*プリンちゃん続編です 12月31日 今年もあと数十分。 ブーツ半分くらいが埋まる雪の中を、私は一歩ずつ苦労して歩き、その表面を明かりで照らしては真っ赤になってかじかむ手をつっこんでいた。 大晦日で休日、しかも夜。本部には人気がなく、冷たい石の上で雪は自由を謳歌するように積もり放題だ。 雪の降りしきる中でも関係なく、やがて迎える新年のその瞬間を祝う為、時計台を中心に町ではお祭りが催されていて、遠くからは賑やかな声が聞こえてくる。 どうやら花火も上がるらしい。 この町では、年が変わる午前0時ちょうどに隣にいる人とキスをして祝福するとその1年幸せに過ごせるという(私にとっては良くない)習わしがある。 お察しの通り、特に若者が色めき立つイベントだ。 恋人のいる若者も、そうでない若者もこぞって集まり頭をピンク色にしてはしゃぐイベントだ。 きっとたくさんの兵士たちもそこへ繰り出しているのだろう。 私の同期たちもそこに行ってみんなでカウントダウンをするのだとはしゃいでいた。 本当だったら私もいまそこにいて、みんなと人並みにはしゃいでいたはずだ。 手の感覚がもう全く残っていない手を明かりにかざすと、私はがっくりと頭を垂れた。 (どうしてこうなった・・・) いや、私らしいといえば私らしい。 生まれてこの方いつも不運に囲まれて、不運にはすっかり慣れっこの私の今日の不運はこうだ。 まず、今日、私は班長のネスさんと休日の本部を見回りをするという当番に当たっていた。 本部は休日も警備上の理由で見回り当番が決められている。 やっぱり大晦日くらいみんなゆっくりしたいわけで、正直この日の見回り当番なんて誰もが避けたがる日なわけで。 でもほら、何といっても不運な私でしょう。当番の日にちを公平に決めようとくじを引いたら、当然この日を引き当てるよねっていう・・・。 私にとってはくじなんて全然公平じゃない。だって、引く前から自分が一番悪いものを引き当てるんだって分かってるんだから。 で、当番だから仕方ないと腹は括っていたけれど、年末らしくめちゃくちゃ寒い上に大雪が降り出してこんなに雪が積もるし、そう、そして、私は今こうして見回りが終わっても雪が積もりまくっている本部をうろうろとしている。 何故か。家の鍵を落としたからだ。 ネスさんとの見回りが終わって私は家に急いで帰った。 おしゃれをして、カウントダウンのイベントに参加するために。 ドアの前に立ち鍵を開けようと、ジャケットの胸ポケットに手を入れる。 ない。 おかしいなとポケットをひっくり返す。 ない。 反対側も、同様に。 そろそろ最悪の予感が浮かんできて顔色は青ざめて、ジャケットに着いているポケット全てを同じようにひっくり返して確認したが、やっぱり鍵はない。 私は呆然として立ち尽くした。 鍵がないまま遊びに行くなんてとてもできない。 だっていつか私は家に帰らなければならないのだから。 ひょっとして窓の鍵が開いていないか確かめる。やっぱり開いていない。 その時、ネスさんと歩いていた時の記憶が蘇る。 ネスさんはこんな日に当番になって可哀想だったなと言ってお菓子をくれた。 私はそれをいつも鍵を入れているポケットに入れて、おやつの時間にそれを食べた。 鍵を入れたポケットに何らかの問題が起こったのだとしたら、その時だけだ。 私はネスさんを恨みたい気持ちにすらなった(ネスさんごめんなさい)。 すぐに本部に戻っておやつを食べた辺りを探し回ったけど、雪が積もってるから鍵が落とした場所がこの辺りだろうと分かっていても、雪の上からそれを見つけ出すのは簡単じゃない。 こうなるともう問題はカウントダウンイベントに行ける行けないとかいう問題ではない。 この年越しの寒い夜に、家に入れるか入れないかという問題だ。 不運には慣れているけれど、こんなにヘビーな不運をしかも大晦日に与えられるだなんて。 泣きたい気持ちも通り越して、自分の不運さに呆れてさえくる。 (みんな楽しんでるんだろうなぁ・・・) 家に帰るまでは私だって浮かれてたのに、すごい落差だ。 足元の雪の中に入れて掻き回した手を引き抜くと、冷たさで感覚を失った手から、遅れてジンジンと痛みが伝わってきた。 雪が積もると音を吸収するんだって誰かが言ってたかな。 遠くから聞こえる賑やかな音とは裏腹に、私の周りは一面、音を失ったみたいにしんとしている。 真っ暗な夜の空間を埋め尽くすように真っ白な雪が次々と降りてきて、積もった雪に私が手を入れた跡をどんどん消していく。 降りしきる雪を見上げてみると、まるで世界とは切り離されてしまった空間みたいに、幻想的だ。 (ほんと・・・どうしよう) 今の状態では、ここで鍵を探し当てるのは大きな湖に落とした鍵を探し当てるくらいに途方もないことのように思える。 大きくため息をついた時、雪を踏みしめる音が聞こえた。 遠くに見える小さな人影が、足音と一緒にこちらへ近付いて来る。 「リ・・・リヴァイ兵長・・・!!」 私は驚き目を見開いて、二度見、いや、三度見した。 ジンジンする手で目をこすってもう一度見てみたけれど、確かに兵長だ。 顔がはっきり分かる距離まで近付いてきた兵長は、明かりを上げて私を照らすと、いつも通り眉間に皺を寄せた。 「ど、どうしたんですか、こんな時間に・・・」 「・・・プリンか。オレは執務室の最後の大掃除だ・・・お前こそ、こんな時間に何してる」 「わ・・・わたしですか・・・?」 いつだって兵長の顔を見れば嬉しくなってぱっと元気になる私だけど、今だけはあまり嬉しくなかった。 だって、状況が状況だし、何で私が今ここにいるかを兵長が知れば、また呆れられるに決まってる。 はぁ、と相槌をうって少し迷った後、じつは、と私は続けた。 「あの、家の鍵を出すね、落としてしまったようでして・・・」 バツが悪そうに間抜けな笑いを浮かべた私に、兵長は無言で呆れ顔を返した。 「プリンよ、お前はこの前も鍵を書庫のドアにさしっぱなしにして騒ぎを起こしたろ」 「は・・・はい」 私はがっくりとうなだれた。 兵長は未だに「忘れない」と言ってくれたはずの私の名前をプリンとしか呼んでくれないくせに、そんな恥ずかしい事件のことだけは覚えているのですね。 そして今日のこの失態もしかと兵長に覚えられていくのでしょう・・・そんなもんです。私なんて! 「呆れたヤツだ。こんな雪が積もってる中に鍵を落として見付かるわけねぇだろうが」 「でも、鍵がなきゃ家に帰れないんです・・・」 兵長の顔を見られないまましょんぼり答えると、兵長は大きなため息をついた(私の方が!私の方が大きなため息をつきたいのに!!)。 「おいプリン、マヌケなてめぇのことだ。もう一度自分が鍵を持ってないのか確認しろ・・・ブーツの中もだ」 「で、でももう何度もポケットは確認し・・・」 「何度も言わせるな。もう一度確認しろ」 有無を言わさぬ兵長の言葉に恐怖を感じて、はひ、と返事をすると私はマントを脱いで、もう一度ジャケットのポケットを確認し始めた。 ひょっとして兵長は、私の鍵を探すのに付き合ってくれるつもりでいるのだろうか。 混乱しながら一つずつポケットを確認する。 でも、やっぱり、ない。 顔を上げて「ないです」という顔で兵長を見ると、パンツのポケットも確認しろと言われた。 そんなこと言われたってパンツのポケットだってさっき散々家の前で確認し――――― 「あ」 後ろのポケットに手を入れた時、異物感がした。 「兵長」 「・・・何だ」 恐る恐るそれをつまんで、引きずり出してみる。 そういえば、お尻のポケットは上から叩くだけで、しっかり確認しなかったかもしれない。 みるみるうちに顔が熱くなって、私は興奮した。 「・・・あ・・・ありまし・・・た・・・!!!」 その瞬間、私のしょんぼりとした背中には薔薇さえ咲き誇ったでしょう! このくそ寒い中あんなに苦労して長い時間鍵を探していたというのに、兵長の一言でこんなに簡単にそれを見つけてしまった。 さすが兵長。さすがは自由の翼の象徴。あなたこそメシア! 私は顔も薔薇色に輝かせぷるぷると手を震わせて、この世で一番素晴らしいものを手にしたかのようなテンションでそれを兵長の前に差し出した。 「だから言ったろう、マヌケ野郎」 感動にうち震えている私に、兵長はいつもと変わらぬ冷酷顔でそう答えた。 兵長は私ほど鍵が見付かったことに感動してくれないようだ(むしろ呆れてさえいるようだ)。 ぱぁっと咲いた私の背中の薔薇は、私の顔と一緒に一気にしぼんでしょぼくれた茶色になる。 「す、すみません、これでおうちに無事帰れます・・・!」 それでもめげずにほっとした笑顔を作って鍵を握り締めた時、遠くから、カウントダウンの声が小さく聞こえてきた。 “10” ――――そういえば、兵長はどうしてここにいたんだろう。 その時、ふと友達が言っていた言葉を思い出す。 調査兵団の他の女子同様その子も兵長のファンで、0時になった時隣にいる人とキスをしていいってことなんだから、何とかして兵長の隣にいれるようにしようかなって。 そうすればどさくさにまぎれて兵長にキスできるじゃん!って。 そしたら別の子が、それを恐れて兵長は毎年年末は外に出ないようにしてるらしいよって言ってた。 そりゃそうだよね。兵長はモテるし、普段は絶対にそんなことできないであろう兵長に大っぴらにキスをできるその瞬間のために、ここぞとばかりに兵長の隣の争奪戦が繰り広げられるだろう。 だから、だから兵長は本部で一人で掃除してたんだ。 “4” 「本当に鍵を落とさないうちにさっさと帰れ」 “3” 「あ、あの、兵長――――」 “2” 「・・・何だ」 “1” 「!」 “0”と同時に、私は兵長の頬に勢いづけてキスをした。 打ち上げられた花火がぱっと開いて、遠くからちいさな明かりをここにも届けて、くちづけている兵長の顔を照らす。 遅れて聞こえてきた花火の音と一緒に顔を離すと、あの兵長が、驚いた顔をして私を見ていた。(あの、兵長が!) 私は興奮した面持ちで真っ赤な顔のまま、勢い良く頭を下げる。 「あの、ありがとうございました!では!!」 した者勝ちだし、逃げた者勝ちだ! 私はキス逃げすることにした。 逃亡しようと大股で一歩目を踏み出した時、さすが私、です。 踏み固めた雪で、私はそこに思い切り転んで、ずぼ・・・というマヌケな音と共に、雪に埋まった。 (飛ぶ鳥、跡を、濁す・・・) 鍵を探してる時は泣かなかったのに、私は雪に埋もれながら、そこで泣きたくなった。 顔周りの雪がどんどん溶けて水になっていく。 できればこのままここに、春になるまで埋もれていたい。 「とことんお前はマヌケ野郎だな・・・開いた口が塞がらねぇ」 上から降ってきた声に恐る恐る目をやると、兵長が私に手を差し出していた。 私は恥ずかしくてそれを掴むことができなくて、ますます泣きたくなる。 「う・・・うぅ・・・」 「何泣いてやがる」 差し出した手を掴まない私の腕を、兵長が引っ張り上げた。 抵抗したって簡単に引っ張り上げられてしまうんだから、ますますマヌケだ。 情けなく顔を歪めて泣き顔を作る私の顔を見て、兵長は笑った。 「そんなんじゃ今年も思いやられるな、なまえよ」 「は・・・はぁ・・・」 兵長が笑ってる。貴重なその笑顔にも、自分が情けなさ過ぎてまともに兵長が見られなかった私だったけれど、兵長に名前を呼ばれて驚き、そちらを見る。 この間の事件以降もまだ“プリン”としか呼ばれてなかったから、また名前を忘れられてたとばかり思ってたのに。 少し嬉しくなって地の底まで落ちたテンションが一瞬で上がった。 さっきしおれた背中の薔薇がむくむくと起き上がってくる。 しかしその時、私は気付いてしまった。 起き上がっていた薔薇が一瞬でしぼむ。 ぱぁっと明るくなった顔がすぐに真っ青になったので、兵長は眉根を寄せた。 「・・・・・・おい、プリン。まさかとは思うが」 「・・・わ・・・わ・・・分かっちゃい・・・ました・・・?兵長・・・・・・」 さっきの貴重な笑顔からうって変わって、兵長は思い切り私を見下げた顔をした。 そう、私の手からは、さっきしっかりと握ったはずの鍵が消えている。 私の体は急に寒さを思い出したようにぶるぶると震えだした。 「オレは帰る。もうお前のマヌケに付き合ってられるか」 「へ、兵長ぉ・・・!!」 ・・・やっぱりさっきのまま、私は春まで雪に埋まっていればよかったのだ。 私はまた泣きたくなって、私を見捨てようと歩きだした兵長の腕にすがった。 おわり back |