世界の加速は止められない
「続いて、表彰に移ります。県大会優勝、男子硬式テニス部」

パチパチ……と、拍手の音が鳴る。この中に、自分の拍手の音も入っているのだろうか、なんて考える。どうでもいいか。
壇上に上がったのは、テニス部部長の幸村精市。ビューティーフェイスな彼は、立海内に留まらない人気を誇っている。校外にもファンがいるとか。
まあ、確かに幸村の顔は綺麗だな、って思う。今はちょっと距離が遠すぎて、見えないけど。間近で見ると、謎の敗北感を感じるくらい。
それにしても、県大会優勝か。相変わらずうちのテニス部は強いなあ。さすがだ。

「さすがテニス部。強いねえ。そしてイケメン」

後ろにいる友達が、そんなことを言う。テニスが強いのにイケメンだそうじゃない、は関係ないとは思うけど、ここまでイケメンが集まるのも珍しい。
部長は美形。その他のレギュラー陣も、イケメン揃い。そんなにイケメンじゃなくてもいいんじゃ…と思ってしまうほど、イケメン。
友達はそんなイケメン集団にメロメロだ。私だって、イケメンが嫌いなわけではない。人並みに好きだ。
だけどそんなにキャーキャー言いたくならないのは、どうしてだろうか。あれか、私は一目惚れできないタイプなのか。一目惚れは憧れだというのに…。
私は幸村とまともに話したことないから、彼の性格がいかがなものかは、まったく知らない。噂によると、テニスのときは人が変わったようになるらしい。部活の部長としての彼は、死ぬほど怖いとか。あのビューティーフェイスからは、そんなこと想像もできない。
そして私は、賞状を受け取る彼の姿を、眩しい思いで見つめていた。

***

「いっ…た」
「名前、大丈夫!?」
「あー、大丈夫。久しぶりにやっちゃったなあ」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ。ほら、保健室行こ!」

陸上部の練習で、盛大にずっこけた私を、友人は心配してくれる。そんなに慌てなくても…と思ったが、自分の膝を見て、納得した。
皮がずるむけになって、血が出ている。痛そうだな、と他人事のように思った。

「立てる? 肩貸そうか?」
「大丈夫だって。1人で行けるから、練習続けてて」
「本当に? 無理だったら言ってよ?」
「心配ないよ。よくあることだもん」

そう言い、痛む足を引きずって保健室に向かう。歩くたびにズキズキと痛む。だけど歩けないほどではない。頑張れ自分、と励まして、なんとか保健室に辿りついた。

「失礼しまーす」
「あら、もう1人怪我人が来ちゃったわね」
「へ?」

先生の前には、同じく膝を怪我したらしい男子生徒。よくよく見ると、テニス部の幸村だった。
自分が怪我をしていることも忘れて「痛そう」と言うと、幸村が笑いながら「君の方が痛そうだよね」なんて言った。
あ、と恥ずかしくなって頭をかく。保健の先生まで、クスクスと笑っている。

「傷口は洗ったの?」

その質問が私に向けられてるのに気づくのに、少し時間がかかった。気づいて、慌てて「まだです」と答える。「じゃあ、洗ってきなさい。1人で行ける?」と聞かれて、大丈夫です、と答える。
そしてまた私は、痛む足を引きずって、今度は水道まで歩く。

ジャー、と傷口に水を流すと、激しい痛みが走る。痛い痛い、だから傷口を洗うのは嫌いなんだ。なんて文句を言いながら、砂を落とす。
洗い終わると、さらにズキズキ痛む足を引きずり、保健室に戻ろうとした。

「痛そうだね」

綺麗な声が聞こえた。幸村、と名前を呼ぶと、ふふ、と幸村は微笑んだ。膝には大きな絆創膏が貼ってあって、手当ては終わったんだ、と思った。

「痛いよ」
「練習で転んだのかい?」
「そうだよー。まったくついてないよね」
「はい」

幸村が突然、しゃがんだ。「ん?」と聞くと、幸村は「肩、貸してあげるよ」と言った。

「え、いや、いいよ! 歩けるし」
「歩けるだろうけど、痛いだろう?」
「痛いけど、日常茶飯事だし」
「そんなに転ぶの? それにいくら日常茶飯事でも、痛いものは痛いでしょ」
「まあ…痛いけど、でも大丈夫」
「無理しちゃ、ダメだよ」
「いや、無理とかじゃなくて。そんなの幸村ファンに目撃されたら、あとが怖いし」
「そんなの、俺に言ってくれればいいよ」
「よくないよくない。それじゃまた告げ口がどうとか言われるよ」
「心配しなくても、俺が守ってあげるよ」

突然の発言に、ギョッとした。何それ、顔が顔なんだから、そんなこと言われたら、ドキドキしてしまう。幸村の表情を見ると、なぜか幸村も照れくさそうに笑っている。
え、なんで幸村そんな恥ずかしがってんの?

「…なんか、クサかったね」
「いや…うん、まあ」

どう返事していいか分からず、そんな風に返事する。いや、クサかったのはクサかったけど、やっぱりイケメンが言うと悪くなくなるというか…そんなことを本人に言うわけにもいかず、困ってしまう。

「ま、まあとりあえず、肩貸すから、早く保健室行こう」
「いや、肩はいい」
「でも…あ、じゃあ、ついていくよ」
「なんで。子供じゃないんだから…」
「怪我人を放っておけって言うの?」

半ば強引に、幸村はついてきた。まあ、これがお互いの妥協点ってことで。
幸村はたびたび「大丈夫?」と聞いてくる。そんなに心配してくれなくても、ただ膝を怪我しただけなのに…と思いつつ、聞かれれば「大丈夫」と答える。

「…いつも、練習頑張ってるよね」
「あ、まあ。幸村の方が頑張ってるとは思うけど」
「そうかな? 苗字さんは頑張ってるよ」
「…そりゃあ、どうも」
「いつも、見てるからね」

言ってから、幸村は「ち、違うよ」と慌てて訂正した。「別にストーカーとかじゃないから」そんな風に言う幸村の必死さに、思わず笑ってしまった。

「そんなこと思ってない」
「そうだよね、ごめん。俺、何言ってるんだろ」
「幸村でも慌てることあるんだね」
「俺だって人の子だよ。神の子なんかじゃないよ」
「でも神の子って呼ばれてるんだね」
「それは、テニスに限って、だから」

そんな話をしているうちに、保健室が見えてきた。私は「それじゃあ…」と幸村に言う。

「ここまでついてきてくれて、ありがとう」
「…中まで行かなくて、大丈夫?」
「ここまで来たら、もう大丈夫だよ」
「そっか。じゃあ、行こうかな。…あ、お大事に」
「ありがとう。幸村もね」

幸村は私に背を向けて、歩いていった。一度、こっちを見て幸村が口を開いた。

「今日は、楽しかったよ。君と話せて。怪我も、悪くないね」

私は驚いて、何も返せないまま、幸村の姿は見えなくなった。いやいや、どういうこと。
混乱したまま、私は保健室に入る。保健室の先生が、微笑みながら待っていてくれた。

「遅かったわね。幸村くんと話してたのかしら?」
「えっ、なんで…」
「幸村くんねえ、あなたが足を洗いに行ったあと、妙にそわそわしてたのよ。手当てが終わったらすぐに出て行ったから、あなたのところに行ったのかと思って」

そわそわしてたって……どうした幸村。っていうか、本当にやめてほしい。
先生の話ぶりだとまるで、幸村が私のことを心配してそわそわしていたみたいではないか。先生の話し方が悪いんだ、きっと。幸村が私の心配するはずがない…理由もない。
分かってる。分かってるのに、どうしようもなく期待してしまう。
幸村の微笑みと言葉が、頭の中でぐるぐると回る。ああ、嫌だ。こんなの、らしくない。

「さあ、手当てしましょうか」

ぐるぐる回る幸村を、頭の中から追い出そうとする。なのに、そうすればするほど、余計に意識してしまって…。
『心配しなくても、俺が守ってあげるよ』『いつも、見てるからね』『今日は、楽しかったよ。君と話せて。怪我も、悪くないね』
幸村の言ったこと1つ1つが、脳内で再生される。「何赤くなってるの?」なんて、いたずらっぽく笑った先生に言われてしまった。何でもないです、とごまかすけど、たぶん先生は分かってたんだと思う。
手当てを終えたあと保健室から出ようとすると、先生に「青春ねえ」なんて言われてしまった。かああ…と顔が赤くなるのが分かった。
恥ずかしくて、走って逃げるようにグラウンドへ向かった。幸村のバカヤロー、と心の中で悪態をつく。

その途中で、テニス部が練習をしている近くを通ってしまい、幸村がこっちを見て微笑むものだから、ドキドキして、この気持ちがなんであるか分かってしまった。

大好きだよ、幸村のバカヤロー。
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