彼女は、給仕してくれる執事のエルヴィンの手を見つめるのが好きだった。
彼の大きな手は、男らしくて、頼りがいがあって、あたたかくて、彼そのものだと思った。
エルヴィンは大層彼女の父親に信頼され気に入られており、執事が住むには立派すぎる部屋と、彼専用の身の回りの世話をする使用人を2人も雇ってやっているほどだった。
彼はとても賢かったので、執事以上の働きを求められていた。
執事であるのに、彼女の父親はやたら彼に助言を求めたがった。

がっしりとした体格で背はとても高い。
彼以上に背の高い人物を、彼女は見たことがなかった。
とても立派な体躯をしているのに、彼の髪はとてもつややかな金髪で、きっちりと撫で付けるように前髪が横分けされていて、清潔感がある。
瞳の色はビー玉のように鮮やかできれいな水色で、彼の瞳を覗き込むと吸い込まれてしまいそうな気持ちになる。
物腰がとてもやわらかで、彼女は小さな頃は、エルヴィンはどこかの国の王子様で、わけあって自分の家に仕えているのだと信じ込んでいた。

「エルヴィンの淹れてくれるお茶はうまいなぁ」

エレンは嬉しそうに微笑んでティーカップをソーサーに戻すと、ティースタンドにおいしそうに盛られているチョコチップの入ったスコーンを手に取った。

「ありがとうございます、エレンさま」
「そうよ、エレン。エルヴィンの淹れてくれるお茶は世界一なんだから。」

彼女は得意げに胸を張った。

「何言ってんだよ。お茶を淹れたのはエルヴィンで、お前じゃないだろ」
「あら、だってエレン。エルヴィンはうちの執事なのよ!」
「お前が雇ってるんじゃない。お前の父さんが雇ってるんだろ!」
「まぁまぁ、お二人とも。ケンカをしていると、せっかくのお茶が冷めてしまいますよ」

エルヴィンは笑った。

「あーあ、お父様がお仕事に行ってずっと帰ってこなければいいのに。そしたらエルヴィンを独り占めできるから」
「こらこら。うちの娘は何てことを言うんだ」
「お父様!」
「ああ、おじさんこんにちは!」

主の登場に、エルヴィンは優雅な礼をした。

「エレン、よく来たね。グリシャとカルラは元気にしているかな?ゆっくりしていってくれと言いたいところなんだが・・・まあ、いいか」
「・・・?」

父親の言葉に、エレンと彼の娘は目を丸くした。

「お前に話があるんだ。わが家の娘として、大切な話が」
「・・・何よ、お父様。そんな難しい話はイヤだわ。エルヴィンがせっかく淹れてくれた美味しいお茶が冷めてしまうじゃない」

愛娘の悠長な態度に、父親は小さくため息をついた。
一度間を置いてから彼は娘に、強いまなざしを向けた。

「お前を是非に嫁にもらいたいという方が現れたんだ」

「・・・・・・・・・」

エレンも、彼女も、全く黙っていた。
いや、エレンは、言葉の代わりに、落ち着こうとカップを持ち上げようとしていた手を小さく震わせていた。

「・・・お父様、冗談はよして」
「いや、冗談なんかじゃない。お前も分かっているだろう?うちの娘であるからには、こうしたことが人生に起こるということが」
「私、いやよ。お父様。この家を離れるなんて、絶対にイヤ」
「聞き分けなさい、お前はもう何も分からない子供じゃないだろう」
「おじさん、あんまりです。突然すぎて、僕はもう何がなんだか―――――」

エレンは震える声を絞り出すようにして言った。
父親は、とても苦しい気持ちになった。
なぜならば、エレンが自分の娘をただの幼馴染である以上に好いていてくれていることがよく分かっていたし、この結婚話が突然持ち上がるまでは、イェーガー家とは昔から家同士仲が良く家柄的にも娘の結婚相手として申し分ないと思っていたからだった。

「イヤよ・・・絶対にイヤ・・・」

涙を目にいっぱいにためて娘が自分に訴えかけるので、父親はやるせない気持ちになった。

「いいか、お相手は、うちなんかよりとても立派なおうちなんだ。リヴァイさんという。若いのに名声も手にしている、とてもとても立派な、素敵な人だよ。お前もきっと気に入る」

彼女は自分の言い分はまったく聞き入れられないことが分かったので、ただ黙っていた。
もっとも、自分の人生において、結婚というものがそうした突然降って沸いたように起こるかもしれないという事を彼女はちゃんと理解はしていた。
だけど、本当にあまりにも突然で、気持ちの準備もできていない状態だったから、ただの子供のように駄々をこねるようなことを言ってしまった。

自分の人生はたったいま、この瞬間から大きく変わってしまうのだということが分かって、彼女の頭の中はぐるぐると形にならない思いをめぐらせた。


『いいこと?エルヴィン。お父さまやお母さまにはぜったいにナイショよ。…わたしね、大きくなったら、エルヴィンとけっこんするのよ』


小さいころ彼にそう言った記憶だけが鮮やかに浮かんで、そのまま灰色になり溶けるようにして消えていった。

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