ほらね、こうなった。
ショックを受けつつも、私はそう思った。
今日は皆で花見に行くからと私は最高に浮かれていた。
だって私のいるネス班だけじゃなくて、ハンジ班、ミケ班、それからリヴァイ班も一緒で。
最初は下のメンバーだけで行くつもりだったのに、兵長やハンジさんミケさんまで参加することになって。
皆で分担して持ち寄ることになっていたお弁当以外にも私は張り切ってデザートまで大量に作って、最高にワクワクしていた。

なのに。

集合していざ出発しようとした時、ほらね。
そんな簡単に楽しい事が私に起こる訳ないと思ったの。
私はこの広い本部の中で「そんなのあったの?」とナナバさんが真顔で言うほど(私みたいに)存在感のない溝にはまって、足を挫いてしまった。

そして私は今、片足に包帯を巻かれ医務室で横になっている。
窓から覗くのどかな春の光景が憎らしくてたまらない。
今頃皆でお弁当を食べてくれてるんだろうか。
まさか私の作ったお弁当の存在まで忘れられてないよね?
涙が浮かんできたので、私は布団を頭からかぶった。



トントンと、窓を叩く音がする。
すっかりフテ寝していたらしい。
驚き起き上がると、ベッドの周りはすっかり青みがかって薄暗くなっていた。
まだ叩かれ続けている窓を見る。
私は目を疑った。

「兵長?!?」

兵長がいつもの難しい顔で、私の寝ていたベッドの横にある窓を叩いていた。
お花見一行が本部に戻ってきたのだろうか。

「ど・・・どうされたんですか?」

窓を開けると、兵長は面倒くさそうに小さくため息をついた。

「さすがはお前だな、プリン。」
「え?」
「お前のいるこの医務室は今、外から鍵が掛けられてる」
「え?!!」

ウソでしょ!?
お医者さんや看護士さんが患者を忘れて戸締りして帰るなんて、ありえるの?!
慌てて床に足をついた瞬間鋭い痛みが走って、小さく叫ぶ。
ひょこひょこと足を引きずりながら、医務室のドアにすがった。

「ほらな」

動かないノブをガチャガチャと回して「開きません」と私が言うより早く、兵長が言った。
私は絶望を顔に塗り付けて兵長を見る。
兵長は片方の口の端を上げて笑っていた。

「間抜けな怪我の具合はどうだ」

半泣きで肩を落とすと、私はとぼとぼと兵長のいる窓際に私は向かった。

「はぁ、挫いた時よりはマシですけど・・・うっ・・・」

もう悲しくなりすぎて、思わず嗚咽みたいなものが出てしまった。
目の前の兵長は、今度は大きなため息をつく。

「てめぇは一体幾つだ。下らねぇことで泣くんじゃねぇ」
「・・・だって・・・」

だって、そう言って私を見下ろす兵長の肩にはうすいピンクの、可憐な花びらが着いている。
楽しいお花見の名残だ。

「だって私、すごい楽しみにしてたんです・・・皆でお花見・・・」

自分でも顔がくしゃっとなったのが分かる。
泣くのを堪えようとする私の口周りはピクピクと忙しく動いた。
目に溢れたもので歪む兵長は、やっぱり面倒くさそうな顔をしているように見えた。

「俺以外は全員酒場に移動した・・・こんな下らねぇことで泣いてるくらいならそっちに行け」
「酒場って・・・そんなの聞いてないです・・・、まさか、皆私のこと忘れて行っちゃったんじゃ」
「だからお前を思い出した親切な俺が帰り道にわざわざここに寄って教えてやったんだろうが」

どうせまたいつも通り皆、私の存在なんて忘れて酒場に移動したんだ。
ネスさんも皆もひどい!
少しくらいこの不幸な私のことを思い出してくれたっていいじゃない・・・。
そう思ったら私はまた泣きたくなった。
こうなったら何でも悲しくなってくる。
私はきっと神様に楽しいことのすべてを奪われて生まれてきたんだ。

「・・・桜・・・見たかったんです。今もう散り際じゃないですか。今日を逃したらもう葉っぱばっかになっちゃうかもしれないのに。しかももう皆では行けないし。大体ありえないですよね?お医者さんも看護士さんも私の存在を忘れて帰っちゃうなんて。あんなにいい人そうな人たちなのに。もうここまで来たら慣れっこですけど、ねぇ、兵長。私ってそこまで存在感ないですか?何でいつも私ってこうなっちゃうんですか、兵長!それに私の名前はプリンじゃなくてなまえです!!」

これは兵長への八つ当たりだ。
知るかよ、と言われると思ったんだ。
言われて当然だと思ったし。
泣くのを堰き止めていた口周りの緊張は決壊して、とうとう私の目からは涙が零れ、情けなく私は泣いた。
うっ、うっ、と泣く間に、また兵長の大きなため息が聞こえる。
ますます私は悲しくなった。

「・・・おい、なまえ」

はい、としゃくり上げながら答えると、兵長は徐に手を上げた。
私の頭の上に掲げられたその手のひらが、ふわりと開かれる。

「・・・・・・!!」

目の前が、ピンク色に染まる。
私の鼻を掠めるように、ひらひらと可憐な、うすいピンクの花びらが舞った。

「どうだ、プリン。これで満足か」
「兵長・・・これ・・・?!」

私の涙は感動の涙に変わる。
一瞬でその桜吹雪は終わってしまったけれど、その花びらは私のしょんぼりした心をいっぱいに埋め尽くす。
舞っていた時間の何十倍も、何百倍も、私の心に余韻を残した。

「勝手に俺のポケットの中に入っていた花びらのクズだ・・・誰がやった下らないイタズラかは知らねぇが」
「ク・・・クズって言わないでください」

だって、こんなに綺麗でものすごく、嬉しかったのに。
今日の不幸を帳消しにして、余りあるくらいに。
兵長はフン、と笑った。

「情けねぇツラをするな、お前は今晩ここに泊まるつもりか?」
「いえっ、そんなこと!!」
「そうだろう、だったらさっさとこっちに来い」

頭にはてなが浮かんだまま、私はあたふたと帰る準備を始める。
といっても、ジャケットを羽織って挫いてない方の片足にブーツを履くくらいだ。
窓から外に出て、医務室の鍵はどうするんだろう?
でもまぁとりあえず、兵長の言う通りにすれば、兵長には怒られないだろう。

私は恐る恐る窓から身を乗り出し、外に出る。
片足で着地した瞬間、私は兵長の肩に担がれた。

「!!?!?!」
「おい、暴れるなプリン」

暴れるなも何も、私は驚いてじたばたしてしまっただけで。
全くの不可抗力なわけで!

「兵長!?」
「面倒くさいがお前を酒場に連れて行ってやる・・・俺は帰るがな」
「えっ、このままですか!?」
「そうだ・・・このままお前を置いて帰るとまたお前がビービーと泣いてもっと面倒だからな」
「歩けます、私、歩けますから!兵長!」

兵長は黙ってろ、と今は担がれ情けなく兵長の顔の横にある、暴れる私の尻をペシ、と軽く叩いた。
私はドッキリしてピタリと動きを止める。
むしろ、硬直した。

「そうだ・・・大人しくしてろ。そしたら早く着く」

真っ赤な顔が春の夜の冷たい風に当たって、丁度いい。
もの凄く恥ずかしいし、兵長の表情は、全く分からない。
今は本部の中だけど、町に入っても酒場に着くまで、まだこうやって私は担がれっぱなしになるんだろうか。
でも、今は兵長の言う通りに大人しくするしかないと思った。

「そういえば、なまえよ」
「は・・・はい・・・」
「お前の作ったプリン、悪くなかった」
「・・・・・・!」

私が一生懸命作ったデザートの、プリン。
兵長は食べてくれたんだ。
あれは簡単なんだけど自信作なんです、とか、一生懸命人数分作ったんです、とか、言おうと思ったんだけど、嬉しすぎてすぐに言葉にすることができない。
口の中でもごもごとしている間に、兵長は続けた。

「弁当の方はイマイチだったが」
「・・・・・・・・・」

すみませんでした、と私はがっくりと肩を落とした。

それにしても何て情けない格好だろう。
私だっていい年なのに。
・・・まぁ、兵長に綺麗な桜を見てもらえたんだし、いいか・・・。


back