「これがお前の婚約者の、リヴァイくんだよ」

にこにこと父君が紹介されたのは、私の半分くらいしかないんじゃないかというほど背が低く、目つきの悪い、「愛嬌」という言葉とは程遠いところにあるように感じられる男だった。
神経質そうな影を湛える目の窪みの下に、凶悪そうな切れ長の瞳をくっつけている。
目も鼻も口も小作りですっきりとしており、顔色はお世辞にもいいとはいえない。
そこに佇んでいるだけでも彼が横柄な男であることがなんとなく推察された。
これが貴族中の貴族と言われる名家の跡継ぎなのか。
けれど、彼が纏っているそのいかにも上質な仕立ての良い服と、小柄であるくせに、彼の何とも言えない迫力を持ったオーラがそれが確かなことであるのを裏打ちしていた。

「はい」と言ったきりお嬢様は何も話さず、値踏みするようにその男をジロジロと観察している。

「じゃあ・・・リヴァイくん。よかったら娘と少し話していてくれたまえ。エルヴィン、お茶を淹れてさしあげるんだ」
「かしこまりました」

自分の家柄に対してはかなり格上で、遠い昔に家同士でした約束を果たせるとあってか、父君は嬉しそうに部屋を後にした。
私はティーポットに手をかけると、不安な顔でお嬢様をちらりと見た。
お嬢様が彼にどんな反応をするかは、彼を見た瞬間の彼女の表情ですぐに想像がついていたので。

「私、あなたと絶対に結婚しないわよ」
「お、お嬢様・・・!」

ああ、やっぱり。
私は顔を手で覆って天を仰いだ。
リヴァイという名のその男は、お嬢様のとんでもない発言にも表情を全く変えない。

「家同士の約束か何か知らないけど、何であなたみたいなチビで目つきが悪くて・・・」
「おいやめろ」

初めてその男は口を開いた。
小柄な体格であるにもかかわらず、意外に声は落ち着いていて低い。
さすがに直球で自分のコンプレックスを突かれては辛かったのだろうか。

「てめぇ・・・黙って聞いてりゃ随分な言い様じゃねぇか」
「ええ、だってそう思ったんですもの。あなたってば口まで悪いのね!」
「お嬢様!」
「黙っててエルヴィン。あなた、こんな凶悪な顔の男と私が結婚して、私が幸せになれるとでも思ってるの?」

たぶんなれないと思う。
何故ならばお嬢様とこの男の相性はすこぶる悪そうだから。
だけど、彼女の立場上、彼女が結婚で幸せになれるかなれないかは全く問題ではない。

「リヴァイ様、大変申し訳ありません。お嬢様は混乱していらっしゃるのです。私が代わってお詫びを――――」
「いや、いい。そもそもオレはここに婚約を断るつもりでやって来たんだ」
「!」
「リ・・・リヴァイ様!いま一体何と・・・!?」

彼の言葉に、お嬢様もさすがに面食らったように目を丸くしていた。

「でも、気が変わった。絶対にてめぇと結婚してやるよ」
「な・・・!あなた、断るつもりでここに来たんでしょ?だったらそのまま断ってさっさと帰りなさいよ!」
「てめぇが結婚したくないと言ったからだ。悪いか?そもそもこの結婚はオレが望んだ訳でもない、お互いのジジイ共が勝手に決めたもんだろうが。」

しまった。父親に言われた通りに大人しくしていれば良かった。
真っ青になったお嬢様の顔にはそう書いてあった。

「ま・・・まあまあ、お二人とも。おいしい紅茶を用意していますから・・・とりあえずこちらのテラスへ・・・」
「こんな男と何が楽しくて暢気にお茶しろって言うの!!」

凄い剣幕で叫ぶお嬢様を尻目に、リヴァイ様はすたすたとあたたかな日差しに包まれたテラスへと歩いていった。
私は急いで彼についていき、様子を窺うように椅子を引いて差し上げる。
彼はそこへふんぞりかえるように座ると足を組み、不躾に背もたれにひじをかけた。

「ああ・・・なんて最悪な男!私はお茶なんかいらないから。もうあなたとなんか絶対に会わない。さよなら!」

お嬢様は怒り狂った真っ赤な顔のまま、部屋を後にした。

「お嬢様・・・!すみませんリヴァイ様、大変な失礼を・・・!すぐにまたお連れして参りますので」
「別にいい。勝手にさせておけ。オレは茶を飲むんだ。さっさと淹れてくれよ」

リヴァイ様はそ知らぬ顔でふんぞりかえったまま、我が主の屋敷のテラスから見える美しい庭を眺めた。


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