ちいさなきみと
 頭に触れられている感覚を薄らと覚える。髪を梳くように撫でられ、徐々に微睡から脳が覚醒していく感覚。瞼を開けば、見慣れたいつもの彼女がぼんやりと視界に映った。
「あ、おはようございます」
「……」
「アルハイゼンさん?」
「元に、戻ったのか」
 今だ耳に残る拙い彼女の声と違う、いつもの柔らかな声色で名を呼ばれ無性に安堵する。草神様から事情を聞いた時点で元に戻るという確証はあったはずだが、実際に戻った時に漸く自分が不安を感じていたことを自覚した。
「昨日のことは覚えているのか?」
「ふふ、きみは子供にも優しいんですね」
「……相手が君だったからな」
 そう返せば、慈愛を織り交ぜたような柔らかい笑い声が聞こえる。どういった原理で記憶が保持されたままなのかは分からないが、彼女はある程度のことを覚えているようだった。別に子供であれば誰にでも優しい訳ではないというのに、彼女は時々こうして俺を善人扱いしようとする。しかし、彼女以外に優しくできる相手を増やすというのも、悪いことではないのかもしれない。勿論赤の他人は御免だが。 
 微睡みから浮上できない思考のまま、俺の髪を梳いていた彼女の手をそっと取る。
「昨日、ずっと考えていたんだ」
「なにをですか?」
「いい加減に頃合いだと思ってな」
 肩を抱き寄せ胸元に誘い込む。少し高めの彼女の体温は、無事元に戻ったのだと殊更実感させた。
 ずっと考えていたこと。小さくなってしまった彼女の面倒を見ながら、何度も脳裏に過った空想の場面。ずっとこの関係を維持しても何も問題はないが、より幸福な人生がこの先にあるのだとしたら、それを求める価値は必ずある。そのためにまず必要なのは、俺達の関係をより強固な名にすることだ。
 俺がムードなんてものに気を遣うような人間ではないことは彼女も承知だろう。だから今このまま、分かりやすく一言だけ君に贈ることにした。

「結婚しようか」
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