04-1




先に一人で行かせてください!きちんと謝りたいんです!


…………あの勢いは、一体何処へ行ってしまったんだろう。





第四話





…現在、法住寺の入り口付近で絶賛立ち往生中。

ほんの数分前、九郎さんに同行許可を申請するために、全員でここに向かっていたけど、
途中、あたしが冒頭のようにみんなにお願いしたため、一足先にここへ来たのに。


なかなか踏み出す勇気が出ないまま、かれこれ数分が経過してしまった。


「どうやって話しかけよう…」


―――――そう。これが、あたしが踏み出せない、一番の理由。


そもそも、あたしたちの出会い方はこれ以上ないほどに悲惨だった。

…もちろん、誰もあんな対面をしたかったわけじゃない。というか絶対嫌だ、あんなの。


けれど、現実は。
初対面で思いっきり下敷きにしてしまったわけで。

しかもその後、ろくに顔も合わせないまま、彼は出陣してしまったから。


………うわぁ。改めて考えると、第一印象ホント最悪だ……。
物凄く嫌われてる自信あるよ…。


そんなマイナスの考えが、ずっと頭の中をぐるぐる駆け巡っている。


「…でも、まずは顔を合わせないと始まらないよね…」


とにかく、このまま時間を無駄にしているわけにもいかないし、それこそみんなが着いてしまう。
そうなったら元も子もない。


嫌われていても仕方ない。
罵声を浴びせられたって、仕方ない。
今、自分に出来るだけの誠意を見せて謝ろう。




あたしは、覚悟を決めて門に手を掛けた。





***





「し、失礼します。」


ギィ、と木の軋む音と共に、寺院内に澄んだ声が響いた。
その声に釣られるように、橙色の長い癖毛を揺らし、青年――九郎は振り向く。

精悍なその顔を、不機嫌そうに曇らせ、鋭い光を宿す同色の瞳が昴を映す。


「…なんだ。」
「すいませんでしたっ!!!」


その姿を捉えた途端、訝しげに眉を顰め言を返した九郎に対し、
昴は間髪いれずにがばっと頭を下げた。



「……は?」
「あのっ!先日は思いっきり下敷きにしてしまって…
あ、謝るのもこんなに遅くなってしまって!

何てお詫びしたらいいか分らないし、今更何だ、と思うかもしれませんが、
あたしに出来ることなら何でもします!

……っ本当に本当にごめんなさいっ!!!」


呆気に取られている九郎にかまわず一息に思いの丈を告げると、
荒い呼吸はそのままに、再び勢いよく腰を折る。



暫し、痛いほどの沈黙が、両者を支配する。



一方は、もうすぐ来るであろう怒声に身構えて。
一方は、あまりに突然な謝罪に驚き、反応を返せずに。


「…………いきなり何事かと思えば、お前、あのときの娘か。」


…どのくらい続いたのか。

昴にとっては果てしなく長く感じられたその状態は、
我に返った九郎の言葉で断たれる。


「え!?は、はい、そうです…。」
「名はなんと言う?」
「あ、天満 昴です。」
「そうか。」


ふう、と軽い溜息をつき、九郎はじっと昴を見据える。

そして、への字に結んでいた口を開いた。



「…なにをそれほど懼れているのかは知らんが。
俺はもともと怒ってなどいないぞ。」
「………は?」
「大体、あれは不可抗力だ。お前にも災難だったようだしな。
それをお前に対して怒るなど、筋違いだろう。」



先程とは打って変わって、
今度は昴がぽかんと口を開ける番だ。


「‥‥‥うそ。」
「…何だと?」
「あ!違っ…!そうじゃなくて!
…正直、ほっとしちゃったんです。土下座覚悟で来てたから…」
「な、土下座?」
「はい。だって、あんなことしておいて、すんなり許してもらえるなんて思わないじゃないですか!

それに、義経さんは源氏の大将だし、もし怪我でもしてて、戦に響くようなことがあったら…って考えると、
…腕の一本は覚悟しといたほうがいいかな、って。」
「………」

「だから、まさかこっちのことを気遣ってもらえるなんて思わなくて…
予想外と言うかなんと言うか…」

「…――すごく、寛大な人だなぁ、って……」
「っな、」


「やっぱり大将任される人って、強いだけじゃないんですねっ!
まさにあの、『“大河”の源義経だ!』ってすごく感動してるんです!!」
「…は?……たい、が?」
「あ、えっと。あたしたちの時代では有名なんですよ、義経さん!

音楽の授業でも勧進帳やったりとか…
と、とにかくあたし!義経さんのファン…憧れてたんです!
だから、嫌われたんじゃないかってホントに悲しくて…!

…許して下さって、ありがとうございますっ!!」

「っ〜〜〜〜〜!!?」


安堵した昴は、九郎に微笑みかけた。
雪がふうわりと溶けるような、見る者を安心させるような、柔らかな笑顔。


不意に向けられた彼女のその表情を目の当たりにし。
元々初心な九郎は、途端に顔を真っ赤に染め上げた。



「昴さん、入りますよ?
……おや、九郎。顔が真っ赤なようですが?」
「べ、弁慶!?お、俺は赤くなど無いぞっ!!」
「ふふっ、そうですか?」
「(…あぁ!昴の、必殺☆昇天スマイルかぁ!)
…天然ほど怖いものは無いよね、譲くん!」
「そう、ですね…」



心当たりがあるのか、はたまたある程度予想が付くのか。


譲は、目の前で頬を上気させている総大将に。
半分は同情の。
…そして半分は、嫉妬を孕む眼差しを向けた。



「???」



一人、全く状況が理解できていない昴は、
『もしかしてあたし、またなんかやらかした…?』
と、これまたズレまくっている杞憂をしていた。







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