05-2









『…漸く、揃ったか。』



…発せられた声は、それまでの彼女の柔らかな雰囲気とはまるで間逆。
触れれば斬られてしまうかの様な威圧感を放つ。



――まるで、別人。



姿形は彼女そのものなはずなのだが、言葉は酷く尖って、紫紺の瞳は鋭く光る。


「昴!?な…
『否。我は白虎。
貴様らに力を与える四神の一だ。』
「白虎!?どうして…」


昴の姿をした別人は、自らを"白虎"と名乗る。


白龍はその神気の変化に気付いたらしく、大きな瞳を更に見開いて問い掛けた。



『ふん、龍か。
…情けないものだな。
京の守護神が、いまや何の力も持たぬただの童よ。

…尤も、我等も云えた事ではないがな。
こやつの肉体を借りねば、言を発することもできんとは…。』
「っ先輩は!天満昴に害は無いのか!?」



昴の有り得ないような豹変に硬直していた譲は、
彼女の状況を理解した途端、"白虎"に向かって声を荒げた。



『はっ、滑稽な事を。今こやつに害があれば、困るのは我等。』
「っ…」



そんな彼に対し、怯むでもなく。
嘲笑うかのように"白虎"は答える。

そして、その表情を急に真剣な…どこか焦ったような物に変えた。



『刻が惜しい。本題に入るぞ。
乾と兌の八卦を持つ我が葉等よ。
天地が揃った今、貴様らの将、即ち昴と契りの儀を交わせ。』

「ちぎり…?」
『神子よ。守人は龍の盾。そのためにも、将の真の力を引き出す事が大前提。
そしてそれには、臣下が必須なのだ。』
「うん……白虎の臣下は、天の譲と地の景時だね。」
『貴様らの宝玉が憶えていよう。…ち、此処まで、か……』



それだけ告げ終わると、"白虎"ははっとした。
苦虫を噛み潰したかのような顔をし、早口に捲し立てたと思えば。


……それまでの鋭い金気は、嘘のように消え失せた。



「昴ちゃん!」
「あ、れ…?あたし…」
「平気!?何処も痛いところは無い!?」
「…朔。うん、大丈夫。」





―途端。


糸が切れた操り人形のように、ふらっと倒れ込みそうになった昴を、景時が咄嗟に支える。

その肩口から、朔が顔を蒼く染めて昴を気遣う。

朔の声をきっかけに、我に帰った一同が彼女を囲むように駆け寄った。


当の昴は、不思議そうに辺りを見回し、
自分の額に左手を宛てていた。



「昴さん、今、白虎が…」
「あ、分かってます。意識ははっきりしていたから。
ただ、体の自由が利かなかっただけです。」
「そう、ですか…」



事態が飲み込めたのか、はたまた混乱が収まったのか。
先程より、幾分かはっきりした口調でそう告げる昴。



「はい。…それにしても急だよね!事前確認ぐらいしてくれないと!」
「そこなの!?」


自分の躯がどうとか、乗っ取られたことに文句を言うならともかく。
昴の場合、何の確認も無しだったことが不満なようだ。


……重大なのは確実にそこではない。



しかし、一通り感想を述べた後、彼女は不意に真剣な表情になり、譲と景時を見据えた。


「…ゆーくん、景時さん。」
「先輩…はい、分かりました。」
「契りの儀、だね。」
「え!?三人とも分かるの!?」



その瞳を合図に、二人が頷いた。
そして、"契りの儀"という景時の言葉に驚いた望美が、
目を真ん丸にして昴達に振り返る。



「あ、いや〜…オレは、“早くしなきゃ”ってことぐらいしか分からないんだけどね…。」
「俺も、ですけれど…」



しかし、彼らの応えは、
望美が期待していたそれとは異なっていて。
それならばと、今度は弁慶が笑みを湛えて昴に振り向いた。



「では、昴さんは?」
「…はい。出来ます。不思議な感じだけど、きっと合ってます。
……ただ…、」
「ただ?」
「その〜、えっと。あのですね。
…契りの方法が、ですね…」
「?」



…なかなかはっきりと核心に触れようとしない昴を疑問に思いながら、一同は続く言葉を待った。



「祝詞と、……   …」
「え、何?」



ぼそぼそと小さく零した言葉は誰の耳にも届かなかったようで。
皆の心情を代弁するが如く、望美が昴にずいっと顔を近づけた。

そんな望美に、昴は焦ったように顔を赤くし、
半ば撥ねるような勢いで、


「だ、だからっ!祝詞と!
…八葉についてる宝玉に!……き、キスすること……!」

「へぇ…、き‥‥‥‥「「キスぅぅぅぅぅぅう!!!?」」





………またもや爆弾を投下したのだった。








* * *


…キス
=ペーゼ
=接吻
=口付け。

を。


宝玉(on the body)に。



「グッバイあたしのファーストキス…」
「何言ってんの昴!セーフだよ!口同士じゃないから数えない、ノーカウント!!」
「そ、そうですよ先輩!
って、俺に言われてもあまり意味は無いかもしれませんが…」



いみじくよよと泣きはべる昴を必死に宥めようとする望美と譲。


一方、現世の言葉の意味するところなど全く分からない他の面子は、
『鱚…?』
と、魚のほうを想像し、なぜそこで鱚が出てくるのかとキョトンとしている。


それに見兼ねた譲が現状況を通訳すると、
なるほどそれで、と弁慶は納得し、
景時は顔を赤く染め、
朔ははっと口に手を当てた。


「大体何で昴がキスなんかしなきゃいけないの!
ちょっと白虎!もっかい出てきてよっ!!」


そういうと望美はおもむろに昴の肩を掴み、がくんがくんと揺さぶった。


「の、の、望美っ!
無理!きっとしばらくは出て来れないから…!」
「え、そうなの!?」
「うん…。それに、いいよ。
さっきは取り乱しちゃったけどさ…
だってこれは、望美のための儀式なんだし、

…よく考えたんだけどね。
唇同士以外もカウントするならあたし、した事あったし……」
「そっかぁ…ってええ゛ぇ!!!?嘘!いつ!!?」



「えっと…、確か小学二年生ぐらいの時だったかな?
将臣くんとポケ●ンスタジアムでバトルしてて・・・


『負けたほうは勝った方の言う事なんでも聞くんだぞ?』
『うん!負けないから!』



で、何故か最後の一匹が二人ともゴースだったんだよね。
使える技も同じだから、先行取れた方が必然的に勝つよでしょ?


でも、急所に当たっちゃって。
このままじゃ負ける、どうにかしなきゃって考えてた時に、




『…おい昴、自爆使ったらどうだ?
そしたら引き分けじゃね?』
『あ、そっか!まさくん頭いい!
でもいいの?引き分けで。』
『ま、いいって。
ほら、早くしろよ。』
『うん、ありがとう!』



ポチっ




ドカーーーン!!



『……あれ…、
あぁぁぁあああぁ!!!


相手、ゴーストタイプじゃん!!
ノーマル技効かないじゃん…!!!



『はははっ、マジで引っ掛かるなんて思わなかったぜ!
お前、頭いいくせにたまにバカだよな〜!!』
『ひ、酷いっ!まさくんのバカっ!!』




…と言うことがありまして。

それで、負けたあたしはバツゲームとして、将臣くんのほっぺにちゅって。」

「……」
「……」


「せっこーーーーー!!将臣くんなにしてんの!!私の昴にっ!!!」
「というか先輩になんて卑怯なまねをっ!!あのバカ兄…っ!!!」
((次会ったら覚えとけよ!!))



懐かしい、そんなこともあったな〜、と一人思い出に浸っている昴の背後では。

……二人が別の誓いを立てていた。




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