07-3 叫ぶように呼ぶと同時に手を伸ばし、俺はその細い腕を掴んだ。 振り向いた顔。 大きな黒目がちの瞳は驚愕の色に縁取られて。 その紫紺に写る俺も、情けねぇくらい驚いた表情をしている。 「昴……? …俺のこと、分かんねぇか?」 未だにぽかんと口を開けたまま固まっている昴。 その空白の時間をじれったく思った俺は、空いているもう一方の手を肩に手を伸ばす。 と。 「――っきゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」 「っな!!?」 「望美ィィイ!大変だよぉぉぉお!! 将臣くんのそっくりさんが、新手のオレオレ詐欺をぉぉぉぉぉぉお!!!」 「待て待て待て待て!!本人だっ!!!」 いきなり大声でとんでもない大ボケをかます昴にすかさずツッコミを入れ、 なんとか落ち着いてもらえるように諭す。 …やっぱり、変わらねぇな。 こういうところも。 「……………え、っえ、…あ、の…?」 「…ったく、幼なじみの顔忘れちまったのか?」 「…う、嘘!そんな、だって、将臣くん、将臣くんは…、 髪の毛ショートだもんっ!!」 「………は?」 何を言うかと思ったら。 昴は、ビシィッと効果音が付きそうな勢いでオレの髪を指差した。 (つか、判断基準はそこなのか?) …いや、まぁ恐らく混乱してるんだろう。 自分の幼馴染が、急に年上になってるんだからな。 突然現れて、はいそうですかとホイホイ信じろっつっても無理な相談だ。 それでも、疑惑と期待の色を滲ませてこちらを凝視してくる姿勢は、なんつうか… 「あ―これか…そうだな、 お前、こっち来てからどれくらいだ?」 「ぇ、……二ヶ月、くらい…?」 「やっぱりな。 俺はもう三年近くこっちに居るんだぜ? …飛ばされたとき、あの空間ではぐれたのがまずかったんだろうな。」 「…ぇ、えっ…! まって、それじゃあ…っ! 他人の空似とかじゃ、ないんだよね…?」 昴の瞳に、確信が宿った。 「ん。 俺は、正真正銘、有川将臣。お前の幼馴染だ。」 ―そう、 肯定を告げた拍子に、元々俺より低い背丈が更に低くなった。 「!おっと…! オイ、どうした?」 膝をガクッと崩した昴の腰に腕を回し、とっさに支える。 触れた体は、…心なしか、震えている気がする。 「…………」 「昴?」 「だっ、て…突然で、びっくりして……。 力、抜けちゃ、って……」 「ははっ!オレも驚いたぜ? 最初は見間違いかと思ったしな。」 笑っているような声色が帰ってきて安心した俺は、同じように冗談ぽく笑って言葉を返すが。 それっきり、昴は俯いたまま黙り込んでしまった。 ――ふと、裾に感じた違和感。 下を見やると、そこには、俺の羽織を固く握り締める手があった。 「?」 「………毎日、心配してたんだよ? 将臣くんって危ないことにも首突っ込むし、それでなくても戦の真っ只中で危ないのに……」 「………」 「ずっと見つからないから、戦に巻き込まれたんじゃないかとか…… …一人で、大変な目に遭ってるんじゃないかって……!」 「昴、」 「……無事でよかった…! ホントに、よかった…!!」 …掠れて、上ずった声で叫ぶようにそう繰り返す昴。 羽織を握りしめる手は震え、その力はだんだんと強くなっている。 「―…オイオイ、泣くなよ。」 「なっ!?、泣いてないよ!!」 そういうと、弾かれたように顔を上げ、キッと眼差しを強める昴。 確かに涙は見当たらないが、 鼻の頭はほんのり赤く、今にも泣き出しそうだ。 そんな彼女の、なんともいじらしい様子に、抱きしめたい衝動に駆られるが。 それをなけなしの理性で無理矢理ねじ塞ぎ、 行き場をなくした片腕を昴の頭へ運び、ポンポンと撫でる。 「……心配、掛けたな。」 「―――っ、」 すると。 昴の大きな瞳から、じわじわと透明な雫が溢れ出して来て。 それを見られたくないらしい昴は、あわてて再び俯いた。 …、 ……くっそ、ダメだ。 今の今まで堪えていた感情に逆らうのを止めて。 俺は、頭に乗せたままだった左手を後頭部に回し、自分の胸に押し付けるようにグッと引き寄せた。 こんなの見ちまったら、平気なワケねぇだろうが。 「わ…、!」 驚いた声を上げる昴を尻目に、こいつを支えるために回していた右腕にも力をこめる。 「まっ、まさ、おみく「はは、悪ィ。…つい、勢いでな。」 俺よりふたまわりも小さい昴は、あたふたしながらもすっぽりと俺の胸に納まっている。 「……見てねぇから。 泣きたいなら、…泣いて、いいんだぜ?」 「………」 返事はない。 …だが、服の裾を掴んでいた昴の手が、遠慮がちに俺の胸当てへと移動して。 俯いていた頭を、こてん、と俺に預けて、小さく肩を揺らしている昴を。 再会の喜びと、 ……もうひとつの喜びとをこめて。 いっそう、キツく抱きしめた。 07:流れた月日、変わらない心。 (まだ、お前は知らないままでいい。 今はただ、このままで。) 2010.7.18 re:2011.12.30 |