この旧本部に今いるのは、リヴァイ班の面々と、雑務を手伝う私のような兵士たちだ。 朝食が終わると、雑務兵の何人かは本部との連絡や色んな物の持ち運びで馬に跨り颯爽と出掛けていった。 私はというと食器洗いを終えてからは特にすることもなかったので、申し付けられていた風呂場の掃除をすることにした。 何しろ徹底して掃除をしないと兵長に怒られるというので、特に訓練も仕事もないときには兵士たちは皆空き時間は専ら掃除をさせられていた。 やっぱりオルオが朝風呂に入ったので、床が濡れている。 ゴシゴシとブラシを動かしながら、兵長はやっぱりおっぱい星人で変態なんだろうかということと、昨日ここから部屋に帰るときになぜブラジャーを置いていってしまったんだろうと、そんなことばかりを考えていた。 そのおかげであのブラは私から随分と遠い存在になってしまった。 一通り掃除が済んだので、私は脱衣所のベンチに腰掛け壁にもたれかかり、少しの居眠りをさせてもらうことにした。 何しろ昨日は兵長の部屋でかなり遅い時間までお酒を飲んでいたから、いつもより全然睡眠時間が取れていない。 「なまえ、兵長がお呼びだよ」 こういう時、やっと眠れそうになった瞬間に限って声を掛けられるのは何故なんだろう。 しかも兵長がお呼びって。こんな時に顔合わせるとか無理じゃんね。 私はリラックスして目を綴じたまま即答した。 「あっ、いま手が離せないから代わりに行ってきてくれる?」 「・・・・・・・・・」 変な沈黙を不思議に思い、うっすらと片目を開けてみる。 「・・・・・・!!!!!!」 「てめぇ・・・。堂々とウソをついてサボろうとは全くいい度胸してやがる」 私に声を掛けた兵士の後ろには、人類最強様が青筋を立てて控えていた。 「は、はひ!す、すみませ・・・!!!!」 殺される。よくても2m程蹴り飛ばされる。 私は直立不動で立ち上がって、命乞いをした。 ただでさえ怖い顔を余計に怖くしなくたっていいのに。 薄情なもので、私に声を掛けた兵士はさっさと風呂場から立ち去ってしまった。 「あ・・・あの・・・な、何のお手伝いでしょうか」 「手伝いじゃない。お前、昨日これを忘れていっただろう」 「ひ!ひぃっ・・・!!!」 殺される!と私は目をぎゅっと瞑り、頭をかばうようにして抱えしゃがみこんだ。 兵長がブレードをずい、と私の前に差し出したのだ。 巨人でも一瞬で殺されるのに、生身の人間である私など・・・ん? 投げかけられた兵長の言葉を反芻してみたら、違和感に気が付いた。 『お前、昨日これを忘れていっただろう』 そう、これだ。 「ああ!」 私は頭を抱えていた手をほどき、兵長の方を見た。 兵長はやっぱり侮蔑の瞳で私を上から見下ろしていた。 いやいや、あなたが私に向かってブレードを持つ、それだけで命の危険を感じてしまうなど全く仕方のないことですよ。 ほら、不意に熱いものを触ってしまったとき人は何故か耳たぶを触ってしまうでしょう。それと同じことなのです。 「あ、あはは・・・スミマセン、それ、忘れてましたよね・・・(さっきあなたの部屋で見ました)」 「何て言い草だ。てめぇの下着なんかよりこっちの方がずっと大事だろうが」 「は・・・はぁ・・・。」 私は変態疑惑を掛けている兵長をじろじろと落ち着かない風に見ながらゆっくりと立ち上がった。 顔・・・はいつも通りだ。悪人面だけど綺麗な顔をしている。首、肩、胸・・・と視線を落としていく。 ひょっとしたらいま兵長は私のブラジャーを着けているんじゃないかと思ったからだった。 ううん、目視では兵長が私のブラジャーを着けているかどうかは確認できない。 しかし今、この風呂場には兵長と私しかいない。絶好のチャンスだ。 命の危険を恐らく乗り越えた私は、もう少し勇気を出して踏み出してみることにした。 「へ・・・兵長は・・・あの・・・お・・・おっぱい星人・・・なのですか・・・?」 「・・・・・・・・・・・・何だ、それは」 「え、あ、あの、・・・おっぱいが、す、好きなんですか」 「・・・・・・・・・なぜだ」 「えっ!?あ、そ、そうですね、その・・・はぁ、ええと・・・」 兵長はやはり私をとことん蔑むような目で見続けている。まどろっこしい質問はやめよう。またグズ野郎と罵られる。 「あの!ブラジャー、お好きなんですか?」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 ズバリと聞いてやった。 ほら、やっぱりそうなんでしょう。びくびくとしながらもしたり顔になった私だったけれど、兵長はぴくりとも表情を変えずに無言でこちらを見ていた。 無言。怪しいね! とどめをさしてやろう! 物事は勢いが肝心だ! 「―――――兵長、失礼します!!!」 「!」 その時、私は、揉んだ。 兵長の胸を、揉んだ。 両手で鷲掴みにしてやった。 けれど残念なことに、そこには私の探し求めていたブラジャーを着けている感覚はない。 硬い。何しろ硬い。すごい胸筋だ。筋肉フェチはそれを祭り上げ永遠に祭壇に飾るであろう。 「・・・・・・・・・何をしている」 「え?!あ、ああ・・・!わ、わたしも、おっぱい星人なんですよ!あはは!だだだから、兵長のおっぱいはどうかなって・・・あはは、すみません」 こらこら私は何を口走っているのだ。 確かにおっぱいは嫌いじゃないが星人という尊い称号を頂ける兵長のような方たち程おっぱいが好きというわけではない。 兵長が青筋を立て見下げ果てたような顔をしている。無理もないと私も思う。 私はさすがにバツの悪い顔で手を引っ込めた。 「・・・・・・・・・おい変態」 「おい“変態”」!何という仕打ちだろう。私は兵長の中で「グズ野郎」からさらに格下げされてしまった。 突然胸を揉んで「私はおっぱい星人です」と自ら告白していれば当然の報いか。 「そんなにてめぇの下着がオレの部屋にあるというのなら、勝手に探しに来い。但し、オレは忙しい・・・深夜0時以降だ。・・・いいな」 「!!!」 変態のレッテルを貼られただけに見合う成果だっただろうか。 人類最強様の許可の下、私はブラジャーを探す権利を与えられた。 それにしても何て言い草だ。兵長は自分が潔白だとおっしゃられるのか?(だってだって、さっきの質問に答えてないじゃない!) まぁいい。私は大切な物を得る為に、大事な物を捨てたのだ。そうして私は人類最強様の許可の下そのお部屋で私のブラジャーを探しまわる権利を得たのだ。それ以上は今は望めない。ベストの成果を上げたわけだ。今はこれでいい。 今夜0時だ。それでいい。 私は「分かりました!!!」と敬礼をすると、兵長は私を見下げるその瞳にとびきり蔑みの色を濃くして、無言で風呂場を後にした。 その姿が見えなくなってしばらくしても、私は決意を胸に、気高き心臓を捧げるポーズをしていた。 さぁ、行こう。機は熟した。時計の針は既に0時を回った。 私は明かりを片手に、固い決意を胸に、自室のドアノブに手を掛けた。 昨日とは違い、ネグリジェではなくカットソーにルームウェアのショートパンツ。昨日はたぶんブラジャーのハプニングに加えてあのネグリジェにノーブラというのがまた兵長を興奮させたのだ。同じ過ちは犯さない。夜は着けない派だが、今ばかりはブラも着けている。 ドアを開けるとやはり廊下は世界から音がなくなったようにしんと静まりかえって、空気も重苦しく感じる。 ぽつぽつと頼りなく照らす火を左右に確認してから、私はドアを閉めた。 壁に背をつけて前方と後方を注意深く確認しながらゆっくりと兵長の部屋の方へと歩き出す。 何しろ私は大変な怖がりなのだ。こんな怖い場所で一人で夜中歩くくらいなら、巨人の前に差し出された方がマシなのだ(ただし装備はちゃんとさせて下さい)。 冷や汗をにじませ、ブラを着けた胸で大きく息をしながら前方後方を3歩ごとに確認し、ずりずりと前進していく。 私が廊下を歩く音が廊下に響くのがまたえらくホラー感を盛り上げる。 この足音にはひょっとして自分以外のものも含まれているのではないか?と。 恐怖に怯える私の荒い息と不気味な足音が自分の耳を占領している。 ああ、本当に怖い。しかし私はその恐怖を乗り越えて進撃し、奪還しなければならないのだ。私のあのブラジャーを。 やっとの思いで兵長の部屋のドアの前にたどり着く。 震える手でドアをノックした。 この恐怖に比べたらやはり、人類最強様の恐怖の方がずっといい。 ガチャリとドアを開けた兵長は、壁に背をつけたまま辺りの様子を窺うようにしてから低い声で「夜分にすみません」と神妙に挨拶をした私に一瞬間を置いた後、顔をしかめた。 「・・・何だ、その体勢は」 「いえ、ほら。こうして壁に背をつけて進めば、幽霊が後ろから来ても前から来ても分かるでしょう」 兵長は無言でやはり侮蔑の瞳を私に向けると部屋の中へすたすたと戻っていった。 今日は兵長も長袖のカットソーにゆるめのパンツを履き、リラックスした格好をしている。 「で、では失礼いたします」 私は恐る恐る兵長の部屋に入ると、朝ここに忍び込んだ時のように、音を立てないようゆっくり丁寧にドアを閉めた。 あたりをきょろきょろと見回す。 床にしゃがみ、もう一度どこかにブラが落ちていないかと目を皿のようにして見る。 「おい」 声を掛けられ顔を上げると、兵長は夕べのようにソファに座り、お酒のボトルを私に向かって上げていた。 「酌をしろ」 「えっ」 「えじゃねぇ、酌をしろと言っている」 「はっ」 「二度と口を利けなくしてやろうか」 「すっすみません!!!でででも私こちらにはブラジャーを探しに参りまして・・・」 「探すのは後だ。酌をしろ」 「は・・・はぁ・・・」 ああ、やはりタダでは人類最強様のお部屋を好きに探らせて頂くなどという権利は頂けないらしい。 私は仕方なく、昨日と同じように兵長の隣に腰掛け、兵長の持ち上げていたボトルを受け取った。 とぽとぽ、とグラスに濃い琥珀色の酒を注ぐ。 とろりとして高そうなブランデーだ。 兵長は黙ってそれを口にした。 (ああ、早くたくさん飲んで酔っ払ってくれないかなぁ) 少しでも早く酔っていい気分になって頂いて私のブラジャーの捜索活動を開始させてもらいたい。 ほんの少し酒の減った兵長のグラスにまた酒を注ごうと私がボトルを傾けたところ、兵長はそれを上から、がし、と掴んだ。 「なまえよ、お前も飲むんだ」 「ま、またですか」 「ああそうだ。お前も飲め」 兵長はそのまま私からボトルを奪い取ると、用意してあったもう一つのグラスに酒を注いだ。 ずい、と差し出され、私は仕方なくそれを受け取り、唇にお酒を触れさせるだけのようにしてグラスを傾けた。 だって、ブランデーでしょう。今夜は酔っ払うわけにはいかない。ブラジャーを探して、今日こそ持ち帰らなければいけないのだから。 ・・・あ〜あ、兵長早く酔っ払ってくれないかなぁ。 たぶんこの部屋にお邪魔してから30分は経ったと思うのだ。 私は適当にちょびちょびとグラスに口を付けながら、酌をしろと言う割には面白い話の一つもしない兵長に気もそぞろで、ただ、早く酔っ払ってもらおうと兵長のグラスに酒を注ぎ続けることだけには余念がない。 今日は少ししか飲んでいないつもりだけど、それでも何だか酔いが回りかけてきている。 兵長が随分リラックスした様子で足を組み替えたのを見て、一体いつまで酌をすればいいんだろうと私は落ち着かない様子で部屋を見回した。 早くお許しを頂いてブラジャーの捜索をさせてもらえないと――――― 「・・・おい、」 「はい―――――んんっ!!?」 声を掛けられ兵長を振り向いた瞬間、私の口は兵長の口にがっしと塞がれた。 目を白黒させている間に、すぅっと口の中に液体が流れ込んでくる。 「!!!?!?!」 兵長が顔を離したとき、それが通り過ぎていった私の喉はかぁっとものすごく熱くなった。 「もっと酔え、なまえ」 「だ・・・だめです、兵長。だ、だって私、ブラジャーを探さなきゃ――――――」 「してるじゃねぇか」 さすがおっぱい星人の称号に恥じない観察眼だ。 兵長は今夜の私がブラジャーを着けていることに気付いていたようだ。 そういえばあなたは昨日私めに「垂れるから着けた方がいい」とアドバイスをくださいましたね! 「ち、ちがいます。昨日私がここに忘れたブラ―――――」 私の話を聞くつもりなど全くなかったらしい。 グラスに口を付けていた兵長は、また私にキスをした。 また、すぅっとお酒が口の中に入れられる。 ああ、熱い!アルコール度数高いから熱い!喉が焼けるみたい! ぐらりと視界が揺れる。 「・・・もっと、酔わせてやろうか」 強引に飲まされたブランデーが私の喉を通ったとき、兵長は少しだけ口を離して私に囁く。 「い・・・いい・・・です・・・!」 ほら、私の答えなんて全く聞く気がない。 兵長はまた、そのまま私の口を塞いだ。 舌が私の口の中に遠慮なく侵入し、吸い付き絡め取るように私の舌を弄ぶ。 「・・・ふぅ・・・、・・・んん・・・!」 お酒にグラグラしているのか、兵長のディープなキスにグラグラしているのか分からない。 私は力が抜けたようにソファの肘置きに頭を預けると、兵長は私のカットソーをめくり上げた。 そのままブラを上にずり上げると、兵長はむき出しになった私の胸を両手で掴み、そこに顔をうずめる。 (ほ・・・ほら・・・やっぱりおっぱい星人なんじゃない・・・) クラクラする頭の隅で、またしても兵長に襲われてしまったというのに私は何故か勝ち誇ったようにそう思った。 ブラジャーをコレクションにする趣味があるか否かは不明だが、彼はきっとおっぱいが好きに違いない。 人類最強様が私の胸に夢中で吸い付いている。 胸にむしゃぶりつき、その先端を舐め吸いしている。 「はぁ・・・、・・・やぁ・・・っ・・・」 やっぱり酔っているからだろうか。私じゃないみたいな女っぽい喘ぎ声が出てくる。 人類最強のおっぱい星人様は私の胸にご満悦のようだ。 「あぁ・・・へ・・・兵長・・・!」 何だ、と胸の谷間から返事が聞こえてくる。 胸に顔を埋めるのが好きなのですね、兵長。 「あ、あの・・・ブ・・・ブラを・・・。私の、ブラを・・・!」 また夕べのようにわけが分からなくなる前に、目的だけでもせめて果たさせてほしい。 私は最後の力を振り絞り、そう懇願した。 その必死の訴えが通じたのか、兵長はぴたりと手と口を止めた。 そしてソファから起き上がると、やはりこの間のように私をひょいと持ち上げる。 「・・・へ、い、ちょ・・・う・・・?」 「そんなに言うなら、探してやろう」 「ほ、本当、ですか・・・!?」 「ああ、本当だ。」 良かった。兵長にも良心というものがあったのだ。 「お前の下着がある場所を教えてやろう」 「!兵長、や、やっぱり兵長は―――――」 兵長は抱きかかえる私を間近に見つめたまま、悪魔のような微笑みを向けた。 「それは、オレのベッドの中にある。オレとお前と、裸になって探せば見付かるだろう。いい加減観念するんだ。・・・お前にも分かるだろ?なまえ」 (それが彼女の最後だった) back |