浮 か れ チ ェ リ ー / 4-2 「ジャン、昨日はありがとう。おかげで今日の立体機動の演習すごく上手くいって・・・教官に褒められちゃった」 「ゲッ、あのキース教官にか!?」 「ううん、別の教官にだよ。前と動きが見違えたって・・・」 キースでなくても教官どもに褒められたことなどない。 呆れながらも、ジャンは教官もやっぱりオトコなのだなと思った。 もう20分くらいだろうか。器具庫の壁になまえと二人もたれかかって座りながら、今日の立体機動の演習で起こったことなどについて、あれこれと取り留めのない話をしていた。 昨日の夜、突然食堂で近付いてきたなまえが残していったメモには、“明日の夜、いつもの場所で”と書いてあった。 ジャンは彼女がみんなの前で自分にメモをこっそり渡したことだけで既に物凄く興奮していたのだけれど、その後にトイレに行ってそのメモの内容を確認した時には涙が出るほどに喜んだ。 トイレの個室の中でジャンが「イエス!!!」と叫んだので、その場にいた男子たちは何事かととても驚いた。 ずっと会いたくて仕方なかったけれど、どうやって約束を取り付けたらいいのか分からなかった。 まさか彼女からこうしてアクションを起こしてくれるなんて。 「今日、寒いね・・・」 なまえが二の腕を交差してさわり体をすくめるようにしたので、ジャンは背中と壁の間に挟んでいた毛布を抜き出した。 「これ、羽織れよ」 初めてこの器具庫で会ってから、また一段と夜は冷えるようになっていた。 ジャンなりになまえを気遣い知恵を絞って、この毛布を器具庫にこっそり持ち込んでいた。 「わあ、ありがとう」 彼女は嬉しそうにそれを受け取ると、大きく広げ、ジャンと自分を包み込むようにした。 毛布と一緒に彼女の体が自分に触れる。 そうされることなどジャンは思いもよらなかったので、激しく心臓が音を立てる。 「あったかいね」 自分の隣で、間近で、なまえはきっといつものように艶やかに微笑んでいる。 けれど、ジャンはそれを見ることができなかった。 もちろん下半身はものすごく元気になっているのだけれど、この間までのようにエロいことだけが頭の中を支配しているわけじゃない。 それにしても心臓がドキドキしすぎている。 たぶん体が触れているから、なまえには気付かれているだろう。 「お、お前さ・・・何で今日会おうって誘ってくれたんだよ」 「え?」 「昨日も・・・ビックリしたぜ」 「ああ・・・うん。私が、ジャンに会いたかったからだよ」 “私が、ジャンに会いたかったからだよ” ジャンは一瞬の間に、頭の中でその言葉を100回くらい反芻した。 その言葉はジャンの頭の中を一瞬で薔薇色に染め上げた。 できればこの言葉を額に入れて一生飾っておきたいと思ったほどだった。 「何か・・・他のヤツもいる前でなまえと話すっていうのが慣れなくて――――変な態度になって、何か、わ、悪かった」 「あは、ううん。確かにジャン、何だかぎこちなかったよね。全然気にしてないよ。にぎやかで楽しかったし」 「にぎやか!?あいつら、なまえのことをエロい目線でしか見てないヤツらだぜ?!それに―――――」 あっ、それはオレもか。 とジャンは思った。 あれ、でもそうかな?とも思った。 いまなまえとこんなにも密着している。 なのに、エロいことをしてしまいたいという欲求(それはもう尋常じゃないほどにあるのだけど)よりも、いまは彼女とこうしてできるだけ長く話していたいという欲求の方が大きくて―――――― 「・・・まあ、ああやってなまえと話せたっつうのも、オレは、・・・・・・」 嬉しかった、と言いたいのに、うまく声にできない。 何を躊躇しているんだろう。 この毛布になまえと一緒にくるまれてから、ジャンは彼女の方を一度も見ることができなかった。 しばらく沈黙の時間が続く。 彼女は、ジャンの言葉を待っているのだろうか。 「・・・・・・なまえ、その・・・・・・」 「・・・・・・?」 「あのさ、お前がイヤじゃなかったら・・・・・・」 「・・・・・・・・・」 自分は彼女の方を全く見られないんだけど、彼女は自分を見つめているのが分かった。 毛布の片方の端を持っている自分の手が汗ばんでいる。 「その・・・・・・。キス、させてくれないか」 言った。 言ってしまった。 ジャンはまばたきを早めながら、埃っぽい床を眺めた。 あんなことをさせてくれるくらいだから、許してくれるだろうか。 それとも今回は何かのご褒美というわけではないから、許してくれないだろうか。 あれ?キスの方が胸を触らせてくれるよりも難関なのだろうか。 モジモジしながら、ジャンはもうとっくに放ってしまった質問について考えていた。 「・・・・・・いいよ、ジャン」 少し間を置いて返ってきた彼女の言葉に、ジャンは心臓が痛くなるほど、切ない衝撃を覚えた。 自分が望んでいた答えが帰ってきたというのに、何でこんな気持ちになるのだろう。 「あ・・・マジかよ」 「うん、いいよ」 ジャンが言ったんじゃない、となまえが笑った。 その時ジャンは初めて毛布にくるまった状態で、なまえを見ることができた。 「じゃ、じゃあ・・・」 毛布を一旦床に置いて、二人は向かい合った。(ジャンはそれでこっそり自分の股間を隠した。) ジャンはなまえの肩に手を置いて、じっと彼女の顔を見る。 マジかよ。 本当にキスしていいのか。 なまえはオレが頼むと何でも許してくれるのか? 他のヤツにもそうしてるのか? なまえってヤツは、一体どうなってるんだ。 自分が言い出したくせに、彼女の快い返事を疑ったり、いぶかしんだり。 心臓の大きな鼓動と一緒に、なまえの肩に置いている彼の手も動いているように感じた。 「・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・ジャ、ジャン!」 なまえに名前を呼ばれ、近づけていた顔を止められる。 「ちょ、ちょっと怖いかな・・・顔が、ほら・・・」 「!!」 ジャンの顔はめちゃくちゃに強張り大きく開けられた目は血走り、鼻の穴は大きく開き、息は最高潮に荒くなっていた。 これではミーナにフラれた時と一緒だ。 ジャンは真っ青になった。 自分ではスムーズにキスへの流れを踏んだつもりだった彼は、恥ずかしさと一緒にトラウマも手伝ってどうしたらいいか分からず、ただ硬直した。 「ほ・・・ほら、急にしたら女のコがビックリしちゃうでしょ・・・」 苦笑いするなまえは、ショックのあまり真っ青になったジャンを慰めるように言った。 「だからね、こうやって見つめあって・・・」 じっと、彼女の美しい瞳が自分に向けられる。 真っ青になって硬直した体は溶かされるようにほどけていく。 「軽くかな・・・目を閉じて・・・」 だんだん彼女の顔が近付いて来る。 何だこれは。この間までのエロいことしてる時とはまた違った意味で、頭が爆発しそうにドキドキするぞ―――――― ジャンは思った。 「軽く唇を開けて、・・・やさしく、そっと――――――」 ふわっ、と、唇にとてつもなくやわらかいものが触れたのがじんわりと伝わってきた。 「こんな・・・感じ・・・かな・・・?」 少し顔を離したなまえは、恥ずかしそうに首を傾げた。 (や・・・やわらかい・・・!!!何つー気持ちいい・・・!!!) オナニーとは全く別の気持ちよさだ。 いや、下半身もビンビンに反応しているのだけれど。 キスは、キスだけは別の女の子としたことがあった。 けれどそれは、こんなにも甘美な、気持ちいいものだっただろうか。 「あ・・・なまえ・・・もう一回――――しても、いいか?」 ジャンは、たどたどしく、けれど、しっかりと彼女に訴えかけるように、まだ間近にある彼女の瞳をしっかりと見つめた。 なまえの頬がほんのり赤く染まっていくのが分かって、ジャンはますます鼓動を早めた。 「・・・あ・・・、何か・・・。聞かれると・・・恥ずかしいな・・・」 彼女はそう言って恥ずかしそうにジャンから視線を少し外したので、ジャンはもうそれが愛しくてたまらなくて、興奮して、叫びだしそうになった。 まばたきを早めて緊張した面持ちで彼女を見つめ、言われた通り、軽く目を閉じながら、軽く唇を開けながら、彼女の唇に近づけていく。 そして、“やさしく、そっと―――――” しばらく彼女に唇をつけたまま、ジャンは自分がどうしようもなく泣きそうな衝動に駆られているのが分かった。 (何でなまえにキスさせてもらえてこんなに最高に幸せなのに、同じくらい切なくて辛い気持ちになるんだ。) (何で彼女はオレの目の前にいてキスをさせてくれているのに、全く手の届かない遠くにいる存在に思えてしまうんだ。) ジャンは彼女の肩に触れている震える手に、ぎゅっと、少しだけ力を入れた。 そう、もちろん分かっていたのだ。 自分が苦しいほどに彼女に恋をしているということなんて、もう、とっくの昔に―――――――― つづく back |