07-1






第七話







異ナル時空ニ独リ堕トサレタ魂ハ。


ソレデモ尚、存在シ得ヌ姿ヲ求メ足掻キ、



掴ンデハ擦リ抜ケル残像ニ、
失ッタ痛ミヲ刻マミ込マレ、




………ソシテ初メテ、
知ッテシマッタ。








――思ひつつ

寝ればや人の 見えつらむ

夢と知りせば 覚めざらましを――









「そうそう、あ、そこで掌を反転させて…」
「え―、こう?」
「ええ、上手いわ、望美。」


―――弥生・仁和寺。


視界を埋め尽くすような、辺り一面に咲き誇る桜の中。


花のような少女が三人、
舞い散る花弁に合わせるかのように舞っていた。


「ふー、結構大変だなぁ…」
「でも、筋が良いわ。
あと少しで基本は全て終わるから頑張りましょ?」



あたしたちは今ちょうど、朔から舞を伝授してもらっている。
(何故か途中からあたしも教える側になってるけど)


…本来の目的はというと、

望美が花断ちを練習しているとき、アドバイスをくれた人が居るらしく、
『その人に会いに行きたい』
と言い出したので、彼が住んでいるという"鞍馬山"へ向かうということなのだけど。

話の流れで、道中の仁和寺にて、舞の練習をすることになった。
付き添ってくれてる、ゆーくん、景時さん、白龍は、
少し離れた場所で待機してくれている。


ちなみに、九郎さんはもうすぐ行われる神泉苑での祭祀の準備に。
弁慶さんは、昨夜から福原の地に赴いている。
(…あれ?なんだこの、『お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に』的なノリは。)



「それにしても、驚いたわ。
昴は舞を習っていたの?」
「んー、習っていたというかやらなきゃいけなかったというか…」
「え?」
「昴の実家、礼儀作法とか伝統に厳しかったんだよ。」
「うん、まぁ…
舞もその一環でやってたんだ。」
「まぁ、そうだったの」



久しぶりの感覚だったけど、刻み込まんばかりに練習したものだから、やはり身体が覚えていた。

形式が少し違うかなと思ったけど、どうやら問題無いみたい。

……けれど。



「んー。でも、やっぱりあたし、舞は向いてないなぁ。」
「え?どうして?」
「だってあたし、望美や朔みたいに美人じゃないし…」
「え、何言ってんの?何言ってんのこの子?
鏡見たことある!?
「昴はとても可愛らしいわ!」



思ったことを素直に口にしただけなのに、
何故だか、二人から猛烈な勢いで反発されてしまった。

あぁ、フォローか!
そんなわざわざ気を遣わなくてもいいのになぁ。



「いやいやいや自分が童顔だって分かってるから…!
…それに、人前で舞うの、苦手なんだ。
よく向いてないって言われたし…」


これも、ホントのこと。
身長はあるのによく年下に間違われるし、
"向いてない"なんて、もう耳たこだ。


「私はそうは思わないけれど…
昴の舞はとても可憐だったわ。」
「あはは、ありがと朔。
でも、やっぱり遠慮するよ。」
「でも…勿体ないわ、昴…。」
「優しいなぁ、もう!
その気持ちだけで十分だよ。」
「……そう?」



もちろん、舞自体が嫌いなわけじゃ無い。
これも、ホント。
でも、やっぱりどうしても、苦手だから。



「それより、まだ練習するよね?
その辺りぶらぶら見てきても良い?」
「ええ、私と望美はここに居るから、少ししたら戻って来てちょうだいね。」
「は―い!」



未だに残念そうな顔をしている朔を見ると、
…なんだか申し訳なくなってしまって。

あたしは、半ば逃げるようにその場を立ち去ってしまった。







「あぁぁ、何やってんだろあたし…」


今更になって自己嫌悪してもどうしようもないのに。
もうちょっと婉曲に言えばよかった。
…望美、分かっちゃったかな。



特に行く宛てがあるわけでもなく、気の向くままにふらふらと寺院内を渡り歩く。

もう桜は満開で、一面すっかり薄紅色。

匂うようなその色に、ほんの少しだけ落ち着いて、ほうっと溜息を零した。



「…そういえば、不思議な夢、見たっけ。」



ふわふわとした情景のなか、ふと、今朝の事が頭を掠めた。



…そう、確か…
青龍が、居た。


何か意味深な事を言っていたような気もするけど、生憎さっぱり思い出せない。



…あ。

意味深、といえば。



「…ずっと、誰かに呼ばれてたような……」


静かで淡々と。
同時に、焦がれたような、
切羽詰まったような呼び声。

…なんだか懐かしくて、絶対知っている声なのに、
どうしても誰か分からなくて。



ただずっと、叫ぶようにあたしの名を呼んでいたそれは。
あたしが目覚める寸前に、一首の歌を詠んだ。



―――あれは、小野小町の…


「…思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ
夢と知りせば 覚めざらましを
……だったかな。」



もちろんそれは、ただの独り言のつもりだから。

始めから返答なんて無いことが前提。

そんな分かり切った事実に、なんだか無性に寂しくなったあたしは、
持て余した視線を空に向けた。




「………昴…?」




「…?」


…あれ?
今、誰かに呼ばれた…?

いやいやいやそれはない。

だって、この京に(というかこの場所に)あたしのことを知っている人間なんて、付き添いの彼ら以外には居ないのだから。


だとすると、今朝の夢のことを考えてたから、その声が耳に蘇ったのかな。
そう、結論を出したあたしは、再び歩きだそうとしたけれど。




「―っおい!ストップ、待てって…!」


「??、…え?」



先程よりも強く、はっきりと響いた音に、思わず歩を止め、辺りをきょろきょろと見回す。


「…おっかしいなぁ…」


一通り見渡してもその声の主の姿を捕らえることは出来なかったので、正面を向き直る。
確かに聞こえたと思ったのだけど。



辻褄があわず、うーん、と頻りに首を傾げる。
疲れてるのかな?
最近あんまりぐっすり眠れてないし…


そんな風に、どんどん自分の意識に入り浸っていくあたしの耳には、
駆けてくる足音は響かなくて。



「――おいっ!!」
「う、わぁ…!?」



突然近くで発せられた声と、ぐっと引かれた腕の感覚に酷く驚き、咄嗟に振り返る。


……でも。
あたしの腕を掴む、その姿を見留めた時、


更なる驚愕に、全身が震えた。









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