訓練兵でも、特定の休日に外出許可を申請し許可が下りれば、町へ出掛けることができる。
施設内にばかりいては気も滅入るので、外出する訓練兵も多い。
すっかり秋めいてきた空はすっきりと澄んで、うすい雲が長く伸びている。
町は今日もたくさんの人でにぎわい、目抜き通りを埋め尽くしている。
屋台で売られている食材や、食べ歩き用に売られている食べ物のにおいが辺りいっぱいに広がっていて、先程お昼を食べて出てきたところだというのに食欲を刺激した。
その日は町にとびきり美人でセクシーな女の子がウエイトレスをしている評判のカフェがあるというので、男子たちは連れ立って出掛けていた。

「呆れるぜ!そんなことの為にオレたちを誘ったのかよ・・・。おいアルミン、お前が行きたいって言ってた本屋に行こうぜ」

10人でぞろぞろとにぎわう町を歩く中、エレンはアルミンの腕を引っ張り、足を止めた。
エレンは外出に誘われ一緒に出掛けることにはしたが、何の目的で町に出るかを知らされていなかった。
知らされていれば付き合いはしなかっただろうから、彼にそれを知らせてなかったのは誘った男子たちの英断だった。

「おいエレン、頼むよ〜。あのコに10人は客を連れて行くからって約束しちゃったんだよ」
「何でお前らが勝手にした約束の為にオレまで巻き込まれなきゃいけないんだ!」
「めちゃくちゃ美少女なんだって。そこらの踊り子よりずっと可愛いんだよ。しかも巨乳でめちゃくちゃスタイルがいいんだ。ここらでもすげえ有名なコなんだ。お前も見たいだろ?」
「さてはお前ら、客を連れて行く代わりに何か取引をしてるんじゃねぇだろうな?答えによっちゃオレも抜けるぜ」

半ばエレンを諭す友人たちの魅惑的な言葉にそそられながらも、ジャンは指摘を忘れなかった。
普段より、他人の甘い汁のために働くなんてまっぴらだと思っていたので。

「ジャン!ただオレたちは自分たちの顔を覚えてほしくてあのコに約束しただけなんだよ!なぁ〜頼むよ。もうこの先すぐなんだ」

立ち止まる集団の中で眉を寄せて前方を見たとき、ジャンは硬直した。
自分たちが歩く目抜き通りと交差している道を歩いていく、よく知る人物。

「あ・・・あれ!あれ見ろよ!すげえ!!ほら、空に変なもんが―――――!!!」

咄嗟に右腕を上げて店のある方向とは反対の空を指す。

「ああ?ジャン、何、何だよ?」

帰るとアルミンの手を引いていたエレンもそちらに視線をやっていた。

「おい、お前ら見えないのか?!やめてくれよ。ほ、ほら、あそこだよ、あそこ――――――」

店に向かって一番前方にいたジャンはそう叫びながら後ろを振り返り、先程見えた人物が目抜き通りを無事に通り過ぎたのを確認した。

「何だぁジャン。何も見えないぜ・・・」
「あ、悪い。何か、消えた・・・」
「はぁ!?何だったんだよ一体」
「と・・・鳥かな・・・?お、おい、店に行くんだろ?さっさと連れて行けよ」

ジャンはしどろもどろに答えた。
何でも良かったのだ。
彼らがさっきの光景を見さえしていなければ。

確かに見てしまった。
あれは絶対に彼女だった。
しかも、男と一緒だった。
背が高くて身なりのいい、年は、30半ばかもう少し上くらいだろうか。


(・・・マジかよ、なまえ―――――)


まだ心臓がドキドキとしている。

「――――ハッ、」

ジャンは道にため息を吐き捨てるようにして、集団を先導して歩き始めた。






浮 か れ チ ェ リ ー / 4-1







あの男は、誰だったのだろう。
その日以来、ジャンはそればかり考えていた。
なまえはいつも周りとは一線を画すように何人かに囲まれて行動をしているから、気軽に話しかけたりすることができない。
気になって仕方がないのは、16歳の少女と35歳くらいの男が二人で連れ立って歩いているという何やら妖しげなそのシチュエーションのせいばかりではなかった。
普段は大人っぽい彼女が、少女のような顔をして、その男の隣を歩いていたからだった。
その男の隣で、ただの少女のような、あどけなく幸せそうな笑顔を浮かべていたからだった。

(オレがこう考えてたってどうしようもねえんだけど・・・)

それについて心当たりがあったのは、この間の立体機動の演習の時に聞いた彼女の噂だった。

“なまえがオッサンと町を歩いていた”

何となく、そのオッサンと自分が見たなまえの隣にいた男は同じ人物であるような気がしていた。
恋人、なのだろうか。
そうであってほしくないという小さな予測が、彼の頭に浮かんでくる。

(考えたって仕方ないことだ―――――)

ジャンは大きなため息をついた。

「ジャン。お前、メシ残すんならくれよ」

食堂の同じテーブルで前の席に座っていた少年が、ほとんど手をつけていないジャンの夕飯のおかずを狙っている。

「ああ・・・まあ、やるよ・・・」

ジャンは興味なさげに、皿をずいっと彼の方へ押しやった。
彼はジャンがそんなにも簡単におかずを寄越すとは思っていなかったので、自分がねだったくせに彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「どうかしたのか、ジャン。最近あまり食欲ないみたいだけど・・・」
「あ?ああ・・・別に、何でもねえよ」

心配そうに自分を覗き込むマルコを、ジャンは直視することができなかった。
もちろん本当は、何でもなくないのだ。
成長期よろしく食事の量が少ないと毎日あれだけ不満を言っていたのに、それが全く気にならない程になまえの一件のことが頭から離れなかった。

2週間前に彼女に器具庫で会ったあの日以来、彼女とまともに会っていない。
町で彼女を見かけてから一週間が経つ。
最初の一週間まではずっと彼の頭にはみっしりと花が満開に咲き誇っているくらい幸福に満ちていて、あとの一週間はよく分からないもやもやに満ちていたのだけれど、最初の「事件」以来もうずっと、ジャンはなまえのことばかりを考えているような気がしていた。

「!」

少し向こうに、食堂の中をいつもの集団で歩いていくなまえの姿が目に入る。
自分の前を通り過ぎていく彼女を目で追うのは、少し幸せで、少し切ない。
なまえは食堂のドアの前で立ち止まると、集団に何かを言い、こちらの方へ歩いてきた。

「・・・・・・・・・」

最初は自分のところに来るわけがないと思っていたのでぼんやりそれを見ていたのだけど、彼女が一歩近付くごとに心拍数が増していく。
近付いて来る彼女が、自分を見ていたからだった。

「ジャン、こんばんは」
「!!!!!」

驚いたのはジャンばかりではなかった。
同じテーブル掛けていた男子たちは皆一様に驚いた。思わずガタッと席を立った者もいた。
みんなジャンとなまえが話しているところなんて見たことがなかったし、もちろん二人の間に奇妙で色っぽい関係ができているなんて知りもしない。
なまえがライナー以外の自分たちに近しいものと話す事だって、滅多にないことだった。

「立体機動の演習、明日だから・・・教えてほしいなって」

にこりと笑ったなまえの手には、教科書と、ノートが握られていた。

「あ・・・ああ・・・」

そういえばこの間器具庫で会ったとき、彼女が「立体機動を教えてほしい」って言っていたっけ。
二人で器具庫でこれからも会いたいと言ったとき彼女には「ナイショだよ」と言われていたので、暗に二人の関係はナイショにしたいと言われたのだと思っていた。
特にチャンスもなかったし勇気もなかったから大っぴらに彼女に近付いていくこともできなくて、今まで通りにしていた。
いやでも別に、自分はなまえと付き合ってもらっているわけではない。
ジャンは一体どうなってるんだと混乱しながら、ぐるぐると頭を動かした。

「おい、マルコどけよ!お前は成績いいから聞かなくてもいいだろ!」

ジャンの隣に座っていたマルコにどくよう、同じテーブルの男子が強く指図した。
ええ?とマルコは戸惑っている。

「ジャンっ、オレもお前に立体機動のこと、教えてもらいたいと思ってたんだよ!何しろこの間の演習ではトップだったもんな?!」

みんなの顔をキョロキョロと戸惑うように窺うマルコを尻目に、彼らは突然ふって沸いたように立体機動への向上心を口にしだした。
周りのテーブルにいた男子たちもわらわらとテーブルを取り囲む。
どうやら彼らはなまえと一緒にジャンの教えを請いたいらしい。
彼らはただなまえにお近付きになりたいだけだと分かっていたから、ジャンはイラッとした。
やさしいマルコはとりあえずなまえが座れるよう、席を立った。
男子たちがやんやと沸く中彼女は椅子を隣の席から引いてきていたので、マルコはそれをお誕生日席のようにして使うことにした。
それは同じテーブルの男子たちに指図されたからというわけではなく、マルコなりのジャンへの気遣いだったのだろう。

信じられない。
みんなの前で、あのなまえが自分の隣に並んで座ろうとしている。
顔を赤くしまごつくジャンとは対照的に、彼女はごく普通な様子で彼の隣に腰掛けた。
ふわりとなまえの香りがする。
あの時、彼女の胸をさわり、それにむしゃぶりついたときに香った彼女の香りと同じだ。
ジャンはそれだけで股間のモノが起き上がるのが分かったので、下半身を隠すように急いで椅子を机に近付ける。
何しろここ最近ずっと、彼女に対しての勃起のハードルが下がりまくっているのだ。

「えっと・・・どこが分からないんだよ」

元より他の男子たちに尋ねるつもりはなかったので、なまえにそう尋ねたつもりだった。
ちょっとぶっきらぼうに聞きすぎたか。
ジャンは顔を前に向けたまま、視線をちらりと彼女にやり、すぐにまた元に戻した。
器具庫で二人きりじゃなく、彼女とこうして普通の場所でまともに話をするのが初めてだから、どんな態度を取ったらいいのかよく分からない。
こんな聞き方をしたら感じが悪いだろうか。嫌われてしまうだろうか。いや、自分をおかずにしているオレのオナニーを見ても嫌がらない彼女だから許してくれるだろうか。いや、それとは別だ。
ジャンの頭の中では自分がすでに出してしまったたった一言について、盛大な反省会が行われていた。

「そうだね。使い方のコツとか・・・」
「ああ・・・まあ、お前にできるかは分かんねえけど、少しなら」

んん?!
オレは何でこんなに偉そうになまえに話してるんだ?
自分の口からついて出ていることなのに、裏腹に心の中では動揺している。
二人でいるときは、自分はまるでなまえのペットのように従順だというのに。
彼はさっきからずっと反省会を進行している。

「ありがとう、頑張って覚えて、明日やってみる」

明らかにぎこちない自分とは裏腹になまえは二人で器具庫にいるときと変わらずやさしく微笑んだので、ジャンはドキドキしながらも、ますますどうしていいか分からなくなった。

説明しているうちになまえが持ってきた教科書の立体機動装置の図の入ったページを広げたので、テーブルに座っている男子たちは彼女とジャンと一緒にそれを覗き込んだ。
彼女の反対側の隣に座っている男子がそれをいいことになまえの肩にわざと触れながら教科書を覗き込んでいるのが分かったので、ジャンはイライラした。

「でもねジャン、ここが―――――」

なまえが図を指差すと、「オレもここが・・・あっ、なまえゴメン」とわざとらしく他の男子が同じところを指さして、彼女の指に触れた。
それを真似てか、次になまえが別のところを指差すと、また別の男子が今度は指差すどころか彼女の手を握った。
彼に「間違えた、ゴメン」と言われなまえは苦笑いをしていたが、ジャンは猛烈に怒った。

「お前らな、いい加減にしろよ!勉強するつもりがねえんならさっさと寮に戻れ!」
「ま、まあまあ、ジャン」
「まあまあじゃねぇよ、マルコ。お前らこいつらにのけ者にされたのに何でかばうんだよ」

男子たちはスマンと顔を赤らめ、少しシュンとした表情を見せた。
なまえが小さく笑ったので、ジャンはため息をついて、説明を続けた。

彼女はジャンが言う事をしっかりとノートに取っていた。
なまえが文字を書くのを目で追って、女らしい字を書くんだな、きれいな指だな、とジャンは思った。

(そうだな、そのきれいな指で、この間―――――)

・・・おっといけない、また彼の股間が暴れだす。
2週間前のことはもうそれこそ何千回も思い出しては一人で「いたして」いたので、ジャンは今も鮮烈にあの時を思い出すことができる。
なまえは何故いま自分の元に来たのだろう。
なぜこのタイミングで自分に話しかけてきたのだろう。
口ではきちんと説明をしながら、頭ではあれこれと今隣になまえがいることについての意味を考えていた。

「ありがとう、何だか明日の演習、これまでよりずっとうまくできそうな気がする」

彼女が教科書とノートを揃えて置いたので、これで勉強会は終わりなのだなとジャンは思った。
そして彼女がさっさと寮に戻ってしまうことも分かったので、とてつもなく名残惜しい気持ちになった。
何しろ、ずっと彼女と話したくて、会いたくてたまらないと思っていたのに、あれから2週間もの時が過ぎていたから。

「じゃあみんな、おやすみなさい。ありがとう、ジャン」

なまえは立ち上がるときふいにジャンの太腿に手を置いて彼にそう礼を言うと、椅子を引きマルコにも礼をいい、食堂を出て行った。

「いや・・・マジ・・・すげえな、ジャン。いつの間になまえと仲良く――――――」

彼女の姿がドアに消えるまで身を乗り出して見ていた男子たちが、感嘆するようにつぶやいた。

「なまえと初めてしゃべっちゃったよ・・・ジャン、まじでサンキュー」
「オレも・・・こんな近くで初めてこんなに長い時間一緒にいさせてもらった・・・」
「すんげーかわいかったな・・・」
「マジたまんねーよ」
「あいつ、すっげいいにおいした・・・勃起するかと思った」

なまえの肩にわざと触れていた、彼女の反対側の隣に座っていた男子が恍惚とした表情でつぶやいた。
こいつには後で殴りかかってやろうかとすら思っていたけれど、ジャンは黙っていた。
彼はそれどころではなかったのだ。
彼女が最後にジャンの太腿に触れたときに、メモのようなものをそこに置いていったので。




back