強 気 チ ェ リ ー / 4




エレンはキョロキョロとしながら明らかに周りを警戒している様子で、昼間のにぎやかな町を歩いていた。
いま、彼の行く先には同期の何人かも訪れている可能性がある。
彼らに見付かれば、確実にひやかされて笑いの種になるだろう。
「お前は彼女に興味がないフリをしていたくせに、何をノコノコとここに来てるんだ」と。
自分にはそこへ行く“止むを得ない理由”があるのであって、彼らと違いミーハー気分でそこに行くわけではないのだから、決して彼らと一緒にされたくない。
最初にここへ無理やり自分を連れて来た彼らに見付かるのだけは、どうしても避けたかった。
目的のなまえの店の前に着くと、エレンはビクッと身を縮めた。
まさに見付かりたくない、同期の少年たちの声が聞こえてきたからだ。

「えーっ、今日なまえちゃんいないんですか・・・」

その落胆の声に、エレンは咄嗟に店の裏側へ身を隠した。
この間、なまえと彼女にこっぴどくフラれた男との痴話げんかに巻き込まれた場所だった。

(クソ・・・あいつ、いないのかよ)

やっと外出が許される休日になったので鍵を返してもらうためここに来たというのに、彼女がいないのでは返してもらいようがない。
訓練兵の身では、なかなか大っぴらに町に出られる機会もないというのに。
身を隠して同期たちの様子を窺うエレンは、彼らと同じように落胆のため息をつく。
その瞬間、両肩に何者かの手が触れたと同時に耳に生温かい息がふっと吹きかけられて、エレンはぞくりとして飛び上がった。

「!!?!?!」

驚いたエレンの顔のすぐ隣には、やっぱり小生意気な笑みを浮かべた小さななまえの顔があった。
彼女は、エレンの背中にのしかかるようにしてその顔を寄せていたが、驚いたエレンを目にして満足そうにその肩を解放した。
エレンは目を白黒とさせて動揺しながら、息を掛けられた耳を両手で覆う。
顔や耳ばかりか、首まで真っ赤になっていた。

「お・・・お前、何でここに・・・!?」
「ここ、うちなんだけど。私がいたらおかしい?」
「わ、分かってるよそんなことは!」

エレンはただ狼狽して、彼女を見つめた。
今日ここにいないと聞いたばかりの彼女がまさかいきなり現れるとは思わなかった。
彼女には動揺しているエレンを全く気にする様子はない。

「今日は外出できる日なんでしょ?この間あの子たちに聞いたの。エレンが来ると思って、わざわざ休日に久しぶりのお休みをもらったんだから。行こっ」

彼女はエレンの手を取ると、裏庭に面している細い裏道へと歩き出した。

「”行こっ”じゃねぇよ、オレはここにお前と遊びに来たわけじゃない、鍵を――――」
「何よエレン、会うなりエッチしたいっていうの?」
「は・・・はぁっ!?!」
「私、買い物したいの。先にそっちに付き合って」

手を繋いだまま、なまえは慌てふためくエレンの事など全く構わず彼を引っ張り歩いていく。

少し後ろから見る彼女の横顔は、悔しいけれどやっぱり美しい。
人通りの多い通りに出ると、すれ違う人たちが彼女を振り返る。
彼女はそんなことには慣れきっているのか、全く構わない様子でただずんずんと歩いていく。
連れられて歩く自分までが彼女を見る人々に観察されている気がして、エレンはとても落ち着かない気持ちになった。

――――やっぱり彼女の中では“彼女が処女かどうかを確かめて、そうでなければ”しか鍵を返すつもりはないらしい。
エレンは彼女に引っ張られながら自分の手を引く彼女の細い腕、高い位置にあるくびれた腰、そして彼女の華奢な後姿を眺めるうちにこの間彼女が自分にした刺激的な行為が脳裏に浮かんで、無言のまま、また顔を真っ赤にした。



「ねぇ、似合う?」

試着室から現れた彼女の7度目の試着姿に、エレンは呆れ顔を返した。
今日彼女は新しいワンピースを探しにきたらしい。
エレンは彼女が3着目のワンピースを試着すると言ったときから、既にうんざりとしていた。

「・・・何よ、ダメ?」
「だから、もっと布の面積の多い服を着ろよ」
「いいじゃん、私が好きなんだから」

もちろんスタイルのいい彼女だから何でも似合うのだけれど、やっぱり彼女がチョイスしたワンピースは、どれも胸元が大胆に開いている。
そういう格好をするからこの間の男みたいな変なヤツが寄って来るんだ、とエレンは1着目の試着の時からなまえに何度か繰り返したのだけど、彼女は全く聞く耳を持たないのでそれを口にすることすらバカバカしくなった。

「じゃあオレに聞くなよな、最初から」

これだから女の買い物に付き合うのはイヤなんだ、とエレンは思った。
彼女たちは大抵自分に聞く前から、どれがいいかを決めているのだ。

「エレンさぁ、いつもそんな風なの?女の子とデートする時・・・」

結局なまえは最初に試着をしたワンピースを買ったので、エレンはますます辟易した。
店を出ると彼女は全く悪びれることなく、むしろエレンの態度に問題があると言わんばかりに話しかけてきたので彼は取り繕うことなくムッとした。

「デートなんかしたことねぇよ。面倒くせぇ」
「ウソ」
「ウソじゃねぇよ」

少し間を置いて意地悪く口角を上げると、なまえは「ふーん、納得ー」とやっぱり意地悪く答えた。
機嫌良さそうに小さく前後に振られる彼女の手には、さっきの店で買ったワンピースの入った紙袋が提げられている。
エレンは彼女の顔をムッとしたまま睨みつけていたが、彼女には全く堪えていないようだ。
けれど次の瞬間、彼女の顔が急にはっとして、エレンを見た。

「えっ、そしたらひょっとして、キスもまだだったとか言わないよね?」

彼女を白い目で眺めてからげんなりとした表情を浮かべると、エレンは「悪いかよ」と小さな声で答える。
なまえは美しいその目を丸くした。

「ウッソ!ホント?」
「うるせぇなぁ、そうだって言ってんだろ」
「そうなんだ・・・何だか悪いことしちゃったなぁ・・・」

言葉とは裏腹に、なまえはニヤリと笑う。
エレンは大きくため息をつくと呆れ顔で目を細め、彼女から視線を外した。


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