09-2


***




…――静寂に響く、澄んだ声。


佇む影は、傅くもの、二つを包み込むように起立するもの。

それはあたかも、その場所だけ、神聖な加護を受けた別世界の如く。




「東天を司りし天地の龍よ。
汝等、我が刃にして畏無し。
青嵐・句芒、
将の将たる証、此処に示さん。」



「我、天の青龍
巽と木の卦を以って我が君に仕り候。」

「我、地の青龍
震と木の卦を以って我が君に仕り候。」




…将臣、そして九郎。

各々の宝玉に、そっと唇を運んだ昴は。
すくっと立ち上がり、以前のそれと同じように、か細い両腕を前に差し出した。



彼女に呼応するように、蒼い双つの閃光が独立し、宙を舞う。



「天地・陰陽、相交わりて相違無し。
八卦の理・万物の絆し
この躯を宿とし、その一切を背負わん。

我、此処を以って守人と為るを奏し奉る也。」




ふわり、と。

全ての重力が元に戻ったかのように、はためいていた彼女の黒髪はさら、と背中に纏まった。



「…ありがとうございました、おしまいです!」
「ん、おう…」



任務完了といわんばかりにスッキリした様子の昴。

…しかし、他二名は違った。


将臣は、昴を若干気まずそうに見つめた後、
言おうか言うまいか口を開閉させ、


「……、
…っつーか昴。お前さ。
…キスすんなら前もって言っとけよ!?いくらなんでも驚くだろ!!



…やがて、当然の突っ込みを入れた。


「ご、ごめんね!やっぱり嫌だった…?」


だが、昴も指摘されるだろうと構えていたのか、あわあわとうろたえながら不安げに言葉を返す。



「あ?いや、そうじゃなくってだな……
……、…なんなら口でもよかったんだぜ?」
「!?、ほら!言ったら言ったでそうやって茶化すもん!
あのねぇ?そんなことは恋人にでもやってもらいなさい!!」
「ハハっ悪い、冗談だって。」
「もうっ!将臣くんっ!!」



自分は真剣だったのに、将臣はからかっていると解釈した昴は。
ぽかぽかと将臣の胸を叩いて抗議するも、将臣は相変わらず楽しそうに声を上げて笑うばかりで。



そんな態度を続ける将臣に、とうとう昴は拗ねたようにそっぽを向いた。




「………あれ?」




そこで、彼女は漸く気付いたのだ。

……―固まったまま、微動だにしない九郎に。



「あの――……九郎、さん?」



恐る恐る、

本当に恐る恐るという表現が似合う様子で昴がそっと九郎を覗き込むと。





「〜〜〜〜っ、な、何を考えているんだお前はっ!!!??」


「んぇえ!!?」



突然弾けるように林檎のような色の顔を上げたかと思うと、
今までの静寂とは打って変わり、九郎はまくし立てながら昴に詰め寄った。




「よ、嫁入り前の女人があんな……っ!!!
正気かお前!!?」
「そ、そんなこと言われたって、こうしないと契りにならないからで…!」
「っだからといって…っ!!
平然と誰にでもなど…恥だと思わないのか!!?」
「!…………ごめんなさい…、」




眉間にしわを深く刻んで声を荒げる九郎。
『これが儀式』であると主張したものの、返された彼の言葉はすぐに否定できなかった。

故意ではない。
けれど現に自分は口付けを送っている。

もちろん平然などでもない。
けれど、最中は勝手に身体が動くのだ。そう思われても仕方がなかった。

結果、昴の口を附いて出たのは“弁明”ではなく“謝罪”。
九郎の言い分を認める言葉に、更に彼の顔は険しさを増した。

そんな彼のあまりの剣幕を目の当たりにした昴は、
『今度こそ嫌われてしまった』と、しゅんと項垂れた。

そして、彼女の揺れる大きな瞳を前にし、我に帰った九郎が慌てたことは言うまでもない。




「う、っまぁ、その…あの、だな…、」
「…おいおい昴、んな落ち込むなって。
九郎も、そこまで言うことじゃねぇだろ?」




戦場では気丈とした面構えの彼も、女性に対しては全くの初心(うぶ)。
こんなときの宥め方など知る由もない。
そこに、見兼ねた将臣が助け船を出したのだ。



「………ったく辛気臭ぇなぁ!望美だったらむしろ突っ掛かってくとこだぜ?
ほら昴、帰るぞ!」




暗く沈んでしまった空気に耐え切れなくなった将臣は、二人の背中をバシッと、半ば叩き付けるように押した。



「!?っ痛い!ちょ、将臣くんいきなり酷い!!」
「っるせ、沈んでるお前が悪いんだっつの。
…んじゃあ、九郎。俺達は先帰ってるぜ?」
「あ、ああ…」




そう告げると将臣は、おもむろに昴の肩に腕を回し、歩くように促した。

歩を進めようとする将臣と昴を交互に見、一瞬躊躇うように視線を伏せた九郎だが。



「―――っ昴!
…そ、その、……言い過ぎた!すまなかった!」



しばし逡巡した揚句、やはりこのままでは居心地が悪いと判断したのか。
将臣と共に踵を返す彼女の背に向かって、九郎は声を張り上げて素直に謝罪を送った。

それに一瞬大きく目を見開き驚いた昴だったが、すぐに顔を綻ばせる。


「!…………っいいえ!
あたしこそ、なにも言わずにすみませんでした!」
「あ、ああ!今回のことは相子にしてくれると助かる!」
「は、はい!ありがとうございます!」



こうして、およそ3分にも満たない諍いは無事に幕を閉じた。

ぶんぶんと手を大きく左右に振り、昴は将臣の後に続く。
九郎はそんな彼女たちの影が視界から消えるまで見送り、再び神泉苑の任に戻っていった。

普段はかなり頑固と言ってもいい源氏の大将の、意外な一面を垣間見たかもしれない。




場所は変わって、梶原邸に戻るべく歩を進める二人。
にこにこと機嫌よさげにしていた昴だったが、将臣と並んで歩き出すと同時に、ふと、寂しげな笑顔を零した。



「将臣くんもありがとう。
こういうとこ、あたしの悪い癖だよね。」
「いいって。
…つかよ、いい加減それ直さねぇと、いつか体壊すぞ?」



それまで飄々としていた将臣の視線が、一瞬。
…労るような、悔いるような鋭さを宿した。




「あはは、そこまではいかないよ!
でも御忠告どうも。
…そしていくら肘置きにちょうどいいからって、この腕は余計だよ。」




聡い彼女がそれに気付かないはずもなく。
しかし、これ以上空気を重くしてなるものかと思ったのだろうか。

明るく白を切り、ついでにと、肩に回った将臣の腕を抓るのだった。









contop



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -