01-3






***


…理解できる事象はひとつ。
ただあたしは、立ち尽くしているということだけ。

本当に、今日は一体なんだっていうの。
それが、一番の感想だった。


ここは、どこ?
今度は音も無い、色も無い、真っ白な空間。
眩し過ぎて、ちゃんと自分が存在しているのかも判らなくなるほどに。

さっきまでの奇(おか)しい教室。
今居る奇しい空間。

同じ奇しいなら、まだ教室の方がマシだったのに。

「‥‥夢、なのかな…。」

否、そんな筈無い。
だってさっきまで望美と将臣くんと話してた。
いつもとなんら変わらなかった。

じゃあ、これはどう説明が着くのだろう?

「疲れてるのかな‥‥」

認識異常でも引き起こしているのだろうか。
それにしては、思考も感覚もはっきりし過ぎている。

ああもう、理解不能だ。
せめて何らかの変化が欲しい。
ずっとこのまま、だったらどうしてくれよう‥‥‥

「もう五限目始まってるかな‥‥」

そんなことしか考えられないなんて、自分で思ってるより、もうとっくに精神異常なのかも知れない。


不意に歪みだした視界に、あぁこれは涙か、と。
認識するかしないかという時だった。




『‥……―かぁごめ かごめ、』
『籠の中の鳥は いついつ出遣る?』
『‥…―夜明けの晩に。』
『鶴と亀が滑った…後ろの正面誰?』



再び響いた童謡。
その声の主により与えられた色彩。



『……漸くまみえる事が叶った、我等が守人よ。』
『幾余、幾年月、この日を待ち侘びた事でしょう…』
『貴様に力を与えよう。我等を従える力を。』
『そして心を戴こう。その片隅を、私達の宿り木に。』

「‥‥‥え、っなに…?あなたたち、誰っ…!?」


次第に覚醒して行く意識を、恐怖と動揺が占めてゆく。

何故?どうして?誰?

溢れ出す疑念に比例し、鼓動は速くなる。 舌が上手く回らない。あぁ、混乱ってこういうことなんだ‥‥‥

すると、四人の子供の内の一人…紫髪の女の子が、スッと手を挙げた。
彼女の掌から、仄かな輝き。
‥‥何故だか、心が落ち着いてゆく。


『我等は四神。京を守護する龍を補佐する者也。』
『そして貴女は守人です。私達をその身に宿す事が出来る。』
「‥‥ししん、の、もりびと…?」
『是。それが貴様の任だ。それ則ち龍の盾にして宝玉の将。』
『さぁ、誓いを。私達の片鱗と、絆しの誓いを。』
「‥‥ぎょくを、持つものと、誓い、を‥‥‥?」
『さよう。
……―忘れるな。汝は四神の守人。
神子とは異なる存在だ。』


「‥…み、こ…」

『‥‥‥‥――忘れるな、我等が守人よ―――‥‥……』



一言一言をただ反芻するしか出来ないあたしにもう一度念を押し、彼等はじっとこちらを見据えた。

‥‥‥そして。


「…―っえ!?」





次の瞬間、彼等は霧のように細かい粒子となり、
‥‥あたしに向かってきた。



「…わっ!!」



あたしは咄嗟に両手を顔の前に組み、ぎゅっと目を閉じた。


「………、‥‥?」


暫く構えていたけど、何も変わったことや、違和感も無い。
腕を振り、恐る恐る眼を開けると。


視界の端から、今、立っている地面が。


‥‥‥音を立てて崩れ落ちていた。


「‥‥‥ぇ、ぇぇぇええぇえっ!!?」

当然辺りに捕まるものなんてなくて、


「い、やぁぁぁあああっ!!!」




自分も例外なく、瓦礫と共に重力に随って落ちて行った。





***



「木曾とはほぼ決着は着いたんだがな。平家が怨霊を使ってちょっかいを出して来ているんだ。」



――あの、波に飲まれたあと。
目覚めた時には、そこは私の見知らぬ世界で。
いきなり鎧を纏った骸骨の化け物‥‥゙怨霊゙、に襲われて。

……勢い任せで剣を奮い、運良く勝てて、怨霊は消えた。…というか、消せた、のかな?


そんなことがあった後、私や譲くんをこの世界に連れてきたらしい男の子と、さっき出会った綺麗な女の子には、゙白龍の神子゙だと言われた。



更に、この人はあの源頼朝の弟らしい。(どうしたの?って言ったら譲くんにかなりびっくりされた。)(あと、隣の人は武蔵坊弁慶さんなんだって。)

なんの前触れも無い唐突な環境の変化を受け入れるだけでもいっぱいいっぱいなのに、怨霊だの神子だの、源氏と平家がどうだとか…、

‥‥軽く脳の許容範囲を超えてしまった。(といっても多分、半分もちゃんと理解出来てない気がする。)

ほけーっとしている私を余所に、話しはあれよあれよと進んでいる。




‥‥‥‥あれ?
なにか、とても大事な事を忘れてる気が……、




「あぁあ――――っ!!!」

「っ、春日先輩!?」


他に強烈な事が多すぎてすっかり影が薄れてたけど、大変だ…!

「譲くんっ!昴見なかった!?」


そうだよ。
渡り廊下にはいなかったけど、あの空間に見えたって事は、昴もこっちに来てる可能性だって、十分有り得る。

「天満先輩‥ですか?
いえ、今日は見てませんが…」
「ううん、そうじゃなくて!
さっきの空間で、私、昴を見たの!」
「ぇえ!?本当ですか!?‥いや、でも、天満先輩はあの時あの場には居なかったようですけど…」
「うん、そうなんだけど……でも確かに居たんだよ。だから‥‥‥
それに、将臣くんもきっと何処かに居るはずだし‥‥」
「そうですか‥‥、兄さんは心配要らないと思いますが、先輩の言うように、天満先輩も巻き込まれているのなら‥こんな事してられませんね‥‥
急いで捜さないと‥‥!」

私の言葉を信じてくれたのか、譲くんは昴の話を聞くやいなや、先程から優れなかった顔色を更に曇らせて踵を返した。私もそれに倣って歩を進めようとしたけど。


「待て!」


一歩踏み出そうと後ろ脚に力を入れた時、九郎さんから声があがった。


「お前達、まさか今から宇治橋跡に戻るつもりじゃないだろうな。
言っただろう。今は戦の最中、無闇に出歩かれては迷惑だ。
…それに、いつ何処で怨霊が現れるかも分からん。」
「でも昴が一人ぼっちでいるかもしれないんです!」
「貴方の言うように怨霊が現れるのなら尚更、一刻も早く天満先輩と合流するべきです!」
「だから!それはお前達も同じだろう!わざわざ怨霊の餌食になりに行く気か!?」
「っそれは‥!」

尤もらしい九郎さんの勢いに押され、譲くんはぐっと押し黙ってしまった。
固く結んだ拳が震えている。

「‥‥ふう。九郎、少し冷静になってください。望美さんも譲くんも、まず落ち着いて。」


…すると、今まで静かに聞いていた弁慶さんが、見兼ねたのか、助け舟を出した。


「九郎の言うことも一理あります。今の状況を考えると、引き返すのはまず無理ですし…
これから九郎が出陣すれば、いつ敵軍と出くわすかも分かりません。そうなると、動くことも出来なくなる。
‥‥ですから、君達は一旦京に戻って下さい。それから、お仲間さんを捜しましょう?」

「っでも‥‥‥」
「…望美、ここは弁慶殿の言う通にしましょう?戦が始まれば、本当に動けなくなるわ。危険よ」
「朔‥‥‥うん、」

朔にまで言われてしまったら、もう従うしかない。
確かに、私達は、この世界のことは全く分からない赤子も同然。
昴が心配で心配で仕方ないけど、このまま捜しに行っても、会える前にまた怨霊に囲まれてしまうかもしれない。
そうなれば、彼女を捜す以前の問題だ‥。

でも……


「あぁ、そうしろ。……弁慶、悪いが京までこいつらを送り届けてやってくれないか。」
「えぇ、分かりました。」
「すまない。」
「いえ、可愛いお嬢さん二人を送り届けるなんて、役得ですよ。」
「…景時に殺されるぞ?」
「ふふ、そういえば景時も、妹思いでしたね。」

目の前でかわされている会話も、私の耳にはまるで届かない。


「‥‥‥昴…」
「先輩……、」


すぐ、会えるよね‥?



ひゅぅぅぅぅぅぅぅう‥‥‥




「あら?何か音が‥‥、」


(……‥‥ぁぁぁぁぁぁぁあ)



……九郎さんが陣を率いるために歩を進めようとした、

「では、行ってくる゙っ!!!
「どわぁっ!!」



…――その瞬間の、事だった。




「「‥‥‥‥‥‥‥‥‥。」」
「…痛、っったぁぁぁあ!!こ、腰!腰が‥‥っ!!」




天から、




「……昴―――!!!」
「天満先輩っ!!?」



昴が降ってきた。






「…ぁぅう〜、‥‥ぇ?のぞみ…?ゆーくん…!?」
「あぁよかったっ!!やっぱり一緒だったんだね!!本当によかった!!」
「え!?え!?何、どういう事!?」


痛いほどの沈黙の後、私は我慢できずに昴に飛び付いた。


九郎さんを巻き込んで不時着を決めた昴は、きっと全く状況が掴めないのだろう。
ただその瞳に混乱の色を滲ませている。



「‥‥‥これはこれは。
…天乙女のお嬢さん、申し訳ありませんが、その上から降りてやってくれませんか?」

暫く唖然としていた弁慶さんがはっと我に帰り、微笑みを湛えて昴を促す。
…天乙女?


「‥‥?
上‥‥、えぇぇぇぇえ!!?
わーっ!あ、あたし人の上にっ…!?ご、ごめんなさいっ!直ぐに‥」



弁慶さんに言われた昴は視線を自らの下にそろそろと動かし。
途端にビクッと肩を震わせ、青褪めた彼女は、私の腕をやんわりと離し、両足に力を入れて立ち上がろうとする。

けれど、膝が延び切らない所でがくっと折れ、地面に突っ伏したままの九郎さんの斜め前に崩れ落ちてしまった。


「ぃっ‥‥ぁ、あれ?え、嘘、‥‥立てない…」
「え!?大丈夫!!?」
「骨が折れているかも…!先輩、俺の肩に捕まってください。おぶります。」
「え、あの‥二人とも、あたしよりあの人の方が……」
「ああ、九郎なら平気ですよ。大将ですし、丈夫にできてますから。‥それより、京に戻ったら診せてくださいね?僕、一応薬師なんです。」
「え?あ…助かります‥‥ってそうじゃなくて!
絶対平気じゃないですよ!だって見事に下敷きにしちゃったんですよ?!」






01:出逢いはいつも奇想天外。



(‥‥行っ、てくる………)
(嘘ぉ!?え、ホントに!!?)






09/4/30
re:11/5/4



contop



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -