酔 え ま せ ん で し た



「あぁなまえ、気を遣わなくていいのに」

エルヴィンは斜め前の席に座るなまえに少し上気した顔でそう伝えたが、なまえは手を止めず、目の前の大皿のクドそうな料理を飾りのレタスと一緒にせっせと彼の為に取り分けた。

(は、甲斐甲斐しいもんだ)

それを横目にリヴァイは、いつものようにエルヴィンの隣で足を組みふんぞり返り座って、もう何杯目かのジョッキを飲み干した。


なまえはエルヴィンの管を巻くしゃべりにも、何度も頷きながら一生懸命耳を傾けている。
まぁいつも通り、彼の仕事に対する情熱を語っているわけだけれど、何しろ久しぶりの無礼講の宴会だ。
いまこのテーブルには誰もその話を聞いている者はいなかった。
たった一人、エルヴィンに「お熱」の彼女を除いて。

「おい、オレにも取れよ」
「あ、すみません」

彼女はエルヴィンの小皿が空くか空かないかのうちにすぐに彼の皿に料理を取り分けるというのに、リヴァイの皿に関しては殆ど関心がないらしい。
リヴァイの皿の盛り付けには料理と一緒に、飾りのレタスが申し訳程度に載せられていた。
どうぞ、となまえが差し出した小皿を、彼は少し呆れながら受け取った。

「分かりやすくてムカつくな、てめぇは」
「え?」

この宴もたけなわな騒がしい会場の中、なまえはやはりエルヴィンの話を聞くのに一生懸命で、リヴァイの話など気もそぞろだ。

「ちょっと失敬」

エルヴィンが席を立ったので、なまえは両手で持っていた自分のジョッキを口に運んだ。
ごくり、と彼女の喉が動く。
それから、この会場から廊下へ出るエルヴィンを目で追った。


「ねぇ兵長、エルヴィン団長、遅くないですか」

彼女は落ち着かない様子で言った。

「・・・まだあいつが席を立って1分も経ってねぇ」
「えっ、そうかな」
「大方クソでもしてるんだろう」
「は、はぁ・・・」

リヴァイは今度は空になったジョッキを差し出した。
本当は、小皿を差し出した時にでも彼女が気付くだろうと思ったのだけど。
なまえは落ち着かなさそうにピッチャーからビールをたっぷりと注いだ。

「・・・エルヴィンの好みのタイプを教えてやろうか」
「えっ、えっ、」

急に顔を赤くして恥ずかしそうにしたなまえに、リヴァイはますます辟易した。
彼女が誰を好いているのか、誰も気付いていないとでも思っているのだろうか。

「あいつはな、乳がボロンと出てて腰がキュッとしてケツがボンッと出てるソソる体型の女がいいんだよ。あいつはそういう女を後ろからガンガン突くのが好きなんだ」
「・・・・・・・・・」

なまえは無言のまま愛想笑いをしながら、自分の頭を撫で付けた。

「言っておくがな・・・これはオレ以外のヤツに聞いたって同じ事を言う。何しろ、昔から付き合う女は皆そのタイプだからな」

彼女は目をぱちぱちとしながら、もう一度ジョッキを口へ運んだ。

「あ、あの、やっぱりエルヴィン団長遅くないですか」
「クソでもしてるんだと言ってるだろう、何度も言わせるな」
「でも・・・少し酔ってらっしゃったみたいですし・・・私、少し様子を見てきます」

なまえは席を立った。リヴァイも一緒に。

「・・・兵長?」
「何だよ。オレもクソなんだ」

少し怯えた表情のなまえに、リヴァイはイラついた。

廊下へ出ると、会場の熱気から一段階落ち着いた、涼しい風が流れているように感じた。

リヴァイとなまえは肩を並べて歩いているが、何も話さない。
次第に会場から聞こえる騒ぎ声も小さくなり、二人が石造りの廊下を歩く足音が少しずつ大きくなっていった。
それでも二人は何も話さない。

トイレに着き、なまえは狭い男子トイレの入り口に立った。

「おまえ、入ってくる気か」
「え、だって・・・あ、でも兵長が、」

そう言った瞬間、なまえはリヴァイの腕で壁に押し付けられていた。
彼女は驚き、何事かと言った表情でリヴァイを見つめている。

リヴァイはおもむろになまえの額の少し上に、自分の額を押し付けた。
彼の前髪が、サラ・・・となまえの顔に触れる。



「なまえ。おまえは、オレにしとけよ」



なまえは目をパチパチとして、いま何が目の前で起こっているのか分からず混乱しているように見えた。

「・・・あ、・・・・・・」

「あんな馬面ヅラ野郎のどこがいい。あいつはスケベで、セックスだってスケベな体の女にしか興味のない、ガンガン突くしか能のないヤツだ」

リヴァイから視線を逸らしたなまえは、目に涙を浮かべていた。
彼はもうそんな彼女にうんざりして、彼女にはお構いなしで、ゆっくりと唇を彼女の唇に近付けた。


「・・・・・・・・・・・・」


二人の唇は触れることはなかった。
リヴァイが彼女を解放したのだ。

「・・・ヤツの様子を見てくるといい。せいぜいクソしてる音でも聞いてくるんだな」

なまえから一歩離れそう言うと、リヴァイはさっさと会場へ歩いていった。
カツカツと聞こえる彼の足音が遠くなっていったので、なまえはそれが遠くの騒ぎ声に消えていったのをぼんやり確認すると、おそるおそる男子トイレの入り口のドアを開けた。


おわり

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