ゆめか、うつつか
 それは、なんでもない日に起きた一幕のはずだった。
 
 彼女はレンジャーからの依頼で植物の成分研究、俺は教令院の仕事で互いに疲労を溜め込んでいた昨晩は、ただ寄り添いあって泥のように眠った覚えがある。お互いにひどく疲れていたのだ、どんな言葉を交わしながら意識を手放したのかも思い出せない。故に今、自身の腕の中に小さな子供がいるという状況に至った経緯が、俺には一切分からなかった。
「何がどうなって……」
 本来ならば腕の中にいるはずの彼女はどこにもいない。その代わり、彼女と同じ髪色をした小柄な少女が眠っている。歳はまだ十にも満たないだろう、稲妻の町人衣に身を包んだその少女はやがて重そうな瞼を少しずつ持ち上げた。やはり彼女と同じ色の瞳。まさか、あり得ないだろうと思いながら彼女の名を呼んでみれば、少女はぼんやりとした表情そのままに俺を見上げ、拙い声色で返事をした。
「おにいさん、だれ?」
「……」
 どう答えたらいいのだろうか。返事をしたならこの少女は彼女本人であり、何故か子供の姿になっている。なおかつ記憶まで巻き戻っているのか、どうやら俺の事は分からないらしい。ひとまず彼女を怖がらせないように、この小さな彼女が現在どういう状況なのかを把握しなければならない。
「俺は……いや、先に俺から質問してもいいかな」
「……うん」
「君は今いくつ?」
「えっと……」
 できるだけ柔らかい口調で彼女に問う。寝起きでまだ脳が覚醒していない少女は小さな手で目を擦り、そしてはにかみながら「六歳です」と答えた。本来の彼女は確か二十六前後だから、つまり二十年分が逆行していることになる。二十年前ということは、まだ稲妻の実家で暮らしていた時期だろうか。少々嫌な予感がするが、もう少しこの小さな彼女と対話を試みるか。

 いくつか彼女に質問しておおよその状況を理解した。やはりこの少女は彼女自身であり、昨日は家にいた記憶があるのだという。何が原因でこんな不可思議な事態になっているかは分からないが、「彼女が二十年前の姿になった」というよりは、「二十年前の彼女がここにいる」のが正しいだろう。元に戻す方法が現状何も分からないのが非常にまずいが、今は具体的な解決策が一切思いつかない。どうしたものか。
 六歳とはいえこの先学者になる彼女はやはり聡明で、状況を説明すればすぐにある程度の事を理解していた。少し気になるのは、どことなく遠慮がちな態度だろうか。まあ、彼女からすれば初対面の大人と相対している状況だ、いくら俺たちの関係性を説明したところですぐに納得は出来ないかもしれないが。 
 まだ眠気が残っているのか、彼女は今にもその大きな瞳を瞼の裏に隠してしまいそうだった。
「もう少し眠るといい」
「ん、でも……」
「大丈夫だよ」
「うん……」
 目覚めた時と同じように抱き寄せれば、限界だったのか小さな彼女はすぐに寝息を立て始めた。普段よりもずっと高い体温に、去っていたはずの己の眠気まで戻ってくる。

 幸いにも今日は休日だった。
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