強 気 チ ェ リ ー / 1



「呆れるぜ!そんなことの為にオレたちを誘ったのかよ・・・。おいアルミン、お前が行きたいって言ってた本屋に行こうぜ」

ぞろぞろと町を歩いていた集団の中でエレンは隣を歩いていたアルミンの腕を引っ張り、立ち止まった。
その日は訓練兵たちが外出を許される休日で、男子たちは連れ立って、町で評判の美少女がウエイトレスをやっているというカフェに向かう途中だった。
エレンはそんなことは知らされずに彼らに誘われ行動を共にしていたため、この集団の目的を知った今、彼は行動を共にすることを拒否しようとした。
彼らの目的である「美少女ウエイトレスを見に行く」というのがとても下らないことで、せっかくの外出時間の無駄に思えたから。
人ごみに紛れてアルミンと歩き出そうとしたエレンの腕を、幹事の少年が必死に捕まえた。
今日は秋らしくすっきりとしたさわやかな天気で、目抜き通りはたくさんの人でごった返している。

「おいエレン、頼むよ〜。あのコに10人は客を連れて行くからって約束しちゃったんだよ」
「何でお前らが勝手にした約束の為にオレまで巻き込まれなきゃいけないんだ!」

すがるように言う彼に、エレンは全く聞く耳を持たない。

「めちゃくちゃ美少女なんだって。そこらの踊り子よりずっと可愛いんだよ。しかも巨乳でめちゃくちゃスタイルがいいんだ。ここらでもすげえ有名なコなんだ。お前も見たいだろ?」
「さてはお前ら、客を連れて行く代わりに何か取引をしてるんじゃねぇだろうな?答えによっちゃオレも抜けるぜ」

エレンとは犬猿の仲のジャンが、珍しくエレンに同調するようなことを言い出した。
どうやらジャンは、人の為に自分を利用されるというのが面白くないというのが理由らしいが。

「ジャン!ただオレたちは自分たちの顔を覚えてほしくてあのコに約束しただけなんだよ!なぁ〜頼むよ。もうこの先すぐなんだ」

不穏な空気が漂いだした集団の中で、エレンは抜けるなら今だ、と思ったのだけれど―――――

「あ・・・あれ!あれ見ろよ!すげえ!!ほら、空に変なもんが―――――!!!」

面白くない風な態度を取っていたジャンが突然大声で叫んで空を指差したので、本屋に行こうとアルミンの手を引いていたエレンも一緒に、集団は驚き皆そちらを見上げた。

「ああ?ジャン、何、何だよ?」
「おい、お前ら見えないのか?!やめてくれよ。ほ、ほら、あそこだよ、あそこ――――――」
「何だぁジャン。何も見えないぜ・・・」
「あ、悪い。何か、消えた・・・」
「はぁ!?何だったんだよ一体」

全く不思議な彼の行動に、集団はみな一様にジャンに顔をしかめた。

「と・・・鳥かな・・・?お、おい、店に行くんだろ?さっさと連れて行けよ」

挙動不審気味にジャンが集団を先導し歩き始めたので、エレンはその集団の最後尾になるよう少し遅れて、歩き出した。

「おい・・・そのコ、何て名前なんだよ。マジでものすごい美少女じゃなかったらただじゃおかねぇぞ」

先程の不可解な行動を取り繕うかのように、ジャンは彼らのお目当ての少女についての質問を始めた。
ジャンがさっきのことについて詮索されないよう話題を逸らしたのには、どうやら皆気付かなかったらしい。
その店に行ったことのあるらしい今回の幹事である3人の少年たちは、にたり、とだらしなく顔をにやつかせた。

「いや・・・マジで・・・本当にセクシーで、人形みたいなすっげぇ可愛い顔してるんだよ。それでさ、驚くなよ。名前はな、なまえって言うんだ!」
「なまえっ!?!!」

ジャンは声を裏返して叫んだ。
104期訓練兵にも、思春期男子の羨望を一身に浴びている、なまえという名前のとびきり色っぽくて可愛い女子がいる。

「そーなんだよ。色っぽくて可愛いコはみんななまえって名前なのかなァ・・・ま、タイプは全然違うけどな!まぁ期待しとけって、ジャン」

彼はジャンの肩に手を回すと、やっぱりニヤニヤとして前方にあるらしい彼女のいる店へと集団を先導し進んでいく。

「(おいアルミン・・・抜けるぞ)」

エレンは彼の親友以外には聞こえないような小さな声でそう言うと、アルミンの手を引いた。

「(エ・・・エレン・・・い、いいのかな・・・?)」
「(いいんだよ!さっさと抜け出すぞ、せっかくの外出時間の無駄だ)」

彼らは期待に胸を膨らませずんずんと前へと進んでいく集団の最後尾からくるっと踵を返して、すぐそこにある路地へと入った。

「あ〜、やっと下らない集団から抜け出せたぜ、―――――!!」

後ろのアルミンに視線をやったまま手を引いていたエレンが前方の何かにぶつかったので、アルミンはエレンの肩にそのままぶつかってしまった。

「す、すみません、!」

エレンの肩にぶつけた鼻を押さえてアルミンが前方へ視線をやると、エレンのすぐ前にはすらっとした少女が立っていた。
薄暗い路地に急いで入ったので、どうやら路地を目抜き通りへと歩いてきたその少女にぶつかってしまったらしい。
同じく謝ろうとエレンは彼女の方を振り返る。
にこりと微笑んだ彼女の顔を見たとき、エレンは息を止めた。

とても大人っぽい雰囲気で、だけど年齢的には、エレンやアルミンより少し年が上くらいなのだと思う。
踊り子の人形のような小さな顔に、見つめたら吸い込まれてしまいそうな美しい瞳、さくらんぼのような唇、艶っぽくてさらりとした髪。
清らかで、無垢で、可愛くて、綺麗で―――――美しくも可憐に微笑む彼女の姿に、絵か何かに描いた天使のようだと、エレンは思った。
普段女子の見た目になんて全く興味のない彼がそう思ったのだ。
もちろんアルミンだって彼女のその美しさに驚き言葉を失っていたのだけど、惚けたように彼女を見つめたまま硬直しているエレンの顔を、アルミンは驚いたように覗き込んだ。
美しいミカサがいつも隣にいるせいで目が慣れているのか、それとも女子にはまったく興味がないのか、エレンが女の子に見とれるだなんてことは、全くありえないことだったからだ。

「・・・あ・・・、!?」

彼女に何か口を開こうとしたエレンは、ぎょっとして言葉につまってしまった。
恥ずかしさに彼女の顔を見ていられなくて下へと視線を落としたところ、彼はそこに釘付けになり耳まで顔を真っ赤にした。
“清らかで、無垢で、可愛くて、綺麗”な彼女の服の胸元は大胆に露出されて、その白くきめ細やかで大きな胸の谷間が、これみよがしに主張されている。
天使のように清純な雰囲気の彼女に、何というアンバランスな服装なのだろう。

「おい!オレのこと、捨てないでくれよぉ・・・!」

エレンが戸惑っている一瞬の間に彼女の後ろから情けない男の声が聞こえてきて、そのまま彼女の腕を掴んだ。
彼女より明らかに年上の、体格の良い、いかつい大男が目に涙を浮かべて彼女の華奢な腕に必死にすがっている。
どうやら彼女はこの男と一緒にいたようだ。

「やだ、離して・・・」

腕を掴まれている彼女は痛そうにその顔をゆがめる。
エレンはその顔にはっとして、我に返った。

「お願いだよ、捨てないでくれよ!オレはお前なしじゃ生きていけないんだよぉ!」

やめろよ、とエレンが言おうとした時だった。

「・・・・・・もう、しつっこいなぁ・・・!」

天使のような顔をしていた彼女がチッと舌打ちをすると、みるみるうちにその可憐な顔が悪魔のようなキツい表情に変わった。
そのキツイせりふと舌打ちに、エレンとアルミンは一瞬、聞き間違えだと自分の耳を疑ったのだが。

「いい加減にしてよ、あんたとなんて寝てもなければ付き合ってもないんだから!あんたみたいなしつこい男が一番面倒くさくてイヤなの!!」

彼女が一喝すると、腕を掴んでいた大男はパッとその手を離し、彼女のキツい顔をしばし見つめた。

「何?私はもう話すことなんてないから。二度と顔見せないでくれる?」

男は彼女からぴしゃりと放たれたセリフに青ざめたまま立ち尽くしている。

「何突っ立ってんのよ。もうあんたの顔なんて見たくないって言ってんの。分かったらさっさとあっち行けっ!!」
「・・・・・・う・・・うわぁああああああああんんん・・・・・・!!!!!!」

男は彼女の言葉に全身を撃たれたように愕然とした後、その巨体の背中を小さく丸めて両手で顔を覆い、子供のように泣き叫びながらエレンとアルミンの脇をすり抜け、目抜き通りへと走り去っていった。

エレンとアルミンは、さっきの天使のようだ、と思った彼女の美しく清純で可憐な姿がガラガラと音を立てて崩れていったのが分かった。
そして、彼女にこっぴどくフラれて去っていったあの男に心から同情すらした。

(―――――す、・・・すっげぇ女・・・!)

どこが天使だ、と青ざめた顔でエレンは思った。
完全に見た目に騙されるところだった。この女とは係わらない方が良さそうだ。
顔を引き攣らせたエレンは、アルミンの手を再び引いた。

「ア・・・アルミン、行こうぜ」
「う、うん」

アルミンも同じ事を考えていたようだ。
二人は、彼女を通り過ぎようとそそくさと歩き出す。

「おいっ、エレン!アルミン!!お前ら何逃げ出そうと・・・ん!?!」

目抜き通りの方から、よく知る声に声を掛けられる。
今日付き合わされてしまったこのくだらない外出の幹事だ。
チッ、とエレンは舌打ちをした。
この変な女とさっきの変な男のせいで、エスケープをあいつらに気付かれてしまったじゃないか、と。

「あぁ、いらっしゃい。本当に来てくれたんだ」

目の前の女が自分たちに声を掛けてきた少年に話しかけたので、エレンとアルミンは目をぎょっと見開いた。

「ま、まさか、お前・・・」

さっと青ざめて、エレンは幹事の少年に恐る恐る口を開く。

「何だよ、エレン、アルミン!興味ないような素振りしてたくせによぉ〜!抜け駆けはやめろよなぁ!」

少年はエレンとアルミンに呆れたように言った。

「このコたち、あなたが連れて来てくれたの?」

合点したように少女はにこりと笑う。
幹事の少年は赤面し、思い切り鼻の下を伸ばして「そうなんだ」と笑った。
確かに言われてみれば彼女はその胸元が大胆に開いたセクシーなワンピースの上にフリルのついた白いエプロンをして、ウエイトレスらしいといえばらしい格好をしている。

「ていうことは・・・このコが・・・」

アルミンはびくびくと少女と友人の顔を交互に見て、ためらいながら尋ねた。

「そう。このコがなまえだぜ!」

エレンとアルミンは顔を見合わせると、顔を引き攣らせて笑った。


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