01-2 第1話:始動 あたしは、普通の女子高生のはずだった。 授業中は、睡魔と格闘したり、内容そっちのけで落書きしたり。 休み時間は友達と他愛もない談笑をして、休日にはバイトして。 過去、確かに人とは違うことがあったけれど、 少なくともその瞬間までは、普通の女子高生だった。 「ねぇ、今年のクリスマスも昴の家に行ってもいい?」 「もちろん!あ、お菓子持参ね。」 「分かってる―!でも、ケーキは昴と譲くんが作ってくれるんでしょ?」 「任せといてよ!といっても、ほとんどゆーくんがやってくれるんだけどね。」 「そんじゃ俺は食う専門だな。」 「あ〜ずるい将臣くん!」 「心配すんな望美、お前も食う専門だ。」 ――昼休み。 次の授業で使う資料を運ぶように頼まれた三人… 昴、望美、将臣。 クリスマスも間近に迫ったこの頃では、この手の話題で学校中持ち切りだ。 どうやら今年も、高校に進級すると同時に一人暮らしするようになった昴の家に集まって、 賑やかに…というか、ドンチャン騒ぎをするらしい。 「あれ?……あ、ケータイ置いてきちゃった。教室直ぐだし、ちょっと取ってくるね!」 渡り廊下の手前に来たところで、昴はポケットに重みが無いことに気が付いた。 「ついていこっか?」 「ううん、直ぐ追いつくから先に行ってて?」 「OK、走って来て転ぶなよ―」 「あたしそんなに鈍臭く無いもん!」 いけない、いけない。 最近やたらと財布やらケータイの盗難とか悪戯があったりするから、貴重品は肌身離さず持っているようきつく言われているのだ。 「………あ、れ?」 扉を勢いよく開け放ち、しかし進めようとした足はすくんでしまった。 ……どうしたというのだろうか。 先ほどまで言葉で溢れていたはずの教室は、今はしんと静まり返っている。 ――雨の音が、耳につく。 「おかしいな…」 こんな天気の日に限って、外にいる、ということはないだろう。 鞄を抱えながら、あまりに不自然なこの空間に、半ば恐れを感じながら昴は首をかしげた。 ――――――と。そのとき。 『かぁごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出遣る 夜明けの晩に………』 …幻覚だろうか? さっきまで人っ子一人いなかったはずの教室に、十歳ほどの子供が四人、輪を囲んで童謡を歌っているではないか。 「ど、して…?」 あまりに有り得ない光景と、その神秘的な雰囲気に呑まれて身体が動かない。 『鶴と亀が滑った 後ろの正面………… ………―――やっと、見 つ け た。 』 「えっ…!!?」 その響きが耳に届いたときには、既に視界は光の渦に飲まれていた。 *** 「昴、遅いね。」 「まさか、マジでずっこけてねぇだろうな…」 あの距離を往復できる時間を軽く越えた今、二人は渡り廊下の中心辺りに立ち止まっていた。 一行に追い付く気配が無い昴を気にしながら。 「気になるなぁ…見に行ってみない?」 「…そうだな、廊下でノびてたりするかもしれねぇし」 「次の授業なんだっけ?」 「古典だよ、――――」 「あ。譲くん」 「ん?」 「春日先輩、兄さん?」 ―――運命は、巡り廻る。 …――――シャンッ――――… 「‥‥、あれ、君どうしたの?迷子?」 すべてを、巻き込んで。 「あなたが私の、神子……!」 ……流れ着く先を例え違えたとしても、 「おいっ!!」 「先輩っ!!」 必ず、絆は交わろう――――… *** 「きゃあぁぁぁぁあぁああぁ……っ!!」 一体何が起こったの。 私はただ、小さな男の子に『迷子?』って聞いただけなのに。 それなのに。 巨大な波に飲み込まれただ流されるだけ。あまりに唐突過ぎて、…とてもじゃないけど理解が追い付かない。 もちろんこんな急流、泳ぐなんてことも無理だ。 ただせめて、酸素だけは取り込めるように必死に顔を上げることしか出来なくて。 「っ将臣くん…!譲くん…!」 やだ、やだよ。 二人はどこ? 「いやぁ、誰か、誰か助けて…!!」 今、出せるだけの声を振り絞って求めた救い。 でも、もう‥‥ 息が‥‥‥ 『…―望美、』 「…?」 気管支に容赦なく入り込む水に噎せ返り、意識を手放そうとしたとき、 『望美、望美‥』 溢れる光とともに、 声が、聞こえた。 「…昴‥?昴だよねっ‥‥‥?どこ、どこにいるの…!?」 眩む視界のなか、冷静な判断力も無く。私は居るはずない親友の姿を求め足掻いて。 「‥‥‥っ昴!!」 白く霞む先に、貴女を捉え、手を伸ばす。 「昴!!……昴‥‥?」 ……どうして? 昴がどんどん見えなくなっていく。 延ばした私の手を取ることもなく、ただただ静かに手を振る彼女。 ‥‥‥なんで、そんなに哀しそうに笑うの…? 「っ昴――…!!」 『‥‥‥、じゃあ、ね‥‥‥』 その呟きを耳にすることなく、私は重くなる瞼に逆らえず、光に身を投じた。 |