犯人は……
※世界任務「不思議な本のミステリー」より


---





「……カーヴェくんって、時々アホですよね」
「君はあれで時々と言えるのか」
 呆れたように溜息を吐くアルハイゼンさんのお膝の上、わたしは一冊の本を開きながら友人への暴言を口にしていた。そしてここはアルハイゼンさんのおうちの書斎、わたしたちは先日倉庫から掘り出して持ち込んだ母の蔵書を整理しようとしていた……はず。
 
 開かれたページの中身はごく普通の推理小説が書かれていた。内容に関しては、まあ、以前読んだことがあるけれど正直に言うと全く面白くないものだった覚えがある。なんとアルハイゼンさんもこれを読んだことがあるらしい。この人が小説も読むような人だとは思わなかったから内心びっくりしている。内緒ですけどね。まあでも、案外ミステリーなら読むのかなあ。なんだか意外でおもしろい。
 そんな推理小説……ええと、タイトルは長くて覚えられないんだけど、わたしの膝の上のこれには普通なら存在しないはずのマークが付けられている。それも登場人物の名前のところにだ。
「なんでチェック入れちゃったのかなあ」
「おそらく誤植だと思ったんだろう」
「誤植……ああ、名前をもじってるからですね」
 最初のページからぺらぺらめくっていく。結構な頻度で注釈がされているのだけれど、内容を知っているわたしにはそれがどうしても不安になってしまう。なぜならこの人物、この推理小説の犯人なのだ。故にわたしたちはこれを眺めながら呆れているというわけ。これじゃあ次にこの本を借りる人へのネタバレになってしまう。
「それで、どうするんですかこの本」
「借りてきたのはカーヴェだからな、俺たちには関係がない。とはいえ……」
「居心地悪いですよねぇ、これ!」
「……そうだな」
 困ったように本を抱え直したわたしに、アルハイゼンさんは貴重な笑みを溢す。このお話の犯人を知っているからこそ、わたしたちはなんだか落ち着かないのだ。小説が書斎に置きっぱなしにされていなければ気にしなくて済んだのにな。
「そもそも借り物の推理小説に書き込みなんて、学術書と違って次の読者を混乱させるんだからやっちゃダメですよ」
「しかしもうこのマークを消すことは不可能だ」
「どうします?」
「……読者のミスリードを狙おう」
「なるほど?」
 机の棚からペンを取り出したアルハイゼンさんは、わたしの膝上に乗ったままの小説にそのペンを走らせた。ミスリード、なるほどそういうこと。カーヴェくんがチェックをつけてしまった犯人とは別の人物に、次々とマークを付けていくアルハイゼンさんの手元をわたしはじっと眺める。
「めくってくれ」
「はあい」
 指示通りにページをめくる。ここにも名前がいくつかあり、アルハイゼンさんは表記箇所を覚えていたかのようにするするとマークを書き込んでいった。凄いなあ、ちゃんと覚えてるのかな。
「……多いな」
「代わりましょうか?」
「いや、筆跡は揃えた方がいい。君はそのままページを進めてくれればいいよ」
「ふふふ、任せてください」
 それからしばらくの間、わたしたちは小説にマークを書き込む作業に没頭した。無言でやるのもつまらないからと、この杜撰な推理小説へのダメ出しで妙に盛り上がってしまった気がする。なんだかもう少し良質なミステリーが読みたくなってきちゃうな。これならまだ稲妻の娯楽小説の方が面白いと思うんだ。

「俺の予想では」
「うん?」
「この本は近いうちに事を大きくするだろうな。登場人物に謎の印、しかも一種類ではない」
「あー、深読みする学者たちはいそうですね」
「真相を知る俺たちは高みの見物でもしていようか」
「悪い遊びだ〜!」
 ほんのりと悪い笑みを浮かべるアルハイゼンさんが面白くて、わたしも満面の笑みになってしまう。この推理小説がやがてスメール中の知人どころか異邦の旅人までもを振り回す事になるなんて、この時のわたしは知る由もなかった。
PREVTOPNEXT