四 月 バ カ



「ねぇ兵長!キスしてくださいっ」

優雅にティーカップを傾けていた兵長は、「好きです」「今日もカッコイイです」「恋人の身長とか私は気にしません」「若い彼女って憧れるでしょ?」「結婚してください」等と常日頃熱烈アプローチを続けている私の大胆なお願いにも全く動じない。
何事もなかったかのようにゆっくりと口の中の紅茶を味わい喉に通し終わると、小さな音を立ててソーサにそれを戻した。

「・・・何で俺がそんなことをてめぇにしなきゃならねぇんだ・・・寝言は寝て言え、年中オツムのめでたい春野郎」

隣に座る私に兵長は普段から怖い顔をとびきり怖くして私を睨む。
更に深く刻まれた眉間の皺に、きっとエレンならぶるぶると怯えるだろう。
私はブッと吹き出した。

「やだ、兵長。知らないんですか?今日。エイプリルフールですよ」

いつも兵長に求愛しては流される、を繰り返しているので、兵長のいつも通りの冷たい言葉にも私は全く傷付かない。
むしろ自分のついた嘘で兵長のマジレスを引き出せたことに、満足感と達成感と優越感でいっぱいになった。

「やだなぁ兵長、本気にしちゃって。いくら私でも、そんな大切なことをこんなに軽くお願いするわけないじゃないですか。あっ、もちろん大事に大事にとっておいたファーストキスは、兵長に捧げたいって思ってますけど・・・っ。」

赤く染めた頬を両手に包んでキャッと小さく照れると、兵長はますます眉間の皺を深く刻み、こめかみにはくっきりと青筋を立てた。

「なまえ・・・俺がお前にキスとかいうのをしてやるようなことは一生無い。絶対にだ」
「!!!」

今度の兵長のマジレスで、この春の陽気のように浮かれていた私の心には一瞬で冬が訪れる。
調子に乗った私に、兵長の鉄槌が下ったのだ。
私はショックのあまり兵長の目の前でただ悲しみに顔を歪ませて、凍った。
兵長にキスしてもらえるだなんて妄想しただけで頭が爆発してしまいそうになるけど、自分にそんな幸せの極致が絶対に訪れるだなんて思ったことは無い。
でも、絶対にないだなんて宣言しなくたっていいのに(私だって毎日兵長兵長としつこい割には兵長が簡単に手の届く存在だなんて思ってないんだし、それくらい夢を見させてくださいよ)。

「・・・そ・・・そんな・・・兵長・・・、そんなにはっきり、言わなくたって―――――、!!!」

泣きそうな顔のまま口だけを何とか動かした瞬間、兵長は私の顎を素早く掴むと、何ということだろう。私の唇に、兵長の唇が強引に押し当てられた。

「・・・・・・!?!?!」

多分私に生えている毛という毛は今、総立ちだと思うのだ。
顔からは火が出ているに違いない。
毎日あんなに兵長に恥ずかしげもなく求愛しているというのに、私は今、この幸せなハプニングにただただ、硬直している。

「・・・あ、あ、あ、あの、へ、へいちょ・・・・・・?!?」

わなわなと唇を動かすと、目の前の兵長はフン、と意地悪く笑った。

「お前は何を真に受けていつものバカ面を真っ青にしてるんだ」

神経質な兵長の唇が、軽やかに言葉を紡ぐ。

「知らねぇのか?なまえよ。今日は四月バカっていうんだ・・・てめぇにピッタリだろうが」



おわり(その後「ファーストキスってのも嘘なんだろ」と兵長が言ってきたので「それはホントです」と遅れて溢れてきたうれし涙を目に浮かべて答えると、今度は兵長の顔が僅かに青くなった気がした。