浮 か れ チ ェ リ ー /1



「なぁっ、マジ今日のなまえ、最高だったよな!」
「正直オレあれで3回はヌけるわ〜」

寮の男子の集まる部屋では、就寝前お決まりの猥談が最高潮に盛り上がっているところだった。
話題の中心は、今日のなまえの身に降りかかったハプニング。
日中暑いからと水を撒いていたサシャが、通りかかったなまえにそれを思い切りかけてしまった。

「なまえのブラは透けるわパンツの線丸見えだわ・・・まじサシャGJ」

目撃した、また、それを見ようと目ざとく集まってきた男子たちは皆揃ってサシャにサムズアップを送ったという。

なまえは同じ104期生だがライナーと同い年で彼同様大人びたところがあり、周りの女子たちとは一味違った雰囲気を纏う少女だった。
尤も、周りからすれば「少女」というよりは「きれいなお姉さん」と形容した方がしっくりくる存在だった。
クリスタが同期のアイドルならば、彼女は差し詰め同期のセックスシンボルだった。
アイドルのように親しみやすく追っかけたくなる存在ではないが、色んな妄想を掻き立てられるような、魅惑的な存在。
きれいとも可愛いとも言える整った顔立ちに、少女よりも大人の女性に近い彼女の魅力的なスタイル。
そして何より、彼女にはしっとりとした、不思議な色気があった。
彼女が出自を詳しく明かさないためか、同期の間では内地の高級娼館で生まれたらしいという噂がまことしやかに流れている。
このことも、男子たちがなまえに対する日々の妄想を大きく掻き立てていた。
訓練兵になってからのこの2年ちょっとで、彼女はライナーを含む数人の男と付き合っていたようだ。
しかし彼女と付き合った男たちは皆大人びた、周囲からも彼女の相手として頷けるような男たちで、別れても彼女のことを悪く言うような者もいなかった。
彼らは多くを語らず、ただ、「なまえはいい女だ」と口を揃えて言う。
鬼教官ですらなまえにはちょっと甘いんじゃないかという話もある。
同期の男子たちは専ら彼女の噂話をあれこれとしては猥談へと繋げていった。

「お前らな〜、いつもそんな下らないことしか話せないのかよ」

エレンが呆れ顔で言った。
隣では一緒に本を広げていたアルミンが苦笑している。

「おいおい水を差すなよエレン。お前だってなまえでヌいたことの1度や2度あるだろ?」
「バッ・・・バカ言うなよ!!」
「何顔真っ赤にしてんだよ、健全な男子として当たり前のことだろーが」
「お前ら童貞クンに構うなよ、照れてんだろ。可哀相じゃねーか」

ジャンが片方の眉と口角を意地悪く上げながらそう言ったので、エレンは真っ赤な顔のまま憤慨した。

「だっ・・・誰が童貞だよ!お前はそうじゃないとでも言うのか!?」
「ああ俺はお前とは違うんだよ、ミカサに何でもおんぶにだっこのお前とは。せいぜいミカサにお願いしたらどうだ?童貞卒業もお前が面倒見てくれないかってな!」

彼の過剰な意地の悪い言い方が、本心とはかけ離れたことを口走っていることを逆によく表していた。
エレンはふざけるなと叫び、いつものようにジャンに掴みかかる。

「まあまあエレン、ジャンの気持ちも考えてやれよ。な?」

ライナーが狂犬のごとくにらみ合う二人に割って入り、話を続けた。

「でも、ジャンはいつの間に童貞卒業したんだ?」
「・・・あ?い、いつでもいいだろ!」

悪気のないライナーに投げかけられた質問に一瞬変な間を置いたジャン。
誰もが先程の彼の言葉が(やはり)ハッタリだったのだと確信した。

「まあ、焦らずに好きな女の子と大切に卒業した方がいいぜ。ヤれれば何でもいいってもんでもないだろ?」
「あ、ああ?何言ってんだよライナー。だ、だからオレは・・・」
「なあなあ、ライナーはいつ捨てたんだよ、童貞!」

皆もう嘘つきジャンの話には興味がないらしい。
確実に童貞を捨てているだろうと思われる(それだけの男気のある人物である)ライナーの童貞卒業話が聞けないかと興味津々だ。

「いつって・・・訓練兵になってからだが」

ヒュー、といくつもの口笛が吹かれた。
どうやら彼らのお目当ての話題が聞けそうだ。

「それってさ、相手は誰なんだよ!ひょっとして・・・」
「・・・まあ、想像に任せるけどな」

その大きな、男らしい唇を彼はニヤっとさせた。
彼らが想像するそのお相手は、ライナーの元彼女である彼女しかいなかった。

「いやいや・・・何勿体ぶってんだよ、なまえだろぉ?」

ニヤニヤ嬉しそうに聞く同期の顔に、ライナーは顔を少し興奮したように赤くし、彼の大きな鼻の穴を更に広げて「まぁまぁ・・・」と答えた。

「なまえってそういうのやっぱ慣れてるわけ?どこでいつの間にしたんだよ!チクショーうらやましい!」
「オレの口からそれは言えないな・・・ただ、あいつはいいオンナだったぜ」

兄貴風を吹かせる彼の男らしい答えに、誰もが皆「カッコイイ」と思った。
まぁ、オレは今クリスタだな!とライナーが言ったので、おお〜と周りは歓声を上げた。
ジャンはその歓声に加担せずふてくされていたが、正直、自分からライナーに話題が逸れてよかったと心からホッとしていた。



「・・・おい、ミーナ。お前、今度の休みオレと、デ、デートしろよ」

真っ赤な顔でたどたどしく言った彼に、ミーナは憚りもせず「はぁ?」と顔をしかめた。
ジャンはショックだった。
それなりに決意を持って、勇気を出して彼女にそう言ったのに。

「何で私がジャンとデートしなきゃいけないのよ。あんたはミカサが好きなんでしょ!」

図星だ。
彼の妥協した相手がミーナだった。
ミカサはとても自分の童貞卒業の相手になってくれそうな雰囲気がない。
そこで思いを巡らしたところ、可愛いと思っていたミーナに(勝手に)白羽の矢を立てた。
ここで心が折れてはいけない。
自分には大きな目的があるのだ。

「・・・・・・いや・・・お前って・・・可愛い・・・ジャン・・・」

折れそうな心をぶらさげたまま、ジャンはもう一度勇気を出した。
その甲斐あってか、一瞬の間の後ミーナは顔を少し赤くして、照れ隠しなのか小さくエヘンと咳払いをした。

「・・・・・・まぁ、いいけど。」
「・・・ほ、ほんとか!?よっしゃ!約束だぞ!絶対だからな!他のヤツには絶対ナイショだぞ!」

ジャンは成績優秀で憲兵団に入るのも確実だろうと言われている。
背が高くて、馬面だけど不細工ではないし顔もまぁキライじゃない。
ミーナはまあいいか、とスキップでもしそうな勢いで嬉しそうに外へ駆けていくジャンの背中を見送った。

ジャンはミーナと話していた食堂から出てガッツポーズをしながら嬉しさに顔を思い切りほころばせた。

(絶対ミーナでキメてやる!童貞卒業してやる!!エレンよりも早くだ!!そして、いつかミカサと・・・ミカサをリードして俺が・・・)

「おいジャン、鼻血出てるぞ」

ちょうど彼の前を通りかかったコニーがそう声を掛けたので、ジャンは鼻血を出したまま、得意げな顔で「まぁな!」と言った。
そしてコニーの背中を嬉しそうにバンバンと叩いた。
叩かれた背中が痛かったし全くわけが分からなかったけれど、コニーは面倒なモノに係わらないよう、まぁいいや、と鼻血を垂れ流すジャンに愛想笑いを浮かべた。



ミーナとのデートは、寮から歩いて20分くらいのところにある湖に出かけることにした。
彼女が弁当を用意してくれると言ったので、きれいな景色を見ながら二人でそれを食べる。
そして、ムードたっぷりに彼女に迫り、そこであわよくば・・・。
妄想の中で繰り広げるその予行演習で、彼は一体何度一人で「いたして」いたことだろう。
とうとう迎えた当日、寮の外れで彼女を待ちながら、ジャンはニヤつく顔を抑えられずにいた。

ミーナは可愛らしいワンピースでバスケットを片手に、少し恥ずかしそうに現れた。
二人で出かけることを誰にも言っていないから、そのことが余計にドキドキ感を煽る。
ジャンは勇気を出して、少しどもりながらも「かわいい服だな」と彼女に言った。
彼女もジャン同様やっぱり照れくさそうにしていたが、二人は湖に向かって歩き出した。
人生最高潮に、というくらいにジャンはもう舞い上がっていて、同時にこれからの計画に鼻息を荒くもしていた(既にアレが元気になりだしていたくらいに)。



「もう二度とジャンなんかと会わない!!」

帰り、寮のはずれまで着いたときミーナに絶縁状を叩きつけられてジャンは呆然としていた。

湖で二人でバスケットを広げてランチを食べるところまではとても上手くいっていた。
ジャンはミーナがみんなに気付かれないようこっそり用意してくれたランチにとても感動していたし、本当にミーナのことが好きだと思った(ミカサのことは別として)。
問題はそこからだった。
ランチを食べ終わり湖を二人で見渡していたとき、ジャンがそっとミーナの手を握った。
そこまでも良かった。
ただし、それに照れたミーナがジャンの顔をそっと見つめた時、話が変わった。
ジャンは鼻息を荒くして、彼女の腰に手を回し早速キスをしようとしてきたのだ。
鼻の穴を思い切り広げて荒い息で自分に迫るジャンに「イヤ!」とミーナは抵抗したのだけど、ジャンはやめようとしない。
ミーナ、ミーナとジャンが迫ってくるので、彼女は恐怖すら覚えた。
やっとの思いで「ちょっと待って」と彼を止め、たまたま下に目をやった時、見てしまったのだ。
悲しい程に思い切りテントを張っている、彼の下半身を。
この世で最も汚らわしい物を見るかのようにミーナは顔を真っ青にして、バスケットも持たずに走り出した。
彼女が一人帰ろうとしていることが分かったので、ジャンは慌ててランチの後片付けをし、バスケットを持ってミーナを追った。

「わ、悪かった、ミーナ。オレ、ちょっと浮かれてて―――――」
「聞きたくない!ほんと気持ち悪い!!」

引きとめようとミーナの肩に手をやった彼の手を、彼女は思い切りはたくと寮へ入っていった。
はたかれた手をそのままに、ジャンは彼女の背中が見えなくなっても呆然とそのまま立ち尽くしていた。

「何だぁジャン、何の騒ぎだ?」

ミーナの叫び声を聞いて、わらわらと同期達が集まってきた。
男子は何やら面白い話が聞けそうだとニヤニヤと彼に近付いて来る。

「なっ・・・何でもねーよ!」

ジャンはミーナの残したバスケットを後ろに隠した。

「何だよそのバスケット〜。お前の持ち物ってわけでもないだろ?」
「ミーナと何してたんだよぉ、ジャン!」

うるせーよ、とジャンは彼を振り切り寮へ戻ろうとした。
一体誰が、童貞卒業を企んで(妥協した)ミーナにデートを申し込み、興奮しすぎて下半身が暴れだし気持ち悪いと言われて結局失敗に終わったなどと言えるだろう。

「もう、どけよ!邪魔だっ!」

群がる同期たちをはねのけ体を押しのけ・・・

むぎゅっ

明らかに男の体の感触ではない手触りに、ジャンは動きを止めた。

「いた・・・」

女の声だ。
はっとして自分の手の先を見る。

「あ・・・あ・・・す、すまん・・・・・・」

なまえだった。
しかも、自分の手はなまえの胸を鷲掴みにしていた。
顔には一気に血が上り、ジャンは硬直した。
やんやと騒いでいたその場は、一瞬にして静まり返る。
正直なもので、手は彼女の胸を解放しようとしない。
むしろ、最初よりも強く掴んでいるような。

「・・・ちょっと、手を離しなさいよ!」

隣にいた女子が物凄い剣幕でジャンの手を払いのけた。
サイテー!という声がいくつも上がっているのが聞こえる。
はっと我にかえったジャンは、一気に青ざめた。
さっき湖でミーナに向けられた、あからさまな自分への拒絶と、向けられた嫌悪感が蘇る。
自分のしでかした事とはいえ、彼はそれにとても傷付いていた。

見つめているなまえの表情がミーナのようなそれに変わるのが耐え難く、怖いけれど、硬直している自分の目を彼女から反らすことさえできなくて。
棒立ちのジャンは、血の気の引いた自分の顔の口角とこめかみが小さく震えているのが分かった。
驚いたような表情を浮かべていたなまえは両手でそっと胸を隠すように覆うと、少し顔を赤くして言った。


「もう・・・ジャンの、エッチ」


ジャンは青ざめた顔がまた一気に真っ赤になるのが分かった。


(―――――神様!!!)


なまえは自分を拒絶したりしなかった。
やさしい。彼女は何とやさしいのだろう。
そして、彼女の照れ隠しをするように少し尖らせた唇とその表情と、その魅惑的なセリフのチョイス!
彼女は何て可愛くて、セクシーで、魅惑的な存在なのだろう!
なまえの一言に悩殺されたジャンは、彼女の周りにラッパを吹き鳴らす天使が何人も飛んでいるように見えた。
群がっていた男子たちがおおおおおと歓声を上げたのが遠く聞こえてくる。

すでになまえは女子たちと一緒にジャンのいたところから去っていたのだけれど、ジャンは幸福感を天から洪水のように授かった気分で、そのまま恍惚とした表情で天を仰ぎ立ち尽くしていた。

「おいジャン!その手触らせろよ!」

先程まで彼をからかおうとしていた男子たちが今は偉業を成し遂げたジャンにあやかろうと彼を取り囲み次々にそう言ってきたので、ジャンはなまえの胸を鷲掴みにした左手を右手でかばうと、真っ赤なまま優越感をその顔に浮かべニヤリと笑った。

「・・・オレがこの聖なる左手を誰かに触れさせると思うか?バカ共が!」


その夜、ジャンはその手で10回はヌいたらしい。


つづく
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