09-1


穏やかな初春の風のなか。
艶やかな長い髪を靡かせながら、二つの影は神泉苑を横切っていた。



「ごめんなさいね、九郎さん。
お勤めの途中だっていうのに呼び出しちゃって…」
「直ぐに済むのなら構わん。
それに、“まさおみ”が見つかったんだろう?
…よかったな。」
「はい!」


その言葉に振り返る昴の笑顔の眩しさに、
九郎は思わず、目を細めた。





第九話








仕事中の九郎を伴った昴。

彼女は一刻ほど前、半ば強引に連れて来た将臣に、
「連れてくるからここで待っててね」
と言い残し、一人九郎を捜しに人混みの中に消えていった。

そして、九郎に事情を説明しながら、将臣を待たせている桜の木の下へと急いでいる。
(というのも、九郎を見つけるのに、思いの外時間が掛かったからだ。)
(目立つ髪色だからすぐに見つかると思いきや。)



もうすっかりこの世を謳歌している桜の中で、はたして彼は静かに佇んでいた。

が。



「将臣く―ん、お待たせ……将臣くん?」



将臣と別れた、人混みから離れた桜の木の下。
さぁさぁと揺れる枝とともに波立つ青い髪。

しかしそれと同色の切れ長の瞳は静かに顰められている。



「ん、どうした?」
「…………寝てる。」



…そうなのだ。
将臣はといえば、その背を大樹に預け、気持ちよさそうにお腹を上下させている。
よくもあの短時間でここまで深い眠りにつけたものであるが、そういえば将臣の特技はどこでもすぐに寝れることであったと昴は思い出す。



「お〜い!まぁ―さぁ―お―み―く〜〜ん!!?」
「………ぐぅ。」
「「………」」



ぎゅむっ。

一向に起きる気配が無い彼を前にして、はぁ、とため息を一つ零した後。
昴は将臣の鼻の頭をつまんだ。



「…………んがっ!?っ、ごほっごほ……!!」
「おはようございます。」
「ばっ、なにすんだおまっ…!」



ごほごほと酸素を求めて慌ただしく息を乱しながら昴を見上げる将臣に、
彼女はあくまで落ち着いた様子でさらりと言い放った。



「だって、こうでもしないと起きないでしょ?将臣くんは。
…あ、望美もか。
まったく、起こす方の身になってほしいよ。」



……会話から察するに、この起こし方は日常茶飯事だったようだ。
不満を言いながらも、ふふっと嬉しげな笑顔を見せる昴を前にし、
将臣はがしがしと頭を掻き、罰が悪そうに腰を上げた。



「昴。呼んで来るっつってたのはそいつか?」
「あ、うん。紹介するね!
こちらは九郎さん。こっちに来てからあたし達がお世話になってる方たちの一人だよ。」
「お前が将臣か。よろしく頼む。」
「ん。よろしくな、九郎!」




昴の紹介を受け、お互い笑顔で握手を交わす。
どうやらこの二人、相性は悪く無いようだ。



「さてと……早速で悪いんだけど、二人とも、ちょっと来てくれる?」
「あぁ、契り…だっけか。」
「うん!」
「そう言われても、昴。
俺は、何をどうすれば良いかさっぱり分からんぞ。」
「…大丈夫ですよ、分からなくても宝玉が勝手にやってくれますから。
あ、宝玉だけは見えるようにしといてくださ…………あれ?」



九郎に分からないと言われた昴は、一瞬説明を加えるか迷い竦んだが、
再び<アレ>を説明することに羞恥心を覚えたようで、苦笑しながら茶を濁した。

が。宝玉の話題に触れた途端、彼女ははたと動きを止め、
まるで探る様に九郎をじっと見詰める。




「な、なんだ…!?」



当然、そんな彼女の視線に堪えられるはずも無く。
途端に動揺を露にする九郎だが、それよりも気になることがあるらしい昴は彼のその様子には気付かないようだ。



「………九郎さん、八葉で地の青龍ですよね?」
「あ…あぁ、そうらしいな。」
「………………。」



ぽつり。
首を傾げながら、独り言とも取れるような問い掛けをと呟く。
その答えは『是』だと分かりきっているはずなのだが、
彼女の瞳に揺れる疑惑は晴れそうにない。



「昴?どうかしたのか?」
「………宝玉、どこ…?」




…しばしの間を要した彼女の疑問の正体は、八葉である証拠の不在。
だが、それも無理ないだろう。

他の八葉は皆一様に、きちんと目に留まる場所に宝玉が備わっているのに対し、
地の青龍である当の九郎には、見たところ宝玉を確認出来なかったのだから。




「将臣くんは、左耳のそれだよね?」
「この石のことだよな。そうだぜ。」
「……見当たらない。」



顎に手を宛て、うんうん唸る昴と、耳の宝玉を意識して弄る将臣。
九郎は彼らを交互に見、暫し考えるように俯くと、心当たりがあったのか、彼の顔はパっと晴れた。



「あぁ、その石か。
…見えればいいんだな?」



そういうと九郎は、徐に自らの着物の合わせ目に手をやり。



…あろうことか、ガバッと一思いに前を大きくはだけさせた。





「っわぁぁぁあ!!?」


「んなぁ!!?何やってんだ九郎!!」





「な、なんだ突然!
石が見えなくてはいけないのだろう!?

それなら二の腕にあるんだ!」



そのまま左側の肩を着物から出すと、崩れていた合わせを軽く直し、九郎は腕を突き出した。
(それはさながら『この桜吹雪が目に入らぬか!?』の如く。)



―そこには、確かに浅葱色の宝玉が鎮座している。



「っハァ〜〜〜、紛らわしいことすんなよ!
つか、突然はこっちのセリフだろ。」
「そうですよっ!
びっくりしたぁ、もう…!」
「??…すまん、」












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