翌朝、朝食当番だった私はガックリとうなだれて、昇ったばかりの眩しい朝日の差し込む厨房でひたすら卵を割っていた。
双子、双子、双子、双子、普通の卵を1つ挟んで、また双子。
何だこれは。私をおちょくってるのか。それとも祝福しているのか。

「なまえ、オムレツまだ?!」
「おお・・・ご、ごめん、すぐできるから」

私は焦ってホイッパーを手に取ると、大きなボールに割りいれた卵と牛乳を勢いよくかき混ぜ始めた。

(・・・し・・・して・・・、しまった・・・。兵長と・・・してしまった・・・!!!)

ガシガシとボールの中身をかき回しながら、私は自分の頭の中も一緒にガシガシとかき回しているような気持ちになった。

夕べ、兵長と寝てしまった。
酒に酔って、兵長にセクハラをされ、勢いでそのまま―――――
本部に戻って同期に伝えたら、全く信じられないだろうか。面白がって祝福されるだろうか。それとも子種をつけてもらえばよかったのにとでも言われるだろうか。それともお前のしょんぼりな遺伝子と合わさったら人類最強様の遺伝子が堕ちると言われるだろうか。
さっき目が覚めて目の前に裸の人類最強様が綺麗なお顔ですやすやと寝息を立てて寝ておられる姿を見てしまったときには、心臓が口から飛び出すかと思う程、それはもう生きた心地がしなかった。
そろりそろりとベッドを抜けて自分の部屋に戻り、髪もボサボサのまま厨房に向かったのだけど・・・・・・

「・・・・・・あ!!!!!」

「どうした!?」
「あ、あ、う、ううん、な、何でも、ない」
「あぁ?もうさっきから何っか今日は鈍臭いなぁ!もうすぐみんな食堂に来ちゃうよ!」

二人きりの朝食当番の相棒はさっきからかなりイライラしている。
無理もない。兵長の部屋で寝坊して、厨房に来るのに遅刻してしまったのだから。
ごめん、といいつつ私は急いでフライパンにバターを入れて、火に掛けた。

しかしそんなことよりも重要なことを思い出してしまった。
私は昨日一体何の為に怖い思いをして夜の真っ暗な旧本部に進撃したのだ!
そう、兵長の部屋に忘れてきてしまった。


私の、ブラジャー。(ブレードも置いてきちゃったけどそれは結構どうでもいいです。)









続・兵長とブラジャー(それが彼女の××だった)









コトリコトリとテーブルの上に皿を置いていく。
急いで焼いたオムレツとサラダの乗った皿、たまねぎのスープ、コーヒー、それからパンのバスケット。
全て並び終えた頃にはほぼ全員が食堂に集まっていた。
達成感に顔を上げた時、食堂の入り口から人類最強様が、いつものように気だるげな顔をして現れた。

(ひっ・・・!)

息が止まる。
夕べの今朝で、一体どのツラさげて顔を合わせればいいのか。
私は反射的に皿を運んで来たトレーで顔を隠すと壁を向き、横歩きをして兵長から逃げるように厨房へ戻った。

(ていうか、何で私が逃げなきゃいけないの・・・)

流しに手をつき私はガックリとうなだれた。
そう、誘ってきたのは兵長だし、セクハラをしてきたのも兵長だ。(流された自分のことは棚に上げたい。)
それにしたって兵長の部屋に置いてきてしまったブラジャーをどうやって取り返そうか・・・。
勝負下着ならまだしも、使い古してるやつだしあまり可愛くない。むしろババくさいし貧乏くさい。
昨夜のように暗がりの中で見られるならまだしも、明るいところであれをマジマジと見られては敵わない。

「・・・ん?」

あれ?そうか。今ってさ、この旧調査兵団本部にいる兵士たちってみんな、食堂で朝ごはん食べてるわけよ。
てことはさぁ、各自の部屋は今もぬけの殻なわけよ。

ニヤリ、と私は悪代官のような笑みを浮かべる。

(人類最強様の部屋であろうと、主がいなければただの部屋なわけよ!!!)

私は天才かもしれない。
思いつくと同時に、私は兵長の部屋に向かった。



主がいないと分かっていつつも、私は泥棒みたいに、音を立てないように兵長の部屋のドアノブを回した。
重いドアをゆっくりと開けると蜜色の朝日がいっぱいに窓から差し込んで、私の目をちかちかとさせた。
何しろここは、この城の中で一番危険な場所だ。
ゴクリと唾を飲み込んで廊下に誰もいないことを確認した後、さっと部屋に入ると、また同じように音を立てないよう、ゆっくりとドアを閉めた。
誰もいないと分かっているのに、私は極力足音を立てないよう、木板の床の上をそろりそろりと歩く。
それにしてもやっぱり綺麗な部屋だ。
さっきまで私も寝ていたはずのベッドも、几帳面にぴしっと布団が戻されている。
床にはスリッパ以外、何も落ちていない。ソファにも、その前のテーブルにも(既に跡形もなく、二人でお酒を飲んだグラスや瓶は片付けられていた)。それから・・・
あっ。ワーキングデスクの上に、書類と一緒に私のブレードが置いてある。
けれどそれは最優先事項ではないし、私の物とはいえ目立つそれを持ち帰っては私が勝手に兵長の部屋に入ったことがバレてしまう。
何はなくともとりあえずは私のブラが最優先だ。
私は床に這いつくばるとベッドカバーを持ち上げて、ベッドの下を覗き込んだ。
・・・ない。
ベッドの下にすら埃の落ちている形跡がなかったので、兵長の徹底した掃除ぶりに私はぞっとしてしまった。
立ち上がり、恐る恐る布団をめくる。ベッドカバーもめくる。
・・・ない。
ひょっとして、と、3つ重ねられている純白のふわふわの大きな枕を上げてみる。
・・・ない。

(ああ!もう一体どこ行ったの私のブラは!!)

何で私とあのブラは恋愛小説のじれったい二人のようにこう引き裂かれてしまうのだろう。
それを探すために怖い思いをして結果的に兵長と寝てしまった。
何と言う展開だろう。まるで風が吹いたら桶屋が儲かるじゃないか。

さすがにこれ以上兵長の部屋をガサ入れする勇気はない。
私は部屋をもう一度ぐるりと見回した後、すごすごとそこを後にすることにした。
やっぱりそろりそろりと部屋の中を歩き、ドアの音を立てないようにしながら。




どきどきとしながら食堂へ戻り様子を窺ってみるとまだ全員が着席しており朝食は終わっていないようだったので、ほっと胸を撫で下ろした。
厨房に戻り、どうしたものかと腕を組む。
兵長の部屋に忍び込んで見つけられなかったものを、一体どうやって奪還すればいいというのだろう。
人類最強様の部屋に入ってあれ以上のガサ入れをするという危険を冒すよりは、やっぱり観念して兵長に白状した方がいいのかもしれない。
それにしても忘れ物を取りに行ってまた別の場所に忘れて帰ってくるだなんて、何というマヌケなのだろう。
兵長にまた侮蔑の瞳を向けられ罵られたとしても、恥をかいてでも正直に話して返してもらった方が話が早い気がする。
ほら、昔の言い伝えであるじゃない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ってね!(使い方が違う気もするけど、まぁいい。)

朝食が終わり食堂からバラバラとみんなが出て行く中、兵長は一人残って、おかわりのコーヒーを飲んでいるようだった。
絶好のチャンスだ。周りは他に誰もいない。
『私のブラを知りませんか』だ。一言でいい。そう聞けば楽になる。
私はその魔法の言葉を10回程唱えるように練習してから、意を決して、兵長に近付いていった。

「あ・・・あのぅ・・・」

小さな後頭部に話しかけた。
あの怖い顔が見えないというのはとてもいい。

「・・・何だ」
「あ・・・あの・・・そ、そのですね・・・」

話しながら、私はおずおずと兵長の横に回りこむ。
兵長を恐る恐る覗き込んでみると、私などには目もくれず、部屋から持ち込んだらしい新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいた。

「だから、その・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「ほら、何といいますかね・・・」
「いい加減にしろ何が言いたいグズ野郎」
「ひっ・・・!」

気の短い兵長はコーヒータイムを邪魔されてご立腹のようだ。
私の口からは魔法の言葉がなかなか出てきてくれない。
ゴクリとつばを飲み込んで、腹に力を入れた。
そう、腹式呼吸だ。腹の底から力を出せ!

「あ、あ、あの・・・!私のブラを知りませんか!!!」

言えた!という達成感に笑顔を作った時、三白眼の白目を更に大きくした兵長がこちらをギロリと見たので、私の笑顔は一瞬で恐怖のそれに変わった。

「知るか」

知るか。
知 る か 。
知  る  か  。

兵長の言葉が頭にこだまする。
決死の覚悟で得た成果が、そのたった三文字と兵長のあの怖い顔か。
いとも簡単に絶望の中へ容赦なく突き落とされた私だったけれど、そこで食い下がるわけにはいかない。

「でででも、兵長のお部屋に・・・あるはずなんです・・・!わわたし、さっきもつけるの忘れて、帰っちゃったんです・・・!」
「知らねぇと言ってるだろうが削ぐぞてめぇ」
「ひっ・・・で、でも・・・」

必死の思いで食い下がりつつも兵長の眉間の皺がどんどん深くなっていくのが分かり、たぶん本気で“削ぐ”と言われているのが分かったのでチキンな私はもうすっかり言葉を話そうという気持ちを手放してしまった。

「分かったらとっとと行け、邪魔だ」
「・・・は、はい・・・・・・。」

私はショックのあまり、ふらふらとした足取りで食堂を出た。
厨房へ戻って皿洗いをしなければいけない。
朝食の準備に遅刻した罰として、今朝の皿洗いは一人でしなければいけないことになっている。
ああ、でも。私はブラジャーを取り戻すことができなかった。絶対に兵長の部屋にあるに決まっているのに。何故あんなに取り付く島もないほどに私の話を聞こうとしてくれない。

「――――!!!!!」

私にはその時一つの不穏な推理が浮かんでしまった。

(ひょ、ひょっとして・・・)

ひょっとして、兵長、私のブラをコレクションか何かにしたんじゃないの?
だってたぶん昨日の様子からしてあの人、おっぱい星人だし。
むしろ、着けてたりするんじゃ―――――・・・?

「わ・・・わぁあああああああ!!!!!」

何とも恐ろしい絵が自分の頭に浮かんでしまったので、私は恐怖に頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。
どうしよう。兵長は変態だったんだ。何としても取り返さなくてはいけない。けれど人類最強様から一体どうすれば返してもらえるのだろう。
彼が私のブラジャーを自分の物にしてしまったのであれば、それを奪還するというのはウォールマリアの奪還くらいにきっと難しいことだ。

「あ・・・あわわわわ・・・」

事態は思ったよりもかなり深刻だ。
私のブラジャーは何ということに巻き込まれてしまったのだろう。
がくがくと震える手を押さえて、私は食べ終わった皿がいっぱいに入った流しに水を入れ始めた。




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