06-4



***





「昴さん、修業の調子はどうですか?」

「あ、えっと…まだまだです。
…やっと花に掠る程度ですよ。」



あまりにもさらりと言われた事実に、二人は瞳を見開いた。



「掠る、のか?」
「?、えと、はい。でもなかなか真っ二つにできなくて…。
多分途中で太刀筋がズレてるんです。あたし力無いから、刀に振り回されちゃってるのかな?
だから花断ちはもう少し待ってくださいねっ!」
「あ、ああ……」



確かに、掠るだけでは九郎の出した条件を満たしたことにはならない。

…だがしかし。
こんな短期間で掠るようになるなど、並大抵の人間には、到底出来ない。


もともと幼少の頃から剣道を習っていたとしても、それはやはり彼女の才能と努力の賜物。

昼夜問わずに練習に勤しむ彼女を見ていた弁慶でさえ驚いているのだから、行動をともにしていない九郎の驚きは尚更だろう。



「あ、そうだ!あたしも二人に聞きたい事があったんだ。」


二人が驚いている理由がいまいち分かっていない昴は、急に思い出したかのように彼等に振り返る。




「「なんだ?(なんですか?)」」



先刻とは打って変わって、
あまりに真剣な眼差しを向ける彼女に。

…一体何を聞かれるのかと、彼等は少々構えたが。



「義経さんと弁慶さんって…、
五条大橋で決闘したことありますか!?


「「…………は?」」



…その姿勢は、なんとも間抜けなハモり声で打ち砕かれた。


「いやぁ、゙義経と弁慶゙といえば、かなり有名な話なんですよ。」
「…それは…、どういった内容なんですか?」
「えっとですね!

…鬼若丸…弁慶さんは、京で千本の太刀を奪おうと悲願を立てて、通りかかった帯刀の武者と決闘して999本まで集めたんです。
でも、あと一本ということろで、五条大橋で笛を吹きつつ通りすがる牛若丸…義経さんに
返り討ちに遭っちゃって。
それで、降参した弁慶さんはそれ以来義経の家来となった……っていう話なんですけど……。」
「「‥‥‥‥‥‥‥」」




鳩が豆鉄砲を喰らったようとは、まさにこのことだろう。
昴の話を聞いた二人とも、ぽかんと口を開けている。




「ん〜、でも流石にこれはないですよね。
第一、弁慶さんは容姿の表現から全く違いますし。」
「……そうですね。確かに刀を千本集めようとはしていませんが、
…どうでしたっけ?九郎。」
「…お前とはそこかしこでぶつかっていたからな。」



いち早く冷静さを取り戻した弁慶が、昴を挟んだ位置にいる旧友に確かめるように問い掛けた。
今だ間の抜けた顔をしていた九郎だが。
はっとし、やや間を空けて返した言葉は、肯定。



「そうでしょう?恐らく五条の辺りでも暴れていたんじゃないかな。」
「えぇえ、ホントに!?
ってか、弁慶さん、暴れたって…」
「あぁ、恥ずかしい話ですが、若い頃は荒法師という通り名でしたから。
徒党を組んで、九郎とはよく敵対していたんですよ。」

「嘘ぉ!?
…え、弁慶さんが、ですよね…!?」
「えぇ、そうですよ。ふふ、信じられませんか?
比叡山に篭りきりでしたから、なにかで発散しないとやっていられなかったんでしょうね。
…尤も、九郎はあの時の印象で僕を見ているようですが…。
僕としては恥ずかしいので止めてほしいんですけどね。」
「仕方ないだろう。昔の印象がなかなか抜けないんだ。
…それに、そんなに変わってないと思うが?」
「酷いな、僕は別人くらいに思っているのに。」



軽い冗談が混じり合った談笑は、彼等の付き合いの長さを感じることが出来る。
自分達とよく似ている、そう感じた昴は嬉しそうに笑った。



「じゃあ、二人は幼なじみなんですね!
でも分かります、小さい時の印象って、なかなか変わりませんよね。
ちょっと前までは、ゆーくんよりあたしの方が背高かったのに、いつの間に抜かれたんだろ。
将臣くんも筍みたいにどんどん伸びるしさ…。」



ぼんやりとそう呟く彼女は、少し拗ねたように唇を尖らせて見せた。



「君と望美さん、譲君も幼なじみだったんですね。それに…、」
「はい…将臣くんも。」



゛将臣くんも゛
そう告げた一瞬。ほんの一瞬だけだったけれど。
彼の無事を祈るかのように、昴はその瞳を悲しげに伏せた。
長い睫がその顔に翳りを作る。



「…早く、会えるといいな。」



そんな昴を偶然に見てしまった九郎の口からは。
―自然に、そんな言葉が零れ落ちた。



「………」

「?どうした?」
「あ、すいません!ちょっとびっくりしちゃって…
義経さんが励ましてくれるから…。」
「……」
「義経さん?」
「…前から思っていたんだが、何故“義経”なんだ?」
「…へ?」


(…おや。)



何を思ったのか。
ふと、今までの話題とは関係の無いことを唐突に言い出した九郎に、昴はきょとんとしたが。



「普段“義経”とは言われんから、呼ばれているのは俺では無いような気がしてな。」
「あ、あぁ!
前の世界に居た時にそう呼んでたから、つい癖で…」
「そう、か。癖か…、」



癖か、そうか、と繰り返す九郎は、どこか腑に落ちない表情を浮かべていて。
そんな彼の様子にいち早く気付いた弁慶は、意味ありげな微笑みを湛えている。



「でも、そうですね。
じゃあ…、九郎、さん?」



昴自身も思うところがあったのか。
しばし考えた後、“義経”を“九郎”に改めた。




「…なんだ。」
「え!呼び名直しただけですけど…」



…――だけの筈なのだが。

予想外なことに、逆に九郎に返事をされてしまった。
そうではなくて、と、
やや言葉を濁しながらもその旨を示唆すると。

本意に気付いた九郎は、…羞恥なのか、いつかの時と同じ様に頬を朱に染め、



「よっ、用も無いのに呼ぶな!」
「ぇえ!?」




…赤い顔のまま、昴に声を荒げた。



「ちょ、今のは理不尽ですよ!ねぇ弁慶さん!
…?、……弁慶さん?」




またも予想の範疇を越られた為、彼女も焦って弁慶に助力を求めたが、
当の弁慶はなにかを考え込んでいるらしく、全く反応しなかった。

不思議に思い、昴は彼を覗き込んで、『おーい』と手をちらつかせる。



「!あぁ、すみません。
…そうですね。今のは、“義経ではお前に呼ばれている気がしないから、九郎と呼んでくれ”…と言ったようなものですよ?」
「なっ、…!」
「ふふ、」

「…弁慶さん、楽しそうですね?
なにか面白いことでもありました?」



昴の声により現実に引き戻された弁慶は。
しかし、その琥珀色の瞳に九郎と昴を交互に映すと、なんとも楽しそうな含み笑いを落とした。



「面白い、ですか…。
…ええ、これから面白くなりそうですよ。」
「?、…よかった?ですね」
「ええ、」




そう言われた後も、昴は不思議そうに弁慶を見ていて。


弁慶はもう一度、己が軍の大将に視線を遣る。
彼は仄かに桃色の顔のまま、彼女とは真逆の方角を、まるで何かをごまかすかのように見遣っている。


そんな様子を確認すると、弁慶は。
…喩えるなら、子供が新しいおもちゃを見つけたときのようにその瞳を煌めかせ、一層笑みを深くしたのだった。





06:ある日常のヒトコマ。

(やっぱり呼び慣れないな…、
…九郎さん九郎さん九郎さん九郎さん)
(もういい!やめろっ!!)





09/6/30
re:11/8/27



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