世 界 の す べ て / 8


アコーディオンを持った店主のおやじが顔を真っ赤にし、くしゃくしゃに笑いながら音楽をかき鳴らしている。
側のテーブルに座る客たちは肩を組み、店主の鳴らす音に合わせて左右にリズムを取りながら歌にもならないような歌を大声で歌っていた。
今日も彼らの馴染みの店には所狭しと客が肩を並べている。
昨日エルヴィン、リヴァイ、なまえとで囲んだテーブルは今、エルヴィンの同期で今は憲兵団師団長になったばかりのナイルが加わって、代わりになまえの姿がない。
男臭いのが3人、うち、どうにも図体がでかいのが1人、決して愛想のよくないのが2人。
やかましい程に盛り上がる店内とは裏腹に、賑やかさと華やかさに欠けるテーブルであることは否めない。
エルヴィンは一人にこやかに、大きなジョッキを傾けた。

「なまえは遅いな、ナイル」

フン、と鼻を鳴らしてから、ナイルは口に付けていたジョッキをテーブルに置く。

「何をやっているんだ、あいつは。おかしな報告は聞いていないが」
「そうだろう、暇な憲兵が遅くまで仕事をする必要など無いからな」

元々良くない目付きのナイルはそう言ったリヴァイをジロリと睨み、もう一度、今度はもっと大きく、鼻を鳴らした。

「堕落している兵士がいることは否定しない。だが、誰もがそうだって訳じゃ――――」
「師団長」

全く間が悪く、ナイルがそう言ったと同時に、どこからともなく現れた兵が彼に話し掛けてきた。
若い憲兵で、どうやら偶然上官であるナイルと同じ店に居合わせたので、わざわざ挨拶をしに来たらしい。
ナイルは憚らずリヴァイへ向けていた険しい表情をその兵士に向けた。

「珍しいですね、ナイルさんがここにいらっしゃるなんて」
「・・・ああ、まぁたまにはな」

ハキハキと挨拶をする感じの良い若い兵士にヒートアップしかけたところを挫かれて、ナイルは少し不満顔だった。

「・・・そういえば、お前。今日は遅番か?」
「ええ、そうです」
「それならここに来るまでに、なまえを見なかったか」
「――――は、なまえさんですか?」
「そうだ。今日はあいつも遅番のはずだが」
「いえ、その・・・」

若い兵士は先程のハキハキとした挨拶が嘘のように、苦い顔で口ごもる。
さっきまで真っ直ぐにナイルに向けられていた視線は、自信なさげにエルヴィンやリヴァイ、それから行き場を無くしたように、テーブルの上に向けられた。

「何だ、言え」
「あ、そのですね・・・・・・なまえさんは、今日欠勤だったらしいんです」
「・・・欠勤?何かあったのか」

その言葉に眉を顰めたナイル同様、リヴァイも密かに眉をピクリと動かした。
夕べ彼の部屋に泊まることになったなまえは今日、これから仕事に行くと言ってリヴァイと別れたはずだった。

「分かりません。その・・・無断欠勤だったとかで・・・。普段そんなことをするような方じゃないので、他の上官の方たちも心配をしていました」

言って良かったのかどうかと不安そうな若い兵士は、たどたどしく礼をするとナイルの元を離れる。
エルヴィンは隣に座るリヴァイの顔を見た。

「リヴァイ、お前が昨日あの後なまえを飲ませすぎたんじゃないのか」

エルヴィンの言葉に目を丸くして、ナイルはリヴァイを見る。
そして彼は、呆れ顔を浮かべた。

「お前のせいか、リヴァイ。さっきの台詞をよく言ったもんだ。お前のせいで一人、憲兵が堕落したってことだぞ」
「馬鹿言え。元々のあいつの気質の問題か、お前の指導の問題じゃねぇのか」

その時、テーブルに既に並んでいる皿よりも一際大きな皿が運ばれてきた。
照り照りに輝く、貴重な肉と、山盛りの野菜。
今夜のメインディッシュだ。
ギスギスした空気を置いて、ひとまず3人は、フォークを手にした。



恐らく男3人ではそれ以上話が弾まなかったのだろう。
家庭あるナイルがそろそろ帰ると言い出したので、日付が変わるよりもずっと早く、3人は店を出ることにした。
いざナイルが2人に別れの挨拶をしようというタイミングで、リヴァイがそれを遮るように彼の名前を呼んだ。

「ナイル」
「・・・何だ、リヴァイ」
「お前は知ってるか?なまえの家を」

夕べの件もあり、リヴァイは今日、彼女にしては珍しく無断欠勤したというなまえのことが気に掛かっていた。

「・・・大体は、知っているが」
「あいつ、一人暮らしだったな」
「ああ、そういえばあいつは今日無断欠勤の問題兵だったな」
「死んでないか確認に行った方がいい」

その言葉にナイルとエルヴィンは、きょとんとした顔を浮かべる。
リヴァイは顔色一つ変えずに、ナイルを見つめていた。

「・・・リヴァイ、お前昨日そんなになまえを飲ませたのか?」
「・・・少しな」

全く、とナイルは呆れ顔で、でも素直に、「こっちだ」と歩きだした。

「全く面倒だが、仕方ねぇ。堕落した兵士には鉄槌を下してやる」

2人を先導する、酔いで真っ赤な顔のナイルがそう言ったので、エルヴィンはリヴァイの顔を見て肩をすくめ、笑った。


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