、リヴァイはゆっくりと歩みを進めていく。
――――リヴァイはその声の主がなまえだとは思わなかった。
確かにそれは彼女の声に似ているとは思ったけれど、弱々しいその声は僅かにしか聞こえないのにも関わらず強烈な艶を感じさせて、彼の耳をぞくりとさせたからだった。
棚の向こうからその足の先が覗いた時、どうしてか、リヴァイは足を進めるのを躊躇った。
それは得体の知れないものを回避せんとする、彼の研ぎ澄まされた本能のようなものだったのかもしれない。
一瞬の躊躇いの後、進めた歩みの先には、ぐったりと頭を下げて床にへたり込むなまえの姿があった。

「・・・おい、お前、」

掛けられた声に、なまえは苦しそうに顔を上げる。
上気した顔に浅い呼吸、胸を押さえて自分を見つめるその濡れた瞳に、リヴァイは思わず息を飲んだ。
同時に、彼の下半身から頭の先まで、ビリビリと鋭い衝撃が走る。

「・・・嘘だろ」

その言葉は半ば無意識に、リヴァイの口からこぼれていた。




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