エ ン ド ロ ー ル の 間 の 話




リヴァイと別れた。

調査兵団内でも私とヤツが付き合っていることが公然な事実である程に、かなり長く付き合っていた。
それでも、ヤツと別れるのは簡単なことだった。
「別れたい」とただ言っただけ。
ヤツは「そうか」と言った。
こんだけ付き合って終わりが3文字かよ、とも思ったけど。

オンナの一番いい時期を棒に振ったかもね!


私がリヴァイと別れるのを待ってましたと言わんばかりに、すぐに告白してきた女の子がいたらしく、どうやらリヴァイはその子と付き合いだしたらしい。
(周りは痛いほど気を遣って私をその情報から遠ざける。別にどうでもいいのに。)


知るかよ、そんなん。
知ったこっちゃないわ!



――――だって、私はもうリヴァイの彼女じゃないし、

リヴァイだってもう私の彼氏じゃないし、―――――



だから、別にもうどうだっていいんだよ?
正直、ムカつくから「おめでとー☆がんばってネ!」なーんてとても言えないけどね!


(リヴァイとの間ではいちおう、)壁内にいる週末は私と出掛けてどちらかの部屋で食事をしてお泊まり・・・というのが二人の決まりだった。
もちろんそれでも会えるときは大体会っていたけれど、リヴァイは忙しくて(私だってもちろん忙しかったけど!)私とゆっくり会うような暇はなかなかなかった。
だから、週末は二人にとって特別だった。

まぁ、そんなわけで今日はまだ二人が付き合っていれば、ヤツと会っていたはずのその日。
何となく予定も入れられなくて、家でゴロゴロ転がってみる。
けど、そのうちに何だかこうしているのが無性にくやしくなって、急に外に出ることにした。

一人で出掛けるのだって、きっと楽しい、はず!

まず、お気に入りのカフェでお茶をして、ゆっくりしよう。
それから、買い物をしよう。
今日は気合を入れておつまみを作って、一人でお酒を飲もう。
奮発してハムを買って、ディップを何種類か作ろう。
お魚のカルパッチョを作ろう。

・・・いや、やめよう!!

だってだって、それって完全にリヴァイと会ってた時のルートじゃんね!!!
あぁ〜〜〜嫌だ嫌だ。
習慣って怖い。
私に染み付いた年月よさようなら。
今日は外食します。一人でも、意地で!


荒ぶる私は早速メイクをして服を着替え、玄関に置いた全身鏡でチェックする。

(・・・あ、今日は、)

会った瞬間に足のつま先から頭のてっぺんまで舐めるように眺めてくる小姑のようなヤツと会うわけじゃなかった。
だから、お出かけ前の入念なチェックなど不要なわけで。
一気に自分の気持ちに水を差されたような気分になる。

あぁ〜〜〜嫌だ嫌だ。
習慣って怖い!

嫌な気持ちを振り切るように、勢い良くドアを閉め、家を出た。




週末の町を久しぶりに一人で歩いても、景色は全く変わらなかった。
だって、私とリヴァイが別れただけのことで、世界には何の影響もない。
それでも目の前の風景にちょっとした違和感を感じてしまう自分が少し悲しかった。

今日はどうしても避けようかと思ったけれど、ヤツとの行きつけだったお気に入りのカフェはヤツと別れてもやっぱり私の一番のお気に入りのカフェで。
店の前をウロウロしながら何度も迷いながらも、結局店に入ってしまった。マスターはお一人なんて珍しいですね、とにこりと笑うと、いつもリヴァイと座っていたテラス席へ私を案内した。
ぎくしゃくしながら結局いつも頼んでいた紅茶を頼み、店内を見回す。

ほら、何も変わらない。
ヤツが隣にいない以外は。

やがて、あたたかい、きれいな濃いオレンジ色の紅茶が運ばれてくる。
ポットからカップに注ぐと、何とも言えないさわやかな香りがした。

・・・ほら、何も変わらない。

静かに、紅茶を口にした。



マスターが気を利かせてサービスしてくれた小さな焼き菓子を食べていると、
店の前を通り過ぎるよく知る顔を見つけた。

「ハンジ!!!」

そう、私はさびしかったのです。
顔見知りを見つけて嬉しくて、めちゃくちゃテンションが上がってしまったのです。

「なまえ!今日は奇遇がたくさん起こるな」

一瞬キョロキョロとした彼女は店のテラスに立ち上がった私を見つけると、ニコニコと話し掛けた。

「君はこれから暇?」
「え、何で何で!」

私は期待いっぱいに答えた。
そう、私は一人でとてもさびしかったのです。(二度目。)

「さっきね、ミケとナナバたちに偶然会ってね!後で良かったらみんなで食事しようってさ」

うそ!うそ!超嬉しい!ハンジが天使に見える!
行く行く!と二つ返事で答えた。

ハンジは本を買いたいとかでこれから書店に寄って、それから店に向かうらしい。
どうせ、変態っぽい生物学とか歴史とかの本を買いに行くのだろう。
そして、今まで100回くらい聞いた巨人たちの話を、ヨダレを垂らしながら私にするのだろう。
それでも私は、喜んで彼女についていくことにした。

彼女はやっぱり私がもう何百回も聞いた巨人たちにまつわる話を、いつも通り、恍惚とした表情で話し続けた。
(回数については多少過剰申告しているかもしれません。)
けれど、今日の私はそれでもとても楽しかった。
(散々耳タコなので、いつもは右から左です。)
適当な質問を2、3すると、ハンジはめちゃくちゃ嬉しそうに私の手を握り、ますます力を入れて巨人たちの話をした。




食事の約束は19時だったらしい。
ハンジがヒートアップしすぎて、店に着いたのは19時30分を回っていた。

「ごめんごめーん、遅くなっちゃった!」

ハンジが店の奥に座る一行に手を上げた。

「なまえもさっき偶然会ってね、連れてきたよ!」

二カッと笑うハンジに私が続いて顔を出した瞬間、事件が起きた。




リヴァイがいた。




不覚だった。
ハンジの言う通り、今日は「奇遇がたくさん起こ」っていたらしい。
できたての彼女とデートでもしてればいいものを、同じく一人で町をうろついていたリヴァイが、ミケとナナバに出会い私と同じようにこの食事に誘われたらしい。
ドアから席がさ、死角になってなかったら、リヴァイに気付いて悲劇が起こる前に店を出られていたかもしれないのに。
ハンジと一緒にテンションが最高潮に上がっていた私が陽気に「ハァーイ!みんなお待たせっ☆」ってハンジの背中からひょっこり顔を出したとき、目の前には小さいくせにいつも通りえらそうにドーンと座っているリヴァイ。
・・・私、リヴァイとバッチリ☆目合ったんすけど・・・。ハァーイ・・・。

もちろんこのメンバーはみんな私とリヴァイが別れたばかりだということを知っている。
他のテーブルの客たちの楽しそうな話し声と陽気な音楽が鳴り響く中、私たちのテーブルの空気は悲しいほどに凍りついた。

何これ、あたし、何の罰ゲーム?

ミケ、ナナバ、ハンジは真っ青な顔をして引き攣った笑顔を浮かべていた。


「・・・よう」
「ああ・・・どうも・・・」(何いってんの私?)


何かよく分からん挨拶をしてきたリヴァイに私はどうでもいい上ずった返事をし、私はそのままハンジに促され一番端の席に着いた。

お通夜ムードの凍りついた空気を何とかみんなが(痛々しいながらも)盛り上げてくれて、私は盛大に酒を飲んだ。
店に流れる陽気な音楽を、ハンジと肩を組んで大声で歌った。
いつも通りに時折つまらんことを言うリヴァイをスルーしながら、みんなと大声で笑い話した。

隣のハンジがトイレへ席を立ったので、ふとリヴァイに目をやってみる。
ヤツはいつも通りに足を組み、眉間に皺を寄せたえらそうな顔でジョッキを口にしていた。


この角度から眺めるヤツの姿に、少しの違和感を感じる。
・・・ついこの間までは、こうして仲のよいメンバーで集まるときは絶対に私はリヴァイの隣にいた。
付き合う前からそれが当たり前でさ!
考えてみれば、そうだった。
いつも隣にいたんだ、リヴァイの。
今頃気付く。



(リヴァイ以外の)努力の甲斐あって、飲み会はとても盛り上がった。
あのクールなミケとナナバの爆笑を誘うほどに。

「・・・何だ、リヴァイ。帰るのか?」

突然ミケが言ったので、私はヤツを見た。
リヴァイは金をテーブルに置き、席を立った。

「ああ、すまん」
「何だいリヴァイ!これからが楽しいところなのに!」

(止めなくていいのに、)酔っ払ったハンジがリヴァイに絡んだ。

「どうした?」

私がいることに気まずくなったのかと気を遣ったのだろう。ナナバが聞いた。

「あぁ・・・・・・。ちょっとな」
「ちょっと、ちょっとって何だい!せっかくこれからものすごい話をさ!するところなんだよ!」
「どうせもう何百回も聞いてる話だろ」
「何だよリヴァイ、つれないねぇ、何でだい!聞くまで帰さないよ!?」

絡みすぎるハンジに、リヴァイは舌打ちをし、面倒くさそうに言った。

「アイツと会う約束、忘れてたんだよ」

「リヴァイ〜〜〜!!!!」

“アイツ”という言葉に再び青ざめた顔をして下を見たミケとナナバをよそに、君って最低だよ!男として!とハンジは楽しそうに叫んだ。

「どこどこ?着いていっちゃうよ!?」
「あのな、すぐそこなんだよ。お前まじで着いてくんなよ。」



・・・彼女と会うのか、これから。



リヴァイがテーブルを後にしてしばらくしてから、トイレーと行って私もこっそり外へ出た。



・・・あのね、新しい彼女の顔くらい見ときたいのよね。
その子、私がリヴァイと別れたの、うれしかったんだろうなぁー。
うわ、嫌なオンナですか?私って!



店の前で右左を確認し、見つけたリヴァイの背中を急いで尾ける。
本当にすぐそこだったらしい。
1分も歩く前に、店の前の通り沿いで、リヴァイは噴水の脇に座っていた女の子に向かって小さく手を上げた。
半べそをかいていたであろう女の子はほっとした様子でリヴァイに甲斐甲斐しく駆け寄ると、その腕にぎゅっとしがみついた。
「すまん」とでも言ったのだろうか。
女の子が怒ったように笑うと、リヴァイも小さく笑い、二人は腕を組んだまま歩き出した。

チラッと見るだけのつもりだったのに、何となく私はフラフラと彼らの後を着いて歩く。




(リヴァイが、笑いながら、私じゃない女の子に腕を組まれて歩いてる・・・)







((――――私はもうリヴァイの彼女じゃないし、

リヴァイだってもう私の彼氏じゃない――――))






後姿しか見えないのにさ、二人の幸せそうな顔がすごく浮かんできて。

・・・私ってば、本当に情けない。
二人の背中を見るうちに、涙がボロボロ出てきた。



―――――別れたのは、お互いに嫌なところしか見えなくなってしまったから。

言い出したのは、私。
最後、リヴァイが好きだったかどうかも分からないと捨てぜりふを吐いてやった。


・・・けどさ、(少なくとも私にとっては、)あんまりリヴァイの隣に長くいたから、
だから、それが当たり前にずっと続くのかとおもってたのよ


だからそうやって、これからもずっと一日一日をリヴァイと過ごしていくんだと、・・・過ごしていけるんだと、




・・・それだけのことなのに。




きっと私は、長い間読んでいた物語が終わってしまったんだということを、まだ自覚しきれていなかったんだと思う。
むしろまだ、続いているのかも、なんて心の奥底では期待してしまっていたわけで―――――――

私はまだその物語のあとがきを読みながら余韻に浸っていたところで、やっとその終わりを実感したというか、してしまったというか・・・
物語の中の良かったことも嫌だったこともいろいろ思い返して、最後らへんはもう嫌になって読むのやめようかななんて思ったりもしたけれど、でも、最終的には良かったことの方が多かったように感じて、


―――けれどそれはもう、終わってしまったことで。


歩いていると、町中のいろんなところにリヴァイとの思い出が落ちている。
私の誕生日にリヴァイが予約をしてくれた店、まずいと二人して悪口を言った居酒屋、ヤツへのプレゼントをこっそり買った店。
何度も一緒に通ったお気に入りのバー、まだ付き合っていない頃ヤツが突然私にキスをしてくれた場所、好きだった見晴らしのいい公園。
急に怒り出した私が帰ると言い出しケンカした場所、二人でよく通った路地裏の、毎年花が咲くのを楽しみにしていた知らない家の花壇。
仲間と飲んではしゃぎすぎて怒られた店、買って買ってとせがんだ花屋、めずらしくリヴァイが路上で私を抱きしめた場所。
誰かに見付からないよう、こっそり手を繋いで何度も歩いた町。
いつも隣にいてくれた。
思い出す景色のそのすべてには、いつも隣にリヴァイがいる。

今はそのすべてが遠い、私とは全く関係のない世界の出来事だったかのように、次々と通り過ぎていく。取り戻せない時間、過ぎ去ってしまった二人の時間、もう戻れない、二人で過ごした楽しかった時間たち。


本当はまた戻ってきてくれると思っていた。
望めば簡単にその時間が戻ってくるような気がしていた。


1年に一度、記念日に必ず二人で行っていた場所があった。
でももう二度と、その日にそこへ行くことはない。


全ては過ぎ去り、もう取り戻すことができないのだということに、私はようやく気付いたのだ。



・・・私はそれが悲しくて、だから、きっとこうして泣いている。



――――リヴァイ。

うそだ、うそだった。

「あんたのことが好きだったかどうかも分かんない」なんて捨てぜりふ、うそだった。

好きだったみたい。

やっぱり好きだったみたいだ。



・・・すごい、好きだったよ。




泣いているうちに私は呼吸もしっかりできなくなってしまって、その場にしゃがみこんだ。

うわごとのように「行かないで、」と小さくつぶやいたけれど、リヴァイの背中はそのまま見えなくなってしまった。



―終―

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