プリンちゃん 兵士になって3年。 生き残ってるだけで精鋭扱いになるこの調査兵団で、私は大した成績も上げずにおめおめ生き残ってしまっている。 それもこれも、自分の存在感のなさのおかげで。 ええ、よく言われてるからいいんです。 班長のネスさんにも同期にも先輩にも後輩にも! 「なまえは存在感がないから巨人も気付かないんだね」って! 生まれてこの方、私の人生ってこんなもんなんです。 子供の頃はかくれんぼではりきって隠れると、鬼が全然見つけに来ないからおかしいな〜と思って様子を見に行くといつの間にかかくれんぼは終わっててみんなもう次の遊びをしてるし(だからすぐ見付かるところにしか隠れなくなった。それでも見付からないこともよくあった)、 家族とか友達と歩いててもよくはぐれるし(しかも私のせいにされる。いつもちょっと横見てる間に勝手にみんながどこかに行っちゃうのに)、 訓練の時にペアを組むときもいつも私だけ1人残っちゃうし、 資料とか配られるものとか、私の分だけないってこともしょっちゅうだし、 食堂のご飯だっていつも私の前の人で食べたかったものがなくなっちゃうし、 そう、あの日もそうでした。 兵長と初めてまともにお話をした日。 あの日は珍しくデザートにプリンが出た。 食堂に行くのが遅れちゃった私は、審判を待つようにドキドキしながら列に並んで自分が受け取る番を待ってた。 そしたら、ほら。やっぱり私の前の人でプリンがなくなっちゃった。 「ええっ・・・!!今ので終わりなんですか!?プリン・・・!」 「ごめんねぇ〜〜人数分用意してあったはずなのに・・・おかしいねぇ」 「そ、そんな・・・!私のプリン・・・!めちゃくちゃ楽しみにしてたのに・・・!!!」 私はその時冷静じゃなかった。 だって、その日に限って食堂に行くのが遅れてしまったのだから。 それは午前中ずっと備品の点検をしてて、いつまでも「終わってよし」の号令を聞けなかったためで。 気が付いたときにはもうみんな食堂に行ってしまっていた。 そう、存在感のない私はみんなに忘れられて「もう終わっていいって言われたよ」って声を掛けてもらえなかったのです。 食堂に向かうときは私は正直諦めにも似た気持ちで「またか・・・」と思ったんだけど、とぼとぼ食堂に着いたときにみんながプリンをトレーに乗せてるのを見た瞬間、私の気持ちは珍しく怒りにも似た気持ちになったのです。 いつもは「またか」って諦められるの、すぐに。 でも、その時だけは「何でいつも私ばっかり!」って。 だからさ、列に並んで期待半分諦め半分でドキドキしてたんだけど、私の目の前でプリンが切れたときに「やっぱりね!」って思って。 やりきれない・悲しい・なんで私ばっかりいっつも! だから、みっともないって分かってたけど、みんなの前で調理係さんに泣きついてしまった。 情けない話、本気で涙が出そうになってて。 だって私の人生いっつもこんな風なんだもん・・・。 どうしてどうしていつもこんな風にって、プリンがもらえなかった以上のダメージになって私の心に突き刺さった。 「やるよ」 調理係さんに泣きついてた私のトレーに、すっと、プリンが差し出された。 驚いて振り向くと、何と、“あの”リヴァイ兵長だった。 「こんなことでベソかいてんじゃねぇよ、てめぇいくつだ?」 兵長はとことん呆れたような、軽蔑したような顔で私を見ていた。恥ずかしかったけど、でも、ものすごくうれしくて! 全然話したことなんてなかったから「すみません、ありがとうございます」としか言えなかったんだけど、本当に感動した。 怖そうな人だと思ってたけど、めちゃくちゃいい人じゃんって・・・。 実はそのプリンは食べてみたら卵の殻が入っててちょっとブルーになったんだけど、それでもやっぱり嬉しくて、幸せだった。 私の人生にも、たまにはいいことあるんだなって・・・。 それ以来、兵長は私を見かけるとたまに声を掛けてくれる。 「おいプリン」って。 「ネス班のなまえ・みょうじといいます」って言ったんだけど、次に声を掛けられた時もやっぱり「おい、プリン」だった。(もう一度その時名乗ったけど、その次もやっぱり「おいプリン」だった。) やっぱりね、存在感ないからさ、私。 覚えてもらえないよね・・・。 もう「プリン」でもいいかなぁ。 あの有名な兵長に、私っていう存在を覚えてもらえただけで。 その日の午後、偶然書庫の前を通りかかったときも、やっぱりそうだった。 「おい、プリンよ」 「あ・・・あの、ネス班の、なまえ・みょうじといいます・・・」 「ああ、なまえだったか。丁度いいところにいてくれた。お前どうせ暇だろう?」 別に暇だってわけじゃないんだけど、もちろん「はい」と答えなくてはいけない。 「今日中にウォールマリア南部地域の資料を探してオレの部屋まで持ってきてくれ。詳細はここに書いてある」 兵長は書庫の鍵と細かい字が箇条書きでびっしり書かれた紙を私に渡し、「頼んだぞ」と言うとさっさと歩いていった。 そんなに簡単に言うけどさ、書庫って結構広いし、この紙見た限り探さなきゃいけない資料の数もかなりあるぜよ・・・。 (・・・まぁ、いいか。プリンの恩もあるし!(もう結構前だけど。)) 私は小さく拳を握って気合を入れると、書庫の鍵穴に鍵をガチャっと入れた。 資料は大方探し出せたと思う。 広い書庫内を歩き回り探し回り、結構汗をかいた。 日は傾いて書庫内はすっかり暗がりだ。 ギリギリ資料を探し終えれて良かった。 机の上でトントン、と資料をそろえ、凝り固まった首と肩を回した。 さぁ、帰ろう。 ドアノブに手を掛ける。 「・・・?」 あれ、ノブが回らない。 もう一度ノブを回す。 やっぱり回らない。 内鍵を確認する。 内鍵は掛かってない。 「・・・ウソでしょ?」 もう一度ノブを回して、今度はドンドンとドアを叩く。 「や・・・やめてよ・・・!!」 一瞬でどっと冷や汗が出た。 本部のドアの鍵は古い作りで、外側から掛ける鍵と内側から掛ける鍵がちがう。 廊下に面しているドアも通気窓しかない。 ここは3階だから、立体機動を装備してない今、外に面した窓から出るのも難しい。 しかもこの時間、書庫の周りには殆ど人通りもない。 つまり、この書庫は外から鍵を掛けられていて、私は誰かが次にこの書庫の鍵を外から開けない限り出られない。 「ウソでしょ!どうして!?」 だって、書庫の鍵は兵長に預けられて私が持ってるはずなのに。 震える手でポケットを探る。 ・・・ない。 どのポケットをひっくり返しても、鍵がない。 私はとりあえず少しでも中が見えるうちに、書庫の中のどこかに鍵が落ちていないかを探すことにした。 まぁ、見つけたって内側からではどうしようもないんだけど・・・。 書庫の中を涙目で鍵を探そうと這いつくばったり棚の間を探したりしたんだけど、やっぱり鍵は見付からなくて、そのうち部屋も真っ暗になってしまった。 「誰か!」って何度も叫んでみたけれど、そのうちに疲れてしまった。 (私って本当に存在感ないんだ・・・きっと、誰かが私がいることに気付かずこの部屋に鍵を掛けられたんだ・・・) 絶望にも似た気持ちで、私は床にへたりこんだ。 どうしていつもこうなるんだろう。 何てしょうもない私の運命。 調査兵団を志願したのだって、こういう自分を変えたくて、何かを切り開きたくて、公に心臓を捧げようって・・・。 結果がこの様だ。 巨人にすら相手にされてないみたいだし。 いつでも私だけ置き去りだし。 プリンは私の前でなくなるし。 何度名前を言っても兵長には覚えてもらえないし。 どうしようもなく悲しくなってくる。 (このまま死ぬのかな・・・) 私は冷静ではない。 死ぬわけないのだ。 だって、明日この書庫の前に人が一人も通らないということはないはずだ。 その人に叫んで、助けてもらえばいいわけで。 でもその時の私は自分の人生を思い返して泣けてくる程に絶望的な気持ちになっていた。 (いや、私、兵士だし!) そう、戦え!勝てば、生きる。戦わなければ、勝てないのだ! 泣いてるうちに不思議なもので、自暴自棄になっているのか、何とかしてやろうという気持ちがふつふつと沸いてきた。 私はしばらくへたりこんでいた床からすっくと立ち上がると、そのまま外に面した窓に向かった。 窓の外を眺めてみると、高さは7〜8mくらいだろうか。 飛び移れそうな木は目の前にはなく、少し離れたところにある。 立体機動がないと、やっぱり外へは移れなさそうだ。 ・・・それでも。 (私は自分を変えたい) このまま一晩ここにいてもいい。 でも、こんなじめじめした気持ちのままではいられなくて。 窓の鍵を外すと、勢い良く窓を開け放した。 下を眺めると、暗がりで見えにくいけれど、階層と階層の間にわずかに出っ張ったような部分がある。 それをたどっていければ、木に飛び移れるかもしれない。 窓枠を掴みながらでも足は何とか届きそうだが、5cmもないだろう。足場にするには心細すぎる。 それでも、突然強気になった私には、ここにいるよりはチャレンジしてみた方がいいような気がして。 だって、曲りなりにも立体機動を使って壁外調査に何度も行って、こうして生き延びてきたのだから! 恐る恐る窓枠に手を掛け、半分身を乗り出した。 (怖くない、高いのは大丈夫) 高さには慣れている。 落ちるのも慣れている。 でも、いま立体機動は着けていない。 上手くいくだろうか。 手に汗がにじむ。 どきどきと、心臓が早鐘を打つ。 (・・・行こう!) 私は窓枠をがっしりと掴み、窓から外に出た。 何とか例の出っ張りに、震える足がついたようだ。 (よ、よし・・・) 歩みを進めようとした瞬間、書庫のドアが突然ガチャガチャと動き出した。 「!!」 そして、勢い良くドアが開く。 「なまえ!」 ―――――兵長! 私は開かれたドアから現れた兵長の顔を確認した瞬間、ある意味緊張から解放されたのだろうか。頼りない足場から足を踏み外してしまった。 「!!!!!」 ・・・思えば、調査兵団に入ったというのに無駄に生き延びてしまった長い人生だった。 お父さん、お母さん、今まで育ててくれてありがとう・・・ 巨人に喰われず人類の何の糧にもなれず死ぬことをお許しください、エルヴィン団長・・・(私の名前はおろか存在すら知らないであろう) 死ぬ瞬間って物事の一切がスローモーションになるって言うよね。 一瞬の間で自分の情けない人生にそう懺悔をしたのだけど。 「何やってんだ、てめぇは!」 死んだと思ったのだけど、目を開けると、リヴァイ兵長が私の腕をがっしと掴んでいた。 「へ・・・へいちょお〜〜〜〜〜!!!!!」 さすが、人類の希望の砦。 自由の翼の象徴。 あなたこそがメシア。 私は思わず泣いてしまった。 兵長はそのまま軽々と私を窓から引き上げてくれた。 「すみませんでした・・・閉じ込められてパニックで・・・」 兵長は立ったまま私を見下ろしていたけれど、呆れたように大きなため息をつくと私の前にしゃがみこんだ。 わっ、近い。 間近に、呆れきった顔の兵長のお顔。 そして、私のほっぺ目掛けて兵長の手が――――― (むにっ) 「・・・世話掛けるんじゃねぇよ、バカ野郎」 あっ。 何これ。 私のほっぺを兵長がつねってる。 涙に濡れている私の顔は一気に真っ赤になる。 「ひ・・・ひはひれふ(いたいです)・・・」 どうやらですね。 私は書庫の鍵を開けた時、鍵穴に鍵を突っ込んだまま中に入ってしまっていたそうだ。 それに気付いた通りがかりの人が中を確認し声を掛け(ほんとかよ、気付かなかったぞ!!)、反応がなかったから鍵を閉め、鍵を返却していたらしい。 いつまで経っても私が資料を持ってこないので業を煮やした(心配した、ではない)兵長は、書庫に様子を見に来てみたけど鍵が掛かっている。 ネス班長に私の所在を聞いたところ知らないといわれた。 私が勝手に依頼を放り出したと思った兵長はイラつきそこら中を探し回るが、私の姿はどこにもない。 仕方ないので自分で資料を探す為鍵を再び借りに行く。 ドアを開けたところ、私が窓からぶらさがっていた・・・ということらしい。 「兵長・・・ほんとすみませんでした・・・」 「オレが一番イラついたのはな、てめぇがオレの資料を持ち出さずに窓から出ようとしたことだ」 「あっ・・・(そっちの方が大事でしたか)」 「まぁいい、一応、少しは手間が省けたからな」 「すみません・・・」 書庫を出た後、鍵を返しに、私はちゃっかり兵長と一緒に歩いていた。 さっき兵長につねられたほっぺを触ってみる。 ・・・ちょっとまだ、痛いかな? 「兵長・・・あの・・・」 「何だ」 「いい加減私の名前・・・覚えてください」 兵長はまた、呆れたような顔で私をじろりと見た。 「イヤでも忘れねぇよ、こんなバカ野郎は」 うんざりしたように兵長はため息をついた。 でもね、兵長、私その顔キライじゃないです。 ・・・それからさっき、名前を呼んでくれてうれしかったです。 私はまだちょっとだけヒリヒリするほっぺたを触りながら、もう少し痛みが続くといいななんて思いつつ、兵長に見付からないようこっそりにやついた。 おわり back |