06-2






***



「……265…、266、267…」



静寂のなか、微かに聞こえた呟きにも似た声。
その元を目で辿ると、予想に違わず、長い黒髪を一つに束ねた少女の姿を捉えた。


「昴ちゃん、」
「?、景時さん。
おはようございます!早いですね。」


声を掛けると昴ちゃんは、眩しいくらいの笑顔を湛えてオレの隣へと駆け寄って来てくれた。

「おはよう!
あはは〜、実はさっきまで任についててね。今帰ってきたとこなんだ。」

「えっ!そうなんですか?
じゃあ今からでも寝ないと…!」
「大丈夫大丈夫!慣れてるからね〜。
それに、今寝ちゃったら、せっかく昴ちゃんたちが作ってくれる朝餉、食べ損なっちゃうでしょ?」
「…ちゃんと景時さんの分とっときますよ?」
「はははっ、でもやっぱり、出来立てを食べたいなぁ、オレ。
…ありがとう。」


何か不満そうな君に、
今オレが出来る満面の笑みを浮かべると、

未だに何か引っ掛かるような顔をしたけれど、折れてくれたようでホッとする。


「それにしても、昴ちゃん早起きだね〜、いつもこんな時間に起きてるの?」


他愛の無い会話を、
…なんとなく、止めたくなくて。

それを言葉以外で顕すために、オレは濡れ縁に腰を下ろす。
小脇に抱えた銃が、カチャリと音を立てる。

そうすると、まるで当たり前のように、
君はオレの隣にやってきて、ちょこんと座りこむ。
やはり同じように、今まで君が振っていた刀が音を立てた。



「いいえ、今日はたまたま早く目が覚めちゃって。
一刻(30分)くらい前から素振りしてたんです。」
「へぇ〜、凄いなぁ。
それに、素振りだってかなり手慣れてる感じだったよね!」
「ホントですか?
実は元の世界で剣道やってたんです!」
「…剣道?」
「はい!えっと…
剣術道場みたいなとこです。」

「君達の世界にも、そんな所があるんだね〜。」
「ええ、まあ。
でも、そんなに一般的じゃないんですけどね。

…あたしの母方の家が和文化を重んじる所で…ものごころついた頃から、いろいろとやってたんです。」



困ったような表情を見せた昴ちゃんは、膝を抱えるように座り直した。



「習ってた、というか家で教わってたんですけどね。
剣道…むしろ剣術の方が主だったなぁ、
柔道でしょ、あと書道と…他にもたくさん!」


そう一人ごちながら、指折り数える姿は、
実年齢より少しばかり幼く見えて。


「…もっとも、三年前に辞めちゃったから、今はなんとか昔の勘を取り戻さなきゃ!
…って。
それに、実践とじゃ全く違うし、なにより真剣ってすごく重くって。もう手が痺れちゃいましたよ。」


苦笑を零しながら、彼女は右手をぶらぶら振ってみせた。
その小さな掌は、擦れて赤くなっている。



「そうだったんだ〜
…大丈夫?昴ちゃん、腕細いから大変じゃない?」
「あはは、細いかどうかは分かんないけど、確かに楽ではないです。
でも、望美はあたしのこれよりもっと重い両刃の剣を軽々と振り回してるから、泣き言は言ってられませんよ。
…でもいいな―。望美、昔っから力あるんですよね〜。
昔抱きつかれて、窒息しそうになったことあるんですよ!」



そう、にっこりと言う形容が本当に似合う表情をオレに向けてくれる。
そんな昴ちゃんを見ていると、なんだかこっちも自然と笑顔になれるから。



…不思議だね。








「あ。景時さん、改めてですけど!
コレ、ホントにありがとうございました!」
「ん?あぁ。
いえいえ、どう致しまして♪」



コレ、というのは彼女の足、
…が納まっている履物。

望美ちゃん達と違って、上履きのままこちらに来てしまったらしい昴ちゃんは、
先日まで朔に借りた下駄を履いていたけれど、
やっぱりと言うか、素振りをする際に足が滑ってしまい、上手く力が入らないらしく。
(…もちろん、下駄を履いて刀を振るう武士なんていないしね。)


その話を聞いたオレは、
それなら、と。

望美ちゃんや譲くんの履物を見せてもらって、昴ちゃんの足に合うように作ることを提案した。

さすがに生地まで同じとはいかなかったけど、それが完成したのが、昨日の黄昏れ時。


夕餉の支度をする彼女に渡しに行くと、これでもかというくらいの満面の笑みと共に、本当に嬉しそうにお礼を言ってくれて。



「履き心地とかどう?大丈夫かな?」
「はい、もうバッチリですよ!おかげで練習が捗ります!」
「はははっ、そう?
嬉しいなぁ〜」


本当に素直に喜んでくれる昴ちゃんの笑顔を見ていると、
オレも、やっぱり嬉しくなる。
まるで呼び水みたいだ。


「それにしても、景時さんって凄く器用!
…もしかして、その銃も自分で造ったんですか?」
「え!?あぁ、うん、そうだよ。
オレ昔から物を弄るの好きなんだよね〜。
でも、よく分かったね!この銃が手製なんて」



ちらり、と、彼女の大きな紫紺の瞳がオレの銃を映す。
オレが答えると、やっぱり!と両手を合わせた。



「鉄砲伝来はもう四百年後ですからねぇ。この時代には無いはずだなと思って。」
「へえ、昴ちゃんは物知りだなぁ。」
「いえいえ、…あ、そうだ!お礼になるかどうか分からないけど…
景時さん、発明好きなんですよね?
じゃあ、きっと、理科…物理化学とか面白いかも!
よかったら教科書貸しますよ!」
「??、物理化学?」
「そうですね、例えば…万有引力とか。

はい!ここで問題です!」
「うぁ!?な、なにかな〜!?」



突然声を大きくして振り向いた昴ちゃんに、油断しきって心構えの出来ていなかったオレの声帯はひっくり返ってしまった。
…情けないなぁ、オレ。


でも、そんなオレの反応にも、彼女はクスクス楽しそうに笑うから。
…まあ、いっか。



「あたしたちが住んでいるこの星、地球はどんな形をしているでしょ〜うか!?」
「えっ…た、平ら…じゃないの?」
「ふふ、実は、丸いんですよ。あそこにまだ見えてる月とおんなじ形です。」
「え…ぇええ!!?」
「1492年、…今から三百年後に、クリストファー・コロンブスが「地球は丸い」ってことを発見するんですよ。

実際、何にも無い海岸線をじっくり見てみると、ほんのり弧を描いてるんです。
それまでは平面で、最果ては崖みたいになってるって思われてたみたいですけど。

……この世界に、最果てなんて無いんですよね。」



しん、と。昴ちゃんの零した「最果て」という言葉が、やけにオレの胸をざわつかせた。
一瞬言葉に詰まったオレは、ハッとして彼女に返す言葉を捜す。



「…そ、そうなの!?
じゃあさ、何で丸いのに立っていられるんだい?」
「それが、万有引力です!
ん〜〜〜…、言うなれば、あたしたちは地球に引っ張られてるんですよ。
地面に吸い付くみたいに。」
「ぇえ、じゃあこの地面はさしずめ”トリモチ”ってとこなのかな〜?」
「あはは、そうとも言えますね!
そういう事がたくさん書いてある書物があるんです。ほら、あたし鞄ごと来ちゃったから…。
今晩、修業が終わったらその書を持ってお邪魔してもいいですか?」
「うんうん!すっごく興味あるよそれ!是非お願いしよっかな!」



そう言うと、やっぱり彼女は微笑んだ。


昴ちゃんが話してくれた事は、全部面白くて。
オレなんかには想像できない話でさえ、丁寧に教えてくれるから、
…会話は途切れなくて。


…結局、時間になっても顔を見せない昴ちゃんを捜しに来た朔に、
『兄上!いつまで昴を独り占めする気なの?』
と、怒られるまで。


…久しぶりに、『楽しい』と感じる事が出来たひと時は続くことになる。













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