生きていた証と時を

 渡されたのは手触りのいい高そうなワンピース。背中のファスナーが上手くあげられないから、"母"に着せてもらって素敵な私の出来上がり。そして今日、私はこの家とさよならをする。

 孤児だった私を引き取ってくれた優しい両親は、たくさんの子供達を育てていた。ある程度成長した子供達は別の家庭へと送り出され、また孤児を引き取り養育していた優しい夫婦。私ももちろん例に漏れず、これから新しい家庭へと巣立っていく。それがこの家では当たり前のことだと小さい時から聞かされていた。
 兄弟たちとの別れはもちろん寂しいけれど、一生会えないわけじゃないと思う。きっと、たぶん。だから大丈夫だと自分に言い聞かせていたけれど、たった一人だけどうしても別れが惜しい人がいた。
 この家に引き取られてすぐの頃、まだ幼かった私は知らない環境での生活に日々怯えていた。物心がつく前に本当の両親は水難事故で亡くなり、運良く私だけが一命を取り留めたらしい。他に親族のいなかった私は、巡り巡ってこの家へと引き取られたそうだ。私の他にも似たような境遇の子や、捨てられた子が何人もいて、その子たちはみんな私のきょうだいとなったのだ。それ自体は今思えば孤独にならずに済むことだったけれど、突然知らない人間たちと暮らすことになった私には酷く苦痛に感じたらしい。
 そんな折に、根気よく私に接してくれたのが私より少し年上の男の子だった。艶のある漆黒の髪に、少し垂れ目の柔らかな青い目をした彼は、隅で縮こまる私に対してありとあらゆる方法でコミュニケーションを取ろうとしてくれた。そんな彼の優しい顔や声に、私は次第に恐怖心を落ち着かせてこの家に馴染むことができたのだ。
 
 新しい家族たちとの暮らしは、困ったことなど何ひとつなかった。唯一不思議なことがあるとすれば、私だけが別室へ通され、養父母の知人だという大人たちに挨拶をする機会が何度かあった。それも綺麗な洋服で着飾られ、口を開くことを極力禁じられ、だ。それが何を意味しているのかはわからないけれど、養母はよく私に「あなたは人形みたいに綺麗な子ね」と言っていた。
 
 この不思議な処遇に対して義兄は考え込みながら「きっと引き取り手を探してくれてるんじゃないか」と呟いた。この家がそういうルールで成り立っているのだから、私もいつかはこの家を離れることになるのは分かっていた。もちろん義兄だって、きっといなくなってしまう。
 
「お義兄ちゃんと離れるの、さみしい」
「一生の別れにはならないさ、会おうと思えばきっと会える」
「会ってくれるの?」
「もちろん」

 そう言った義兄はとても優しい笑みを浮かべていて、私はそんな彼にいつからか淡い想いを抱いていた。きょうだいなのは分かっているけれど、血の繋がりはないから、想うだけなら自由だから。
 そんな彼と、この先何十年も会うことが出来なくなる。会えないと、強く思うようになってしまう。私はそんなこと微塵も思わないまま、新しい"家族"の元へと旅立っていったのだ。

 その後のことは、もう思い出したくない。

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